ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 後編の6


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 4/10)

「――『時の秘密』」
 美智恵はラテン語知識を総動員して、カオスの著書を解読する。それは数日がかりで、さらに何度も辞書をひきながらの念の入れようであったが、確かにそこはそうとしか読めなかった。
「《……ミカミのこの時の時間移動は、一つの可能性を私に示唆するものだった。もしもそれが本当だとするならば、私は『時の秘密』の本当の意味を知ることができるかもしれない、と》……この後に、ほとんど唐突に論旨が変わってるのよねえ。まるで『時の秘密』についてぼかしているみたいな……」
 妙な話だ、とは思っていた。
 カオスの著書の特徴は、その内容の達意性の高さである。現代的としか言いようのない簡素にして要を得た文章は、彼が非常に合理的な精神の持ち主であったことの証明であったという研究者は多い。彼女も他の著書についてはまったくその通りで異論はなかった。特に「ゴーレムの作り方」なんてのは大したもので、ほとんど魔力を持たない人間にも人造人間を簡単に作れるような処方が、非常にわかりやすく描かれていたりするのだ。
 それなのに。
『時の門』の内容は、どうも彼らしくない。
(全体的に論旨が一貫していない……このミカミという人物が自分のところにやってきて何をしたのかもはっきりと書いてないし、人工時間移動理論についても、さわりだけで済ませてる……)
 あるいは騙り、かと思った。
 カオスくらいの有名人にもなると、その名を借りての著書が数多くある。カオス関連の研究には、「偽カオス研究」なる一分野も存在するほどだ。
 しかし――。
(……偽者の著書でもない……それは筆跡とかでも解る……これは確かにカオスの手になる本だわ……)
 では、どう考えるべきか?
 美智恵はしばらくして、悩むのをやめた。
「――直接、あいにいけばいいじゃない」
 自分にはその能力があるのだ。

