ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 後編の2


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 4/ 5)

「アトランティス――というと、プラトンが語った失われた国?」
 現代オカルトにおいて、その国の名前を知らない者はいない。
 ありとあらゆる魔術、錬金術はエジプトが起源とされているが、そのエジプトの文化も元をたどればその国にいきつくという。
「確か……語られているところによるならば、ポセイドンの怒りに触れて海底深く没したって……」
 ――その末裔が大西洋に渡り、ザンス王国を築いたというのが現代オカルティズムの通説だ。しかしそれがあきらかになるのは十八世紀も後半で、まだこの当時はザンス王国の存在を欧州で知る者などいないはずだった。
「さすがに未来人は大したものだな。そうだ。アトランティスは海中に没した……が、その秘儀を伝承する者は、僅かながら存在する……していた」
「まさか、ザンス王国を知っているの?」
 あるいはこの男ならあり得る、と美智恵は思わず漏らしたのだが、当のカオスは「ふむ?」と不思議そうな顔をした。
「……まだ、他に伝承していた連中がいたのか? まあ、それについては聞くまい。いずれ知る機会もあるだろう」
 そういってから、カオスはテーブルの上に何処からか取り出した世界地図を広げた。
(メルカトル図法の地図?……どうやって作ったのかしら)
 しかもかなり正確な地図だ。
 海岸線などもきれいに描かれている。
 カオスは言った。
「――これが、そういう連中が持っていたもののひとつだ」
「これが……!」
「素晴らしい出来栄えだ。わたしもそれらしいものを作ってはいるが、これほどのものとなると、な」
「……これ、どうやって手に入れたの?」
 美智恵の問いかけは鋭かった。
 カオスは苦笑した。
「ちゃんと交渉の末に手に入れたものだ。――まあ、もはやその価値すらも知らない者が大半であったが」
 カオスの話によるならば、アトランティスの末裔の大半はすでに自分たちが何を伝えているのかも忘れていたのだという。
 無理もない話ではある。伝説を信じるのなら、アトランティスが栄えていたのは一万年以上も昔だ。
「それでな、詳しい話はややこしいから省かせてもらうが、『山の老人』は実はアトランティスの末裔だったのだよ」
「――マジ?」
 その起源については諸説あるものの、イスラム教徒の過激な一団が結社化したものだと美智恵は思っていた。というよりも、ほかに考えようはなかったのである。
「……まあ、当人たちもその辺のことは詳しく知らなかったようだが」
 とにかく、本来イスラム教徒とは無関係だったということだった。
「それはつまり、アラブのスルタンやらの依頼を多くこなしていたというだけにすぎん。こちらの人間にとってみれば、同じに見えるからな。それにムスリムの連中は、大抵はこっちから喧嘩しかけなければ温厚だぞ」
「……うーん……」
 二十世紀の日本で育った美智恵にはイスラム教徒はなじみが薄く、どうしても「怖い連中」というイメージが頭から離れないのだった。ここ数年は海外で暮らしているから、大分マシにはなっているのだが。
 ってか、温厚な連中が暗殺を依頼しているという点ですでにおかしいと思う美智恵だった。
「それでやつらが持っていた資料とか手に入れた私だが……そこで当時のパトロンと意見が食い違ってしまってな」
「ふーん……」
「そのころの私は“ただの天才錬金術師”にすぎんかったからな。あいつらには逆らえなかった」
「ねえ、もしかして」
 美智恵は、少し前に読んだある手記を思い出していた。
 ただの与太話だと思われてて、真剣には研究されなかったある話。
「あなたのパトロンって――『聖堂騎士団』?」

「……さすがに堅いな」
 老人は方陣を敷いてその中心に立ち、指を組んで不可思議な印契を作っていた。
 その後で様子を眺めていた男は、ふと何かに気づいたように振り向いた。
“……カオスの研究所はここか……”
「――優先権は我等にある」
 言いながら、男は闇の向こうからかかる『声』の主を見極めようと全ての感覚を凝らしていた。
 気配は感じるが、それはあまりも曖昧なのだ。
“ふん……まあよかろう”
『声』は男が集中していることなぞどうでもいいように、さっさと自分で結論を出したようだった。
「――ミケロット殿、そいつは実体なぞないぞ」
 突然、老人が言った。振り向きもしていない。
「幽体離脱の術じゃ」
「……生霊か――しかし」
「そいつらの先達は悪魔と契約したと言われとるくらいじゃ。その末裔が魔術を能くしたとて不思議でもあるまい」
 明らかに揶揄するような、嘲弄するかのような響きを伴った声と言葉だった。
 闇の向こうにある気配が微かにも動揺したのが伝わってきた。
 やがて。
“明晩までは好きにしろ”
 そう言い残すと、『声』は消えた。
「去ったか……」
「まだいるかも知れんぞ?」
「ふん」
「……世間ではとうに滅びたはずの奴等だが、それだけに油断できん。よくもカオスは五百年も生き延びたものじゃわい」
「なればこそ」
「わかっとるさ。あやつをどうにかせねば、ワシもおぬしも前に進めん……」
「……………………」
 男は老人から目を外し、納骨堂を凝視した。
 あの向こう側に、彼らの追い求めていた男がいるはずだった。

 
 つづく

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