ザ・グレート・展開予測ショー

卒業(終)


投稿者名:居辺
投稿日時:(03/ 4/ 9)

13.
 横島の震える手が封筒をつかむ。
 美神はすでに玄関に向かって歩き出していた。

 バシッ!!

 何かを叩き付けたような音が響いた。
 美神が振り向こうとするより早く、その手を横島が強く引く。
 足をもつれさせ、横島の胸にすがりつく恰好の美神。
 とうの横島自身も、衝撃を支えきれず体勢を崩して行く。
 事態を飲み込んだ美神が、横島の顔面めがけて肘を突き出す。
 横島は美神の肘に手をそえて狙いをそらす。
 身体が床から浮ける衝撃を利用して、体を入れ替え美神の腰にまたがった。
 美神の片方の肘が彼女の顎の下に入って、肩の関節と首が極(き)まっている。
 横島はもう片方の手も捕まえて床に押し付けた。

 息ができない!!?
 美神は足をばたつかせて逃れようとするが、横島はびくともしない。
 美神の足は虚しく宙を蹴って、ちゃぶ台にあたった。
 湯飲みが転がり落ちて、冷たくなったお茶の染みをスカートに残して行く。
 犯られる……!?
 歯を食いしばって、屈辱と恐怖を心から締め出そうと試みる。
 どんなことがあっても、絶対に心までは奪われたりしない!!
 眼を固くつぶって、現実そのものまで締め出そうとするかのような美神。
 食いしばった唇に、しょっぱい滴(しずく)が落ちた。
 見上げた美神が見たのは、クシャクシャになった横島の顔だった。
「どうして……! どうして分かってくれないンスか!?
 俺たちが美神さんのこと、心配スンのは当たり前じゃないスか!?」

「苦しいわ。横島君、早く降りて!」
 かすれた声で、美神はようやく言った。
 顔面蒼白になっている。
 横島は慌てて美神を解放すると土下座した。
 美神は起き直ると、乱れた衣装を調えて横島を睨みつけた。
 絞められたのどが痛い。
 息をしようとすると咳が出て、せっかく吸い込んだ空気が肺から出て行ってしまう。
 苦しい。だが、ここに一秒たりとも居たくなかった。
 一瞬、横島のことを怖いと思ってしまった。それが口惜しい。
 バッグをつかんで立ち上がると、一直線に玄関を目指す。

「俺、ずっと気になってたンス」
 唐突なセリフだった。
 振り返って見ると、横島は正座して向こうをむいたまま話していた。
「ルシオラのことっス。
 あの時のルシオラはなんか死に急いでたような気がして。
 もし、俺がちゃんと話をしてたら、あいつは死ななくて済んだんじゃないかって。
 話したところで結果は同じだったかも知れないッス。
 けど、あんな納得行かない最後にはならなかったかも知れない。
 こんなこと考えるのは卑怯だって分かってるンス。
 あいつのためじゃなくて、自分を納得させるためなんスから。
 だけど考えずにはいられなくて……。
 美神さん! 俺、美神さんまで納得行かないかたちで失いたくないッス!」
 横島は夢中で喋り続けていた。

 いつの間にか戻ってきた美神の手が、横島の震える肩にそっと乗った。
「ホント、バカね。あたしだって死ぬのを待つつもりなんてないわよ。
 言ったでしょ? 地球が無くなってもあたしだけは生き残るって。
 たとえ、神様がサジを投げたとしても、あたしは運命の裏をかいて見せる」
 横島が涙やら鼻水やらで汚れた顔で美神を見上げた。
 美神は苦笑いするとティッシュを取った。
「きったないわね〜!」
 目に指を突っ込まんばかりに、横島の顔を拭いて行く。

「……痛いッスよ、美神さん!」
「なに言ってんのよ? まったく、ガキみたいにメソメソして!」
「本当に痛いンスよ!!」
 横島が夢中で美神の手首をつかむ。
「また押し倒すつもり?」
 美神はイタズラっぽい顔で言った。
「半人前が押し倒すのはまだ早いって、お母さんが言ってたでしょう?」
 ところが目の前の、横島の顔は真剣な表情のまま。
 美神は内心の動揺を悟られまいと、視線をそらした。

 すると、窓の外に影が。
 窓を突き破る寸前の、頬を膨らませた不満そうなその姿。
 窓の外にシロがへばりついていた。

インターミッション
「おキヌちゃんが心配してるンス。俺から話してもいいッスか?」
 俺が美神さんに言うと、美神さんは玄関から半分身を乗り出したところで振り返った。
 シロが美神さんの背中に向かって唸っている。
「みんなにも話した方がいいッス。このままじゃみんなバラバラになっちまうッス」
「…………いいわ。私から話しておくから」
 美神さんは微笑みを残して帰って行った。
 シロは美神さんについて行ったようだが、二人きりにして大丈夫だろうか。

14.
 美神が車に戻ると、当然のように助手席にシロが乗り込んだ。
「あんた、山に帰ったんじゃなかったの?」
 美神は冷ややかにシロを見た。
「拙者、散歩してただけでござる」
 シロは硬い表情を崩さないまま応えた。
「へえ? そんな荷物担いで散歩?」
「なに修行でござるよ」
 あくまで散歩と言い張るわけね。
 ま、いいかとばかりに、美神はコブラを発進させた。

 どうやら、美神殿を監視する必要があるでござるな。
 シロは仏頂面の裏でそう考えていた。

インターミッション
 やがて順番が来て、受付のおばちゃんが俺を呼んだ。
 俺は報告書と、申請書とを引き換えに、GS免許を受け取った。
 自動車免許証に似た、一枚のカードだ。
 GS免許の上で写真の俺が笑っていた。
 事務所でみんなで騒いでいたときに撮った写真だった。
 それをわざわざ美神さんが選んで証明写真用に切り抜いてくれたらしい。
「おめでとう。頑張ってね」
 とおばちゃんが言った。

エピローグ
「……さん。美神さん。朝ご飯できてますよ。起きて下さい」
 ドアの向こうからおキヌが呼んでいる。
「……今日朝ご飯いらない」
 美神は半分眠ったまま応えた。
 あらためて枕に頭を載せると、聞こえないはずの声が。
「おキヌちゃんおかわりたのむ」
 目が覚めた。
 横島の声だ。

「なんであんたがここに居んのよ!?」
 事務室に乗り込んでいった美神を待っていたのは、見慣れた風景だった。
「横島さん、お仕事が軌道に乗るまで、ここで食べてもらうことになりました」
 おキヌがニコニコしながら答えた。
「食費は入れますから」
 横島がアジの開きを口に頬張ったまま応える。
「お? 時間だ。おキヌちゃん、ごちそうさま!」
 飛び出していく横島。
 見送った美神は腰に手を当てて溜め息をついた。
「バカね……」
 美神のつぶやきに甘いものが交じったのを、おキヌは確かに聞き取った。
 夏の予感を感じさせる風が吹く4月の朝だった。

おしまい

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