ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 後編の3


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 4/ 6)

 ……それを発見したのは、美神美智恵がミスカトニック大学構内に軟禁されていた頃だった。
 そう。
 あれは誰が何といおうと「軟禁」だった。たとえ大学の外に出ることは一応できるとか、外との連絡は自由にできるということになっていても、それらをするのにいちいち許可が必要なのはそうとしか言えないのではないか、と思う。だから彼女は二ヶ月もすぎる頃には人と会うのも億劫になってしまい、図書館で一日中暇を潰すのが日課となってしまっていた。
 それで、その日に「ドクター・カオス関連」のコーナーの前を通ったのは、そこが目的であったわけでもない。ただ歩いていてそこにきたというだけの話である。彼女とてカオスには全く興味がないというわけでもなかったが、霊能者として正義の味方に生きることを決心してしまっている今、それほど積極的になって知りたい対象でもなくなっていた。カオスが悪の大組織なんてのを作っていたら話は別なのだろうが、GS業界に広く知られた事実――カオスの悪事は成功した例しがない。
 超一流の錬金術師でありながら、どうしてそうなのかはよく解っていない。相棒のアンドロイドが実は不完全ながらも「良心回路」が組み込まれていて、間一髪でカオスの企みが不成功になるようにこっそりコントロールしているという説もあれば、実はカオスは頭はいいのだがバカだと言う説もあったりなかったり。いずれ研究者ではない彼女にしてみれば、どっちでもいいことだった。
 が。
 通り過ぎようとした美智恵は、ふっとそのタイトルに目をとめた。

『時の門』

 妙に文学的というか、小説的なタイトルだと思った。
 よく知られたカオスの著書は、例えば『ゴーレムの作り方』とかいうような、散文的というか直截的なタイトルのものが多かったからだ。
 そして、「時」というワードには、彼女は過敏になっていた。
「……ラテン語なのね……」
 開けて読み始めた彼女は、すぐに「時間移動能力者ミカミ」の名を見つけ出し、硬直した。
「これ……もしかして私のこと?」


 ○●○●○●○●


「……未来の記録には、そのことも残っていたか」
 むしろ苦々しげに言うカオスだが、美智恵は苦笑して。
「今から三百年くらい後、あなたと人造人間――多分、マリアと会話しているのを盗み聞きしていた人間がいたのよ。けど、そうか……」
『山の老人』に関する伝説の中には、欧州で『聖堂騎士団』に使役されていたというのもあった。『聖堂騎士団』を貶めるために付与されて捏造された話だと思っていたが、あるいは彼らについての話は事実であったということか。
「言っておくが、奴等が悪魔バフォメッドを崇めていたとかいうのは、ほとんど濡れ衣だぞ。少なくとも告発された当時はな」
「ああ……なるほど」
『聖堂騎士団』というのがかつて存在したのは知っている。彼らは十字軍だのなんだのの影響で勢力を伸ばし、莫大な財産を築くに到った。到ったのはいいのだが、“出る杭は打たれる”の例えどおり、その栄華は長くは続かなかったのである。
 彼らが告発された理由は「悪魔バフォメッドを信仰する異端集団だから」というもので、その当時にさえ、それを真面目に受け取った人間はいなかった。彼らは彼らが築いた財産のせいで滅ぼされたのだ。
 その後、生き残りが地下に潜って結社化したという話はあるにはあったが、ほとんどがゴシップの類で信用に足るものではなく、美智恵が読んだその手記に関しても、「その真偽は疑わしい」――というのがほとんどの研究者の意見だ。一番好意的なもので「多分、盗み聞きだったので聞き間違えたのだろう」というものだった。無論のこと、ゴシップの好きな人間はどの分野にもいるもので、その手記を元にカオスと『聖堂騎士団』とのかかわりを面白おかしく「憶測」した本もあったりするが、美智恵が目を通した限りでは研究書としての価値はまったくなく、世間的にも彼女と同じ評価を下しているようだった。
 なのに、だ。
 カオスは『聖堂騎士団』とかかわりを持ち、十六世紀になっても追われている。
 驚くべき事実だ。
 しかもアトランティスの秘法を探していたなどと……。
「わたしにとっては一生の汚点だがな……誰だ、そんなことを盗み聞きして、後々にまで残したという下衆は?」
「それ言っちゃうと、あなた会わずにしようとするでしょ? そうしたら歴史が変わっちゃうもの」
「……何かするのか、そいつは?」
「何か――というか、死者の蘇生かしら? あなたの薫陶を受けたとは、残された手記には書いてあるんだけど。あんまり世間では知られているあなたの研究とは違うから、本当かどうかは疑問視されていたの」
「死者蘇生? ――それならやったことがないでもないが……」
「厳密に言うと、人造人間の作製なのよ。別々の死体のパーツを繋ぎ合わせて一人の人間として『誕生』させる」
 カオスは眉をひそめた。
「……そいつは死者の蘇生とは言わんな……確かに人造人間の作製と言えなくもないが……あまり面白いことにはならんぞ」
「やったことあるの?」
「二度だけ。駆け出しの頃にな」
 怪物になった、とだけカオスは言った。その末路などについては語らなかった。語りたくなかったのかも知れない。
「彼の作り出したものもそうだったわ」
「ふん……姓か名か、どっちかだけでも教えてくれんか? 実際の話、あまり関わりたくないぞ、そういう輩とは」
(……同類のくせに)
 と思ったが、美智恵は言わなかった。
 ただ、少し考えた後。
「フランケンシュタイン」
 と言った。
「手記には、その方法はあなたに教わったとあったわ」

「……もうすぐじゃ」
「……………」
 男は目を凝らし、納骨堂の扉の様子を見ている。

「――――」
 マリアはトレイに茶碗を載せて歩く足を止めた。
(術式に・介入? ――侵入者の確率・97%・現在の戦力による・迎撃の成功の可能性・4%以下――)
 現在の自分の装備では、無理だ。
 選択できるのは一つだけ。
(ミスティック・リアクターの換装……)
 再び歩き始めたマリアは、ロスした時間を取り戻すように脚を早めていた。


 つづく

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa