ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 後編の4


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 4/ 6)

「……その時にわたしが何を考えていたかは知らんが……ふむ」
 カオスは何やら考え込んだが、美智恵はのんびりとそれを待ってはいられなかった。
「それで『聖堂騎士団』をパトロンにしてアトランティスの秘法を探して、どう意見が食い違ったの?」
「――言い忘れたが、別にわたしとてアトランティスの秘法を最初から探していたわけではないぞ。最初はヘルメス・トルメギストスがアブラハムの孫であるという説を検証するために、アレクサンドリア図書館の蔵書を伝承している者を探していたのだ」
「……またややこしい話になったわねえ」
 錬金術の神とも言うべきヘルメス・トルメギストスは、二十世紀では架空の人物として認識されている。一応は彼の手になる著書として「ヘルメス文書」と言われる錬金術の手引書が何百、何千と伝わってはいるものの、それらは十五世紀前後、活版印刷が発明された頃に偽造されたものであると言われている。
 しかし中世の神秘家の間では彼の実在は信じられ、恐らくはモーゼと同時代の人、アブラハムの孫であると考えられていた。
「アレクサンドリアはヘルメス学の拠点であったしな。破壊された後も図書館の蔵書の一部が密かに伝承されていることは何とか調べがついていたし、だとすればヘルメス関連の資料があると考えるのは自然だろう?」
「――けど、見つけた資料にはそれではなく、アトランティスのことが書かれていた……ということね」
 美智恵はカオスの言葉を先回りしたように言う。
 しかし。
「半分正解だ」
 と言う返事が返った。
「錬金術の神ヘルメス・トルメギストスがアトランティス人の末裔だったと、そう書かれていたのさ」

「ドクター・カオス」
 マリアは飛び込むように研究所に入った。それでもトレイの上は全くの無事。素晴らしいバランスだ。
「何を慌てている、マリア?」
「侵入しようと・している者が」
「……ふむ。やつらではないか……仕方ない。話ながらでいくか」
 カオスは立ち上がると、実験器具の中からビーカーをとりだして試液を混ぜ始める。マリアは着ていた服を脱ぎ始め、裸になると、いつの間にかあった診察台らしきベットの上に横たわった。
「何をするつもり?」
「ミスティック・リアクターを再装填する。ちと面倒な相手がきておるようなのでな――話を続けようか」
「ええ」
 このドクター・カオスをして「面倒」と言わせるような相手とは何者なのか、ということには気にならなくもなかったが、それを聞いてたら余計に時間が食いそうだったので、そのまま話を続けるというのを彼女は選択する。
「ヘルメス・トルメギストスというのは、元々ギリシャの神メルクリウス、ヘルメス、エジプトの神トート、を同一神格とみなした上で《三重に偉大なるヘルメス》と言う意味でつけられた名前だと言われておったが……」
 そこで話を切り、カオスはマリアが持ち込んだカップを持ち上げて、ぐびりと口に運ぶ。ちなみにこの時代のカップは取っ手がない。中身は緑茶だ。
 美智恵もそうした。
「文書には、三柱がそれぞれを名乗ったヘルメス一人であると書かれてあった。えらく長命だったらしい」
「……錬金術の神と言われるくらいだものね」
「そうだ。『聖堂騎士団』とわたしの狙いも、そこにあった」
 ヘルメス・トルメギストスの存在の真偽を確かめ、あわよくばその秘儀の集大成である、「エメラルド・タブレット」を入手する――。
「――のだがな。アトランティスなんぞという名前がでてくるとは、わたしもやつらも予想もしておらんかったよ」
「……でしょうねえ」
「とりあえず資料を探し始めてある程度集まってから、やつらはこういいだした。『このことは永遠に秘密にしなければならない』と」
「……………」
 なんとなく、美智恵は彼らの気持ちが解った。
 そもそもヘルメス・トルメギストスがアブラハムの孫などという説がでたのは、錬金術の神として伝えられる彼を、キリスト教の世界観にとりこもうとした結果である。中世におけるオカルティズムの発展は教会にとってさえも無視しきれず、特に錬金術は科学が未成熟だった頃においては重要なものであった。
「『聖堂騎士団』としては、イエスはおろかアブラハム以前――エデンの園よりも昔に人類がいたなどということは、認められなかったんじゃろうな」
「……なるほど」
 確か美智恵の知る限りでは、聖書の世界観では少なくとも紀元前は1万年は遡れなかったはずだ。
「しかしわたしは、それには反対だった。古代の叡智を人の世界に広めることこそが錬金術師の使命だと思っておったからな」
「――広めてないじゃない」
 すかさずツッコミを入れる美智恵。
「……事情が変わったのだ」
 カオスはビーカーの中に鉛の塊らしきものを入れ、蓋をした。
「わたしも逆らえんかったが、やつらも一枚板ではなかったからな。一部の真理を見極めようとした者に協力を仰ぎ、あれやこれやと苦労したあげくに、バスラの魔術師の元に秘蔵されていたエメラルド・タブレットを見つけ出し、そして不死の秘法を完成させた」
 そういう経緯があったのか。
「……のだが、一緒にみつかったアトランティスの秘法がまずかった。不死の法もそれの一つであり、充分に面倒だったのだがな」
「ここまできて、焦らさないで欲しいわね」
「学者の話は長引くものさ。――ふむ、完成だ」
 カオスはビーカーの中にできたモノを見て、満足げに笑った。
「……何、これ?」
 美智恵はオカルトに関わり、おかしなモノを色々と見てきた。だが、ここまで奇妙なモノというのもなかなかお目にかかったことがなかった。何せそれは水晶のように半ば透明であり、ごつごつとした鋭角的な形状をしている――が、ほのかに赤く輝きを持ち、ビーカーがゆれるたびに少しづつ形を変えていた。
「もってみろ」
 とカオスはそれを手渡す。拳にすっぽりと入る大きさだった。
「――何、これ?」
 美智恵はさっきと同じ言葉を、より大きな驚きとともに口にしていた。
(変な石……なんかあたたかいし、そして柔らかい……!)
 もしや――と思った。
 思わず、カオスを振り返る。
 カオスはやはり笑っている。
「これって〈賢者の石〉?」

 
 つづく

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa