ザ・グレート・展開予測ショー

Instinct and worldly +


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 4/ 7)


 早朝。
 午前、四時五分。蛍光のほのかな輝きを持つ針の指し示したのは、何時もの自分が『たたき起こされる時間』だった。
 溜め息を付きつつ、目覚ましを止める。
 カーテンを開いてみるが、光は差し込んでこない。まだ、外は暗く、静けさに包まれていた。何時もと何も変わらない。
 人々の喧騒が辺りを包むのは、これからしばらくの時が必要だろう。

 蛇口をひねり、顔を洗う。
 冷たい水が俺の意識をすっきりとさせる。
 そして、その水をコップに汲んで飲み干す。
 不味い。
 苦い。
 身体に悪そう。
 何時もよりも、不味い。何故かは・・・分からないが。

 顔をしかめつつ―――コップを流しに置く。

 その耳に入ってくる・・・どたばたと近所迷惑を考えずに階段を駆け上がる音。
 そして、その音が、部屋の前で止まる。誰の部屋かは言うまでもない。
 そして、どがどがっ、と、借金取りでもしないんじゃないだろうか、と言うくらいでかい音のするノック―――多分有り余る野生を叩き込むかのようなケンカキックで―――に、思わず俺の身が震える。





 こいつ、一応、ノックはしてたんだなぁ、と言う、ある意味師匠思いの弟子への感動故のものではなく。

 常識欠如している弟子に対する怒りのものでさえなく。

 ・・・ただ、驚いたから、それだけなのではあるが。




 今更ではあるが―――彼女はどういう方法で入ってくるつもりなんだろう・・・。
 考えてみれば、今まで、こいつが入ってきた所を見たことがない。起きた時にはこいつが目の前にいた。何時の間にか散歩道を引き摺られていた事も何度もあったが。

 ・・・考えてみれば。妙だ。

 幾ら不精な俺でも、寝る前には鍵をしている。・・・いや、以前はしていなかったが、最近はするように意識している。
 なのに、彼女は何時の間にか室内にいるのだ。
 鍵が、その役目を果たしてはいないかのように・・・。

 何故だ!?



 そして―――その音が二、三度部屋の中に響いてきた後。

 何やら機嫌良さげな鼻歌が聞こえてくる。
 その音に隠れるようにして―――ガチャガチャ、などと、あまり聞きたくない類いの金属音が響いた。

 その音がしてからすぐに―――軋んだ音をたてながら、扉が開いた。



 「先生っ、散歩に行くでござるよぉ!!」

 「どうやって入ってきた?お前」

 恐らくは、絶対零度よりも冷たいであろう俺の視線などそよ風と同じとでも言うのか、まるで意に返さず、彼女は笑顔でこうのたまった。

 右手に、心のどこかで弟子の良心を信じていた俺の彼女への信頼を破壊するものを掲げながら。

 「じゃじゃ〜ん、合鍵でござるぅ!!」

 その笑顔が、今ではとても寒々しいものに感じられる。
 綺麗であるが故に。恐い。とっても、恐い。

 「・・・えい」

 彼女の右手に向かって、無造作に蹴りを放つ。地面と垂直に宙を舞う鍵を掴んで、笑顔を凍りつかせた彼女を睨む。

 「な、何をするんでござるかっ!!」

 ぷんすかと怒る彼女に睨み返されるが、そんなもん、何でもなかった。
 今、俺の心の中にあるのは、真心いっぱい詰まった弟子への愛ではなく。
 不法侵入者に対する、排他の意思だった。

 「何時の間に作ったこんなもん」

 こんなもん、と言いながら差し出した鍵を、掴もうとする彼女の鼻先からポケットの中に移動させる。ぐるる・・・と、久々に肉食獣らしき唸り声を上げた彼女に向けるのは未だに変わりない冷たい視線。その視線に、少しは頭が冷えたのか、彼女は俯き、呟く。