 ……そう思いついた直後に、彼女はGS協会から解放されたのだった。


 ○●○●○●○●


「『時の秘密』――それもアトランティスの秘法に属することだって言うの?」
 カオスは「そうだ」と言ってから、横たわるマリアの胸の上に丸めた〈賢者の石〉を置いた。どうすれば手でこねるだけでああなるのか見当もつかなかったが、それは深紅の宝珠となっている。
「当時の『聖堂騎士団』の連中には、それがどれだけ剣呑なのかは解らなかったようだが、わたしには、それが人類の……いや、世界の歴史すら大きく変えかねないほどに危険なものだと解った」
「具体的な内容は? 秘法というからには、時間について干渉する方法なんだとは思うけど――」
「『時空消滅内服液』を知っているか?」
「……古代から伝わる、暗殺用の魔法薬ね? 飲まされた者はこの世界からの因果を断ち切られて、“生まれた”という事実すらもなくなって消滅してしまうというけど……まさか!?」
 カオスは「うむ」と頷く。
「あれも、その秘法の一部を知る魔術師が伝えたものだ」
「――現実に存在するの? 処方箋とかは現代にまで一応伝わっているけど、作れる人間はいないのよ」
 魔法だの錬金術だのは、やり方が同じでも必ず一定の効果がでるということはない。術者の精神力やら環境によって左右され、再現性は極めて低いのだ。それが簡単なものならばともかく、因果を消滅させてしまうほどのものとなると、やはりそうなってしまう。
「わたしなら作れるぞ」
「そりゃ、あなたなら……けど、それが“効いた”ということの証明はどうするわけ? 最初からいなかった者を消したという照明なんて、できっこないじゃない?」
「それがミソだな」
 マリアの胸に置かれた宝珠に手をかざし、カオスは苦笑した。
「有史以来、記録に残っている限り、あの薬が使われた例は七つほどある。だが、その七つが七つとも、失敗しておるのだよ。かけられた者が自力で破るとかしてな」
「……二十四時間以内にあった印象の強いできごとを再現する――というやつ? 生まれる前に戻るより先に、それをすればいいと言う話だけど、それだって、中和薬を飲まないと駄目なんじゃあ……」
「そういうことだ。失敗例は必ず都合のいいことに中和薬が手元にあるとか、すぐに処方できる術者が側にいたとか、そういうことばかりなのだ」
「……失敗例が残っているから、それが“効いた”ということの証明にもなっているのね」
 逆説的ではあるが。
 確かに時間を逆行している自分とかの認識と記憶が残っていたら、その脅威も記録される……成功例はそもそも誰にも認識されないのだろう。きっと使われたのは七つだけではなく、その秘法が生まれてから数限りなくあるのだと美智恵は思った。
 なのに。
「それは少し違う」
 とカオスは言った。
「あれの失敗したのは……あくまでも失敗した世界での事実なのだ」
「え?」
 ……なんだかよく解らない言い回しだった。
 美智恵がそのことで質問しようとした時、カオスの周囲に強力な魔力場が形成された。
 なんらかの秘儀が発動されたのだと、即座に悟る。
「……汝、秘儀の結露たる〈定形なきモノ〉……我が祈りと魔の力によりて、汝を〈赤き心臓〉と為さん……! 無形それ即ち万形たらんと――」
(――〈賢者の石〉を霊的な回路に変成している……!)
 あれが恐らく、人造人間のマリアに魔力を付与するミスティック・リアクターなのだろう。
 彼女は無言でカオスの秘儀を見詰めていた。
 魔法科学の先端地であるミスカトニック大学でも、イギリスの世界GS協会であっても、このような高度な魔術儀式は滅多に見られるものではない。
 しかもそれを行うのはかのドクター・カオス!
 斯道に生きる者ならば、美智恵でなくてもその光景を一瞬たりと見逃そうなどとは思わないはずだ。
 カオスの手の下で宝珠は輝き、そして――マリアの胸の中に沈んでいく!
(……立て続けに強力な魔法を使える訳だわ……まさか〈賢者の石〉をそのまま魔力の源として使っていたなんて……!)
 並の錬金術師、魔術師では、到底可能には思えない。いや、そもそもこういうことをしようという発想すらでないだろう。少なくともいともたやすく〈賢者の石〉を作り出すことができるような術者でもなければ――。
(精霊石でもできなくはないんだろうけど、あれではよほどの大物でもなければ魔力の連続使用はできないものね)
 そうして彼女の前で儀式は終わり、魔力場も消えた。
 カオスは肺の中の全ての空気を吐き出し、手近な椅子に腰を落とした。
「インストール終了、と。やれやれ……これで十分もしたら、マリアは再起動するだろう」
「お疲れ様。――で、さっきの話の続きなんだけど」
「まあ待て待て。私とていい加減に歳でな。少し休ませろ」
「――了解」
 言って、美智恵は何処か感心したように研究室の風景を見渡した。
「しかし、本当に大したものね、あなたは」
「褒めたって何もでんぞ」
「……いやさ、大学にある資料とか洗いざらい見てきたんだけど、ドクター・カオスってば“ヨーロッパの魔王”とか名乗っている割には大して歴史に影響を与えていないっぽくてね。正直、頭でっかちの馬鹿ボンだと思ってたのよ」
「………………」
「きっとその業績についても、随分と尾鰭背鰭胸鰭がついてるんだろーなあって……ごめんなさいね」
「別に、謝らんでもいいさ」
 カオスは苦笑しているようだった。
「わたしのような天才の所業は、目の前で見るくらいはしなければ、記録に残っているだけのことでは到底信じられることではあるまい」
「まったくね」
 随分と自信過剰な言葉にも聞こえるが、素直に美智恵は認めた。カップラーメンを作るよりも短い時間で〈賢者の石〉を作り出したなんてことは、多分、誰に言っても信じてくれそうにはないし。
「この時代なら、ヴィンチ村のレオナルドじゃなく、あなたにこそ“ウオーモ・ウニベルサーレ(万能の人)”の称号が相応しいわね」
 それを聞いたカオスは、そうだろうそうだろう――とか大笑するものだと美智恵は思ってたのだが、案に相違してその顔から笑みを消した。
 そして。
「そうでもないさ」
 と、驚くべき言葉を口にしたのだ。
 思わず唖然としてしまう美智恵に、カオスは言う。
「あいつの方が能が多い。――少なくとも、わたしには絵心はないのでな」
 にっ、と笑った。
 美智恵も、つられたように笑った。

「――それは光栄ですな」

 声がした。

「え――」

 美智恵が振り返った先に。
 カオスの視線が向けられた先に。

 禿がいた。

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