ザ・グレート・展開予測ショー

見えざる縁(12)


投稿者名:tea
投稿日時:(03/ 4/12)


 ごぽりとした血塊を吐き出し、一条はゆっくりと倒れ臥した。
 胸に抱いた一条は硬く、冷たく、無機質な物だった。生命の鼓動も律動も、全てが暗闇に閉ざされ二度と動く事はなかった。
 一条は、死んだ。私の、最も愛しい人間が。
 そして、一条の命を摘み取った張本人−−−松島が、一条の骸と私を静かに見据えていた。
 
 松島と目が合った。
 
 私の内側を、奔流の如く何かが駆け巡った。火より熱く、氷より冷たい矛盾した感情。理性という名の蓋をしても、それは心の隙間からどろりとはみ出して私を蝕んだ。
 一条は、もういない。私の眼前にいる男−−−松島によって殺された。
 人を憎んだのは初めてだった。殺したいと思ったのも、初めてだった。私は、おこりにかかったように全身を逆立て、松島に向けて鳴鈴を構えた。









「的外れ・・・ですって?全ては夢でした、とでも言うつもり?」

 鼻で笑いながら香南が返す。もう少しマシな嘘はつけないのか、とでもいいたげだ。美神の言葉を、完全に狂言だとしか思っていないようだ。とはいえ、斯様の応対は想像に難くなかったので、美神は相好を崩さず手に持った古書を紐解いた。
 
「・・・維新当時、人狼と人間の確執は沸点ギリギリだったわ。明治政府は、秘密裏に対異種族用の特殊機関を設置したの」

 夕日を背負ったからか、美神の顔が心なし陰りを帯びている。だが、彼女の口調の重々しさが、それだけでないことを言外に語っていた。
 初耳だったらしく、香南が驚いた表情で動きを止めた。様子を窺っていた横島が勝機と見て香南に突っ込もうとしたが、タマモがそれを手で制した。今は黙って見てて−−−アイコンタクトでタマモはそう告げた。

「それは、今で言うGS協会の礎なんだけどね。唯一つ違うのは、それが異種族との共存を図るんじゃなくて、人間以外の種族を全て滅ぼしてしまおう、ていう排他的なスローガンを持ってたこと。そして・・・そこには、二人の人間が所属していたわ」

 美神の言う二人が誰なのか。おキヌと横島には、何となく想像できた。だが、香南には完全に予想の範疇外らしい。というより、予想の人物を必死に意識の外に押し出そうとしているように、横島達には見受けられた。
 死刑宣告を告げるかのように、美神が厳かに言葉を紡いだ。香南の瞳を、真っ直ぐに射抜いたまま。

「二人の名は、一条と松島・・・彼らは、先陣を切ってアンタ達と敵対する存在だったのよ」 



 黄昏時の影が下りた街に、美神の言葉が重々しく木霊する。自分は、歴史という真実を客観的に伝えたつもりだ。そして、これが一番良い解決法だとも思っている。
 だが、それでも耐えがたかった。この−−−暗い水面のような沈黙は。

「・・・嘘よ」

 静寂を破るように、香南がぽつりと呟いた。必死で感情を押し殺し、それ故無機的になってしまった硬い声色だった。

「本当よ。これは、その当時を記した明治政府の記録よ」
「嘘よ」
「これでわかったでしょ?アンタは、ただ利用されてただけだったのよ。里へと忍び込む窓口としてね。ついでに言うと、一条達はアンタを実験に使おうとしてたらしいわよ。その鳴鈴の構造を・・・」
 




「嘘だあああぁぁぁっっ!!!」





 香南の中で、何かが壊れた。行き場を失った感情の波が、怒号と同時に体外へと放射される。完全に混乱した香南は、鳴鈴の矢を槍のように握り美神に向かって突進した。
 美神がそれをかわすと同時に横島達が四方へと散開し、菱形の頂点を成す様に香南を取り囲んだ。右手には、各々の獲物も忘れていない。
 だが、香南はじっとそこに佇んでいた。横島達が肩透かしを喰う位、何もせずに。

「嘘だ・・・そんなの、嘘よ・・・」

 自分に言い聞かせるように、繰り返し否定の言葉を吐く香南。だが、その言葉に力はなかった。
 人狼としての勘の鋭さは伊達ではない。香南には、確信があった。美神の言葉が真実であること。そして、自分がただの哀れな道化だったことに。
 一条の笑顔。彼との誓い。全てが色を失い、崩壊していった。柔和な、澄んだ笑顔の裏側で、一条はどんな顔で自分を見ていたのだろうか。貼り付けた仮面の下では、狡猾な視線が自分を舐め回していたのだろうか。
 一条との思い出が、泡の様に浮かんでは消えていく。そして、再び思い出す事は出来なかった。




 糸が切れたように、香南がその場に膝を付いた。剥き出しのアスファルトにぶつけられた膝小僧から、赤い血がじわりと滲み出した。 

「はは・・・馬鹿みたいね、私。一人で、勝手に一条を愛して、松島を憎んで、挙句にその思いだけでこんな朽ち果てた存在にまでなって・・・本当に、馬鹿・・・みたい・・・だわ」

 香南は、泣いていた。双眸から溢れ出す涙が、一筋の線となって頬を伝っていく。そこに居るのは、香南という禍々しい悪霊ではなかった。愛した男に裏切られ、シロという肉体の胸でただただ泣きじゃくる哀しい少女だった。
 誰も、何も言わなかった。横島は霊波刀を消失させ、美神達も警戒を解いた。もう、香南に害意はない。全員が、そう思った。
 現実というのは、万人に共通の概念だ。だが、それはあくまで個人を視点とした一面性のものである。鏡に映る自分自身の他に、全く同じ意識を、視点を持ち得る存在など皆無なのだ。
 香南はあまりに純真で、それ故に根本的な事を勘違いしていた。自分が愛するのと同じくらい、一条も自分を愛してくれているのだ、と思い込んでいたのだ。勘違いに気付いた時、自分は悪霊になってしまっていた。



 本当に、道化みたいだ。香南は、改めてそう悔やんだ。



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