ザ・グレート・展開予測ショー

卒業(6)


投稿者名:居辺
投稿日時:(03/ 3/30)

10.
「もう我慢できんでござる」
「なにが?」
 深夜の屋根裏部屋。
 シロは自分のベッドの上にあぐらをかいていた。
 前かがみになった上体に、眼だけが異様に光っている。
「もう我慢ができんのでござる」
 シロはもう1回言った。

「繰り返さなくても、聞いてるわよ」
 タマモは寝ころんだまま雑誌を見ていた。
 シロの話に興味なさそうに聞いてくる。
「で、何なの?」

「美神殿でござる。
 勝手に横島先生を辞めさせたうえ、しばらく会ってはならんとは、どう言うことでござる?
 加えて最近の重苦しい雰囲気。
 何故(なにゆえ)このような暗い気分で、暮らさねばならんのでござるか?
 拙者、美神殿を群れのリーダーと認め従って参ったが、もはやこれまででござる」

「いいんじゃない」
 タマモの手がページをめくる。
「へ?」
「出てくって言いたいんでしょ?」
「そうでござるが……」
「出てけば?」
 面倒くさそうにタマモは言った。
「……止めないんでござるか?」
「あんたの生き方に、いちいち口を挟むつもりはないわ。
 それとも、止めて欲しかったの?」

「そ! そんなことないでござる!」
 シロは慌てたように首をブンブンと振った。
「そうでござる。拙者、タマモはどうするつもりか、聞きたかったのでござる」
 タマモがようやく雑誌から顔を上げて、シロの様子をうかがうように見た。
「それを聞いてどうするつもりなんだか」
 タマモの唇の端が持ち上がる。
「私はいつここから出て行っても、いいと思ってるわ。
 一人で生きて行けるだけの知識は、もう身に付けたと思うから。
 問題は美神さんね。
 私たちがここから出て行くと知ったら、なんて言うかしら?」

「あんた、美神さんが怖いの?」
 シロの視線が床をさまよっている。
「ば!! バカ言うなでござる! あんな女……」
「あら? 私は怖いわよ。
 あの女(ひと)怒らせたら何するか分からないもの」
 ニヤニヤとタマモは言った。
 呆然とするシロ。
 何か言いたそうに口を開いたが、一言も発せられることなくシロの口は閉じた。
 シロが黙ってしまったので、タマモは再び雑誌に注意を戻した。
 それきり、何の会話もなく二人は眠りについた。

 窓の外がうっすらと明るくなってきた。
 眠っているタマモを起こさないよう、静かにずだ袋を肩に担ぐと、シロはドアの前に立った。
「シロは山に帰った。美神さんにはそう言っとくわ」
 ノブに手を掛けた時、背中の方から声がした。
 振り返るとタマモが言った。
「これなら美神さんも、とりあえず後を追おうなんて思わないでしょ?」
 タマモは寝たままの姿勢で、目も開けていない。
「かたじけない……」
 シロはそれだけ言うと、静かに部屋を出て行った。

 シロのかすかな足音が遠ざかって、玄関の扉が閉まるのをタマモは聞き届けた。
 寝返りを打ってつぶやく。
「さ〜て、どうなることやら」

11.
 早朝のチャイムに、横島はすぐにシロを思い出した。
 珍しくパジャマ姿の横島だ。
 隣で眠る母親の布団をまたいで玄関にたどり着く。
 予想通り、立っていたのはシロだった。
 背後から母親の、誰だと聞く声が聞こえる。
 横島は、ちょっと出てくると言い残し、アパートを出た。

「散歩に行こうって話じゃなさそうだな」
 シロの担いだ、ずだ袋を見ながら横島は言った。
 シロはそれに応えずに、横島の先に立って歩いて行く。
 尻尾がピンと伸びていた。
 近所の公園にさしかかる。
 シロは迷うことなく中へと入って行った。

 錆びたブランコの前まで来ると、シロが無言で振り向いた。
 ずだ袋を下ろし、そのままひざまずくと、両手をそろえて土下座する。
 その時点で、横島はシロが何を言い出すのか分かってしまった。
「拙者、美神殿の所から出てきたでござる」
 予想通りだ。となると次も?
「横島先生、拙者をお側に置いて下され」
 顔を上げたシロの表情は真剣そのもの。
 これから言わなければならない言葉を思うと気が滅入る。

「黙って出てきたんだろう?
 美神さんにばれないうちに帰ったほうがいいぞ」
「だ、大丈夫でござる!!
 山へ帰ると言ってきたでござるから!」
 シロは慌てて言い繕った。
「そんなこと言った所で、この辺をウロウロしてたら、すぐ見つかっちまうだろうが?
 お前の身柄を預かってるのは美神さんだぞ。
 分かってるだろ? 美神さんのメンツ潰したらただじゃ済まん」
 シロが蒼ざめていく。

 必死に考えているらしい、シロの眼がキラリと光った。
「そ、そうでござる。既成事実とやらを作ればいいでござるよ!」
 これで万事解決とばかりに嬉しそうなシロ。
 今度は横島が蒼ざめる番だ。
「既成事実って、意味分かってんのか?」
「さあ?」
 そんなことは先生が知ってますよね? シロがそう言わんばかりにニッコリ笑う。
「そんなこったろうと思ったよ」
 横島は内心安堵した。
「まったく、俺はロリコンじゃねえと言ってるだろうが」
「……既成事実とロリコンに何の関係があるでござるか?」
 せっかくの名案を考えたのにと、不満そうなシロ。
「それはだな……」
 と説明しかけて横島は気が付いた。
 いつの間にかシロのペースになりかけてる。

「とにかく、俺の所じゃお前を養ってやれん。
 しばらくは今まで通り美神さんトコに居ろ」
「どうしてでござる。拙者何でもするでござるのに」
 シロが横島の足下にいざり寄った。
「拙者、料理も洗濯も裁縫も一通りできるでござる」
 お前の料理って全部肉料理だろうが。
 とツッコミたいところを我慢して、横島は言った。
「身の回りのことをお前にやってもらうワケには行かんだろ」

「……やっぱりおキヌ殿の方がいいでござるか?」
「バ! バカ、ナニ言い出すんだよ!? おキヌちゃんは関係ないだろ!!」
 横島が慌てて言い返すと、シロの目から涙がこぼれている。
「もうあそこは嫌なんでござる……!」

インターミッション
 シロを泣き止ませるのはエライ苦労だった。
 しがみついて泣きじゃくるシロを、美神さんの所に帰らせなきゃならない。
 後で一緒に行ってやるからと言って承知させた頃には、朝日がかなり高い所まで登っていた。

 シロを連れてアパートまで戻ると、道端にコブラが止まってた。
 俺の腕にしがみついて震えているシロに、しばらく隠れているように言って、俺は部屋に入って行った。

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