ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 後編の5


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 4/ 8)

 そもそも美智恵が 世界GS協会の手によって軟禁されていたのは、彼女が世にも珍しい「時間移動能力者」であるからに他ならない。
 それは、文字通りに時間のあちらこちらを移動する能力の持ち主だ。
 全ての因果律を覆すことができる、いわば究極の超能力――それに目覚めたのは、間が悪いことにミスカトニック大学構内で霊力実験をしていた時にである。
 結婚を期に一時日本を離れた彼女は、オカルティズムの本場であるイギリスやフランス、チベットなどを巡って能力を磨き上げていた。自分の中にある素質もそうだが、悪魔チューブラーベルより奪った魔力などを考えたら、自分自身の能力は当時の世界でもトップクラスのそれであることは疑いようもなく、それを完全に使い切れないなんて勿体無いことはとてもできない。
 美智恵はそう考えたのである。
 ならばとことんまで鍛え上げよう――。
 まだ十代の若さであることこそが、その無茶をやり遂げる原動力になり得たのだろう。
 神族の協力までをも取り付け、彼女はありとあらゆる霊的能力の開発と研究に携わった。
 そうして電気を操る実験……その時に起こった事故により、彼女は「時間移動能力」を目覚めさせたのだった。

 ……具体的に何処の時代に移動したとかの詳細は省く。とにかく問題になるのは、世界的なGSの集まる前で、彼女が時を越えて、戻ってきたということなのだ。
「世界そのものを変革してしまう能力なんて、危険きわまりない」
 誰かがそう言った。
 誰もがそう思った。
 美智恵だってそう思ったのだから、無理のない話で、美智恵は最終的な処分が決定するまではミスカトニック大学の構内から出ることを禁止された。
 それだけなら、あるいは「仕方ない」で彼女は済ませられたかも知れない。
 聡明な彼女は「時間移動能力」がどれだけ危険なのかはよく理解できており、それを恐れるGSのお偉方の気持ちもよく理解できたからだ。
 結局、70年代的な「正義の味方」を志す彼女は、根本的なところで体制よりで保守的であるということでもある。
 しかし。
 実験に立ち会っていたある神族が、彼女に言った。
「大丈夫です。すぐに……とはいきませんが、解放されます」
「そうですか?」
「ええ……魔族の一勢力に能力者は狙われていますから、ちょっと色々と揉めるかも知れませんが――能力そのものについてはそんなに制限を受けないですむはずです」
「……そう上手くいきますか?」
「はい。そもそも、時間移動能力では、本当の意味で歴史は変えられませんから……」
「――――それは?」
 その神族は、その問いかけには答えなかった。
 
 美智恵がカオスの著書である『時の門』を見つけたのは、そのしばらく後であった。


 ○●○●○●○●


「〈柔らかい石〉とか、〈哲学者の石〉とか、色々といわれておるがな」
 カオスの言葉は、実に軽々しそうだ。
「そんな簡単に言ってくれちゃってるけど……これって錬金術の最終奥義と言われているものじゃない……!」
 それをこんなあっさりと、お手軽に作ってしまうとは――。
 まさにドクター・カオス。
“ヨーロッパの魔王”!
「わたしにとっては簡単だ……と言いたいが、ここの環境があってこそだ」
「……なるほど。霊能力は異界空間で鍛えればその効果がダイレクトに出るというけど……錬金術もそうだ、ということね」
 この異界空間では、精神の力がより強く反映される。
 そも錬金術とは、卑金属を貴金属に変えることだけを目的とした秘儀体系ではない。
 物質を練成する過程において、術者の精神をも練磨し、高め、次なる階梯に進むことこそが真の目的なのである。つまるところは己自身をも〈賢者の石〉とする――それをしてようやく〈アルス・マグナ〉を成し得たと言えるのだ。
「いかにわたしとて、完全なる存在たる〈アダム・カドモン〉へと到るには、まだ遠いからな。自由に作れるというわけにはいかん」
「不死の秘法を完成させたドクター・カオスをして……か」
「世間ではそういわれておるがな。わたしが作ったのは、普通の、この〈賢者の石〉より効果が強い方法でしかないよ」
「普通のって……」
「このレベルのは、才能のある錬金術師ならば、どうにか異界空間に実験施設を作ったりせずともできるものだ。実際、わたしもそうだった」
 カオスが生まれたのは十世紀の半ば辺りである。
 それに対して、十字軍は十一世紀の末期……。
 なるほど、と美智恵は頷く。この怪人物のタイムスケールは長すぎて、どうも年代をいい加減に判断してしまいそうになるが、確かに『聖堂騎士団』と共にアラブに渡ったとするならば、その当時でさえ、彼は百歳をとうに超える年齢であったはずなのだ。
「話が早くて助かる」
 カオスは手をだして美智恵に〈賢者の石〉を返すように示す。彼女も反対する理由がないので、そっと手渡す。
「世間に広まっている錬金術でも、不老長寿は可能になる。ただ、こいつでは不老とは言ってもたかが知れている。五年に一歳のペースで年をとるし、配合が不完全だと、髪の色や瞳の色が銀色に変わったりしてしまう。わたしは当時であっても天才であったからな。配合は完全だった。ゆえに髪も瞳も変わらなかった……そうして完成させた〈賢者の石〉の完成版だが――それでも実際のところ、老いは免れん」
 今のところ、五十年に一歳だ、とカオスは言った。何百年かすれば効果はもっと薄くなるだろうとも。
 美智恵は最新の(とは言っても十九世紀末期)肖像画を脳裏に思い浮かべた。
(フランケンシュタイン博士が会った頃は五十代に見えたと言うから、その後で急激に年をとったのね)
「いずれ〈アダム・カドモン〉に到るつもりだが、それに間に合わなければ人格転送とかしてでも生き延びてやるつもりだよ」
「じんかくてんそう?」
「魂を他人の体に入れてしまうのさ。理論上は可能だ。……まあ、よほどに追い詰められなければ、そんなことはしないと思うが」
 そうして「ははは」と笑った。
 美智恵は苦笑した。
 やっぱりこのおっさんは危険人物だと、再認識する。
「――話がズレたな」
 カオスは急に真顔になる。真顔にはなったのだが、代わりに手の中で〈柔らかい石〉をこねていた。まるでおむすびでも作っているかのような手つきだった。美智恵としては色々と突っ込みたかったが、また話がズレていくと時間がかかるだけなので、さりげなく無視してカオスの言葉を待つ。
 そして。
「『時の秘密』」
 と言った。
「――え?」
「不死の秘法と同時に見つかったのは、お主がわたしに聞きにきた『時の秘密』だというておるのさ」


 つづく

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