 「先生がお留守の間にちょちょい・・・と」

 ちょちょい、と言う辺りが酷く曖昧で不安になるが。
 流れ落ちる冷たい汗を拭う事無く、更に尋ねる。

 「何本持ってんだ?」

 「へ?」

 顔を上げて、きょとん、とした顔を見せる。
 意味を解していないのだろうか。

 「鍵を何本持ってるのか聞いてるんだ」

 彼女は理解の色を浮かべると、俯き、ぼそぼそ、と小さく、呟いた。

 「・・・今は一本でござるよっ」

 聞き捨てならない言葉を。

 「待てっ!!『今は』ってのは何だっ!?『今は』ってのはっ!!」

 「えへへ・・・」

 THE・愛想笑い。

 「えへへ・・・じゃねえっ!!持ってる鍵、全部寄越しやがれっ!!」

 「え〜・・・それじゃあ、入る時に不便でござるよぉ・・・」

 ぷくぅ、と頬を膨らませながら尋ねるシロ。恐らくはこんな状況でなければ、可愛いと思うことも出来ただろう。が、やってることは可愛いじゃ済まされない犯罪行為だった。

 「・・・何でお前は不法侵入すると言う手段しか持っとらんのだっ!」

 「だって、朝、先生起きてないでござろう?」

 「お前の言う朝ってのは何時だ?」

 「えっと・・・四時」

 普通の人は、朝の散歩に行くのに四時起きはしないだろう。
 多分、犬でも寝てるわ。そんな時間。

 「起きてねえぞ、ああ、起きてねえよぉ!!」

 投槍になるのは否めない。が、できる限り、意識を保とうとする俺は、まぁ、努力した方ではないだろうか?

 「先生?笑顔なのに何か凄く恐いでござるよぉ・・・」

 引き攣り笑いを浮かべるシロ。
 向かい合う俺も引き攣り笑い。

 ああ、シロ、俺達って似た者師弟なんだなぁぁぁぁ!!

 「ははは・・・きのせいだろうしろ」

 「・・・何か凄く台詞が棒読みでござるぅぅぅ!!」




























 結局、散歩には行ったわけだ。
 暇だったから。

 這う這うの体で帰ってきた俺に、パジャマ姿の小鳩ちゃんが声をかける。部屋の中で、俺の帰りを待っていてくれたらしい。炬燵の上に、湯気のたった朝食が置かれていた。

 「横島さん・・・色々大変ですね」

 複雑な笑みを浮かべながら、(恐らくは)いたわりの言葉を掛けてくれる彼女。でも、その言葉に「大丈夫」と返せない俺がいた。

 「小鳩ちゃん・・・何の事を言ってるのか漠然としすぎて分からないけど・・・何か心当たりが両手両足の指じゃ足りないくらいあるって結構悲しいよ」

 その答えに、フリーズする彼女。




 ・・・




 ・・・







 再起動







 「・・・想像以上です」

 「そう?」

 「はい。何か、最近、顔色が優れないみたいですから・・・」

 いつか聞いた台詞・・・ああ。そう言えば。

 「同じ事、美神さんも言ってたよ」

 「大変ですね・・・」

 「うん・・・」

 何となく、しんみりとした空気の中で食べるご飯はそれでも十分に美味しかった。







 「辛気臭い顔してるわね」

 やって来た俺にかけられた言葉はこうだった。返す言葉が見つからず、口をぱくぱくとさせている俺に、目を細めた寝ぼけ顔のきつねはこうのたまった。

 「いつもよりも三倍くらいは不細工」

 「な・・・」

 次いで掛けられた言葉の冷たさに泣きそうになるのを堪えつつ、唇を噛み締める。
 出来る事ならハンカチを出して噛みたかったが、それは少しやりすぎの感があるし。
 ・・・正直、普通にショックだったのだが。

 「・・・疲れた顔してるけど。また、シロの散歩にでも付き合わされたんでしょ。あいつ、また朝早くに出てったから・・・全く。断ればいいのに」

 「別にいいじゃねーか。コミュニケーションって奴だ。師弟のな」

 「・・・コミュニケーションなら何時もしてるじゃない。会話。十分すぎる程ね」

 「・・・何だよ?今日はやけに突っかかるじゃねえか」

 何時もは声を掛けもしないくせに。

 「・・・体壊すまで・・・そんなもんに付き合うんじゃないわよ」

 「・・・?」

 「あんまり・・・無理するなってことよ」

 「あ・・・ああ、ありがと」

 「・・・これ、飲みなさいよ」

 「・・・へ?」

 「煎じた滋養強壮剤・・・市販のドリンクよりは効くから」

 「・・・あ、ああ」

 つまり、言いたかったのは・・・無理しないで、って事らしい。
 全く・・・素直じゃない。
 でも、嬉しい。

 可愛い。

 ―――はっ・・・。

 違うっ!!違うぞっ!!これはときめきなんかじゃないからなっ!!











 「何か・・・気付いてなかったけど・・・」

 家へと向かう道すがら。俺は考えていた。

 「美神さんにおキヌちゃんにシロに小鳩ちゃんにタマモ・・・何気に・・・俺って女の子に囲まれてんだなぁ・・・」

 しかも、皆、美人だし。今更だけど・・・考えてみれば凄い話だよなぁ・・・。

 ・・・惑わない、か。

 人生の半分以上は無駄にしてるよなぁ・・・。

 でも・・・    決めたから。

 「・・・負けない自信はないけど、でも・・・」

 「・・・思い続けているよ。ルシオラ」

 足を止め、風が流れる夜に思う。

 絶対とは言い切れないけど。
 愛しつづけると決める。
 いつか、別の結論が出たとしても、君への思いを変える事はないだろう。


 季節が巡れど、変わる事無く。

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