ザ・グレート・展開予測ショー

見えざる縁(13)


投稿者名:tea
投稿日時:(03/ 4/12)


「・・・もう、いいだろ。シロを・・・俺の弟子を返してくれ」

 項垂れる香南に、横島が決然と言い放つ。確かに香南の境遇には同情する面もあるが、それとシロの体を奪ったのとは別問題だ。我に返ったように横島を見て、香南は自嘲気味に呟いた。

「・・・そうね。私が此処(現世)にいるのはお門違いなようだしね」
「じゃあ・・・」

 横島が、破顔して香南の方へと歩み寄ろうとした。だが−−−




キイイイィィン・・・




 眩い光が香南の体を包み込んだ。球体の形をした光の塊に包まれた体は、羽化する直前のサナギのようだ。それと同時に凄まじい突風が巻き起こり、それもまた結界のように香南の周りを旋回し始める。彼女自身がカタストロフィの化身であるかのように、瞬く間に香南は不可視な存在に変貌した。
 菱形に香南を囲んでいた美神達が、それぞれ別の方向に吹き飛ばされる。電柱に激突し背中から崩れ落ちる横島に、香南が別世界から語りかけるような声で言った。

「・・・シロは私が連れて行くわ。こんな腐った世界にいても、シロは不幸にしかならないでしょうからね」
「なっ・・・!!」

 その言葉に触発され、横島が体を起こそうとする。だが、平衡感覚を捻じ曲げるほどの風に加え、瓦礫や粉塵が狂ったように虚空を舞う中でのそれは難行だった。顎に立て看板が直撃した横島は、今度は仰向けに転倒する憂き目に遭った。

「ふ・・・ざけないで!!アンタ、何トチ狂った理屈こねてんのよ!!第一、アンタの不幸とシロは何の関係もないじゃない!!」

 横島の正面、即ち香南の背後から、顔を伏せながらのタマモの怒声が浴びせられる。反論の余地無き正論だが、香南は動じる事無く発光体のような体をタマモに向けた。

「あるわよ。あなた、どうして私がシロに取り憑いたのか知ってる?私の行った外法は、ある条件を満たした人狼にしか適応しないの。女性であり、かつ人間との関係に疑問符を付けた者よ。どう、ピッタリでしょ?」

 横島は言葉を失った。香南の言っていることが本当なら、原因は自分以外には考えられないからだ。黒い塊を投げつけるようにシロを罵倒した数時間前の出来事が、鮮明に脳裏に甦った。
 光の只中ではっきりは見えない。だが、香南はどこか諦めたような表情で、静かに泣いているように横島には見えた。
 そして−−−横島には、その顔が重なって見えた。自分が無神経に傷付け、泣かせてしまったシロの表情に。

「・・・くそっ!!」

 噛み締めた唇から、血が出ていた。ここでシロを助けなければ、自分は一生悔やみ続けるだろう。いや、義憤に任せて自ら胸を貫くかもしれない。横島は文殊を一つ生成すると、残りの全霊力をそれの強化に充てた。そうすることにより、文殊は破壊されたり外的影響を受けなくなる。
 香南の放つ光が、段々と強いものになっている。最高潮に達した時、その肢体は白光の中に消えるのだろう。消滅という名の終焉を祝福するかのように、豪風が香南の周りを踊り狂う。横島は、一つの文字を念じその中へと文殊を投げ入れた。
 銀の矢のように風を貫き、香南の足元へと文殊が落下する。それを確認すると、横島は香南の元へと歩き始めた。
 
「よ、横島さん!?」

 驚いたおキヌが思わず顔を上げるが、彼女の叫びは風に掻き消された。乱舞する障害物も意に介さず、横島は歩みを止めようとはしなかった。

「香南、聞いてくれ!!確かに、シロは人間との仲に不信を持った。けど、それは全部俺のせいなんだ!!本当のシロは人間が大好きだし、俺達もそんなシロが好きなんだ!!だから・・・」
「だから、何なの?シロはあなたが好き「だった」んでしょうけど、あなたに裏切られてこうなったんでしょ?ここで私がシロを返して、同じ目に遭わないなんてどうして言い切れるの?」
 
 横島は、二の句が継げなかった。自分がシロを傷付けたからこそ、香南が現世へと召還された。その事は、冷然とした事実である。説得力という点に於いて、横島の言葉は決定的に欠けていた。

「・・・約束する。俺は、もう二度とシロを悲しませるような真似はしない!!ずっと側にいて、シロの支えになり続ける!!だから・・・だから、シロを返してくれ!!俺は・・・シロの事が好きなんだ!!」

 横島の告白と同時に、香南の足元に転がった文殊が光を放ち始める。そこに刻まれた文字は「真」だった。虚を実に湾曲するものではなく、実の裏打ちを成すものだ。即ち、横島の言葉が真実である事を告げる効果を果たしていた。 
 そんな事をしても何にもならない事は分かっている。それでも、横島は告げたかった。そして、信じて欲しかった。シロへの想いと、自分の決心を。
 風が、少し弱まった。横島は光に包まれたシロの元へと歩み寄り、今にも消えてしまいそうなその体を思い切り抱き締めた。もう二度と離さないために、もう二度と悲しませないために。









何故だろう。



石を落された水面のように、心がざわついている。

既に、何も覚えていなかった。自分が何者なのかさえ。

なのに、先刻から聞こえてくる声だけが、妙に心に引っ掛かった。


「・・・もう、いいだ・・・返して」


思い出せない。

とても、とても大好きな声。何よりも、命よりも大切な人。


「確かに・・・けど、本当の・・・」


思い出せない。



ああ、まただ。

また、まどろみが襲ってくる。

波が攫っていくように、この思いも、この記憶も、全てが洗い流されるのだろうか。

そして、何事もなかったかのように、このまどろみに溶け込むのだろうか。

「・・・約束する」

嫌だ。

「俺は・・・二度と・・・だから、シロを返してくれ!!」

忘れられない。忘れたくない。

「俺は・・・シロの事が好きなんだ!!」







・・・・・・・大好きな・・・・・・・横島先生のことだけは!!




 シロが、眠りから覚める様に力強く瞳を開いた。


今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa