ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 後編の1


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 4/ 3)

 ……辿り付いた場所は墓地だった。
 カオスは自転車から降りて手で押していた。美智恵もその後ろをついていく。マリアは一番最後だ。
(ローマのこの辺りはきたことあるけど、やはり中世は違うわね……)
 美智恵はそんなことを考えながら歩いていた。
 ここが何処かの見当はついている。時間移動の前にカオスが当時いたと思しき時代のローマの古地図を集めて、頭に叩き込んでいたのだ。そしてことつのついでにローマも何日かかけて歩き回り、地理も把握していた。用意周到なことこの上ない。
 しかし。
 中世の、しかも夜の墓地の空気は何処か違っていた。
 霊能者として数々の心霊スポットを巡った彼女であるが、ここの空気には緊張してしまう。
(霊気の密度が濃い……現代より遥かに闇が深いのね……)
 いかに人工の光ではあっても、「光」には違いないということであろうか。
 かつて古代や中世において、妖怪や魔物が猛威を振るったというのもうなずける話だ。
「――ついたぞ」
 カオスの声に、美智恵は顔を向けた。
「納骨堂?」
「そうだ」
「……ここは二十世紀にも残っていたわ」
「そうか」
「――帰ったら、徹底的に探してみようかしら」
 何処か揶揄するような、悪戯めいた笑顔で言ってみる。
 ところが、カオスもそんな風に笑った。
「好きなだけ探してみてもいいが、多分無駄だぞ」
 いつの間にか、マリアがカオスの横に並んでいた。
「〈開門・せよ〉」
 その声に応じて、納骨堂の扉がひとりでに開いていく。
(自動ドア?)
 ――それだけではなかったと、直後に美智恵は知った。


「……あそこか」
 男は言って進もうとしたが、「待て」と老人は手を上げてそれを制した。
「――あやつの研究所に、正面から入れるものか」
「ならば、どうする?」
 このまま放って置けば、どうにも手出しできなくなってしまう。
「どうにかする。――このワシが何と呼ばれているか忘れたか?」
「…………解った」


 扉をくぐると、そこは何処かの城の中だった。
「――え?」
 入ってきた扉へと振り向くが、そこはすでに入り口ではかった。
 石造りの壁があるだけだ。
(転移装置? ――いえ)
 美智恵はすぐさま確信した。
「異界空間ね」
「……そうだ」
 異界空間――それは人界にありながら人界の所属とは異なる空間のことである。魔界や神界に近いが、そのものでもない。果たしてどういう原因で生じるのかということについては所説あって、未だに統一した見解はないのだが、とりあえずそこは妖怪か悪魔か……人間であるなら、よほど魔術に通じているものでもなければ、自在に行き来はできないということは知られている。それもかつては、というべきなのかも知れない。
(現代では失われた秘術の類だわ……ここが中世で、彼がドクター・カオスならば、異界空間を使ってても不思議ではないんだろうけど……)
 カオスは「ふむ」と美智絵の様子を見ていたが、やがてマリアをつれて歩き出した。
 美知恵は慌てて後を追う。
「ここは、私がかつて使っていた城だ」
「はあ……」
 そういえば、カオスがどういう素性の者であったかについては、実は定説はなかったのだと美知恵は思い出した。最後に確認されたのは十九世紀末期のイギリスであったが、それまでに彼の素性を詳しく聞き出せた者は一人もいない。僅かに十数人の“自称・弟子”と名乗る何人かの錬金術師と魔術師、科学者のような「関係者」が日記に残したものがあるだけだ。
「……三百年ほど前に、私はここの領主の元でいたのだよ」
「……パトロンの城?」
「――まあな」
「なるほど……」
「三百年前、ここで私は――いや、そのことはいいか。ただ、三百年前……」
 カオスは扉を開け、美智恵を中に導く。

「我が実験室にようこそ。未来からの客人よ」

 そう言って、膝を折る。
 美知恵は声もなかった。
 カオスのわざとらしい身振りに呆れたというのではなく、その部屋の様子に驚いたのだ。
「まるで、”シャーロック・ホームズの部屋”みたい……!」
 ロンドンには幾つか、『名探偵ホームズ』の部屋を再現したという場所がある。コナン・ドイルの描いた小説を元に再現したその部屋は、ほとんど例外なくホームズの奇妙な趣味と生活の場らしく、なにやら混沌とした様相を呈している。彼女はそれを見たことがあったのだが……。
 ここもそうだった。
 色の違う試液の入った試験管立て、泡立つビーカー、奇怪な生物が中で欠伸をしているフラスコ……と言った、いかにもな錬金術師らしい小道具もあれば、正体不明の機械類が転がっていたりもする。これだけでは“マッドサイエンティストの部屋”といった方がよさそうだが(事実もその通りなのだが)、壁にダーツの的がかけられていたり、なぜだか解らないが可愛らしい熊のヌイグルミが床においてあったりする。さらにはどういうわけか十二単を着たマネキンが壁に向かって立っていたり、巨大なトマトがどでんと置かれていたりかる。トマトの原産地は南米で、まだヨーロッパには入っていなかったはずなのだが。
 立ち尽くす美知恵の隣りで、カオスは「はて? しゃーろっく・ほーむず?」などと呟き考えている。
 ――そんな有名人、いたかな?
 思い当たらないが、あるいは未来の人間か、とも思って美智恵には聞かないでおいた。まあ、ここと似たような感じの部屋で生活しているのなら、きっと優秀な人物なのだろう。
 とりあえずカオスはいつもの自分の席に座り、美智恵にも薦めた。
 マリアは部屋から出ていったが、おそらく茶でも用意するつもりだろう。
 この時代ではお茶の類は一般的ではないのだが、ここは間違っても「一般」などというところではないのだった。
「――さて、聞きたいことがあると言っていたな」
「ええ」
 美智恵は頷いた。
「さっき渡した本に書いてあったことよ」
「『時の秘密』か?」
「ええ」
「今は……言えんな」
「!……どういうこと!?」
 思わず立ち上がりかけたが、手を組んで真剣なまなざしで凝視しているカオスを見て、黙って座りなおす。
「まあ、少し回りくどくなるがな……先にさっきの連中について先に教えておこう」
「『山の老人』のこと?」
「それもあるな」
「さっき聞いたけど……アラビアで彼らと関わったのね?」
「そうだ」
 カオスは語り始めた。
「――おぬし、アトランティスについて知っておるか?」


 つづく

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