ザ・グレート・展開予測ショー

mother


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 3/30)


 重ねた唇。
 浅く、浅く、心も通わぬままに。
 そっと離したその後で。
 私は彼の濡れた頬を拭った。
 呆然とした顔を浮かべたその後で。
 泣きそうな顔。

 何も言わないでと抱きしめた。
 きつくきつく。振り払われないように。
 抵抗は強くて、私の腕はぎしぎしと軋む。
 それでも、その手を離すまいと必死で繋いだ。
 腕の中が、静かになる。
 抵抗と共に、音がやんだ。
 ―――静寂。


 そして、すすり泣きが聞こえた。



 誰かに頼っても良いのだと分かって欲しかっただけ。
 押しつけた優しさが彼の心を傷つけてしまうかもしれない。
 それでも、私は抱きしめたかった。
 彼の感じている喪失感を埋めたいと思った。
 例え―――彼が望まなくても。



 この部屋が彼の牢獄になってしまった。
 屋根裏部屋。彼女の名残など何処にも無いのに。
 ベッドの上で、ただ、窓の外を眺めてた。
 そして、今は私の腕の中。

 目覚めても―――きっと、変わらない。
 明日も、明後日も、彼はこの部屋を訪れて。
 そして、今は無い彼女の面影にすがる。
 『感傷に浸ってる』なんて言葉は相応しくなかった。
 ―――依存している、彼女の全てに―――今もなお、彼女を愛しつづけている。

 何も言ってあげられない、でも、私は彼の傍に居たかった。
 私の知らないところで彼が変わってしまうのが恐かった。
 いつのまにか強くなってしまうのが―――そして、弱くなってしまうのが。

 守ってあげたい。
 救ってあげたい。
 そして、守られたい。
 そして、救われたい。



 愛したい。
 愛されたい。























 僅かに開いた窓から吹き込んでくる優しい春の匂いのする風。鼻腔をくすぐる、少し、むず痒い。
 くしゃみをしたら、笑われるかな?
 そんな事を思ってたら、彼がくしゃみをした。
 鼻を啜り、私を見る。
 少し照れくさそうな表情。

 「・・・花粉症かな?」

 「去年はそんな事、無かったですよね」

 「うん。でも、今年は結構流行ってるみたいだし」

 「花粉、多いんですかね?」

 「さぁ・・・でも、ちょっと辛いかな。ごめん、おキヌちゃん、ティッシュ持ってきてくれない?」

 「分かりました」

 腰掛けたベッドから立ち上がり、部屋を出る。階下に行くと、美神さんが複雑な顔を浮かべて私を見てた。知らん振りをしてティッシュの箱を持って、階段を上る。

 顔を赤くしてたけど・・・知らん振りで。











 「ありがとう」

 「どういたしまして」

 部屋の中に入ると、目も鼻も真っ赤にした横島さんが私を待ってた。
 笑顔を浮かべてる、最近、見なかった顔だった。

 「少しだけ、泣いた」

 「へ?」

 「おキヌちゃんが居ない間に・・・少しだけ」

 「・・・そうですか」

 「でも、さ。泣けないんだ」

 「・・・」

 「俺、あいつの事、忘れたわけじゃないんだけど、さ」

 「はい・・・」

 「泣けないんだ。・・・あいつが・・・俺に残した言葉を思い出さなきゃ」

 「・・・」

 「悲しくないはずなんて無いのにさ」

 「そうですね・・・」

 「・・・俺、薄情かな?」

 「私は・・・そう、思いません」

 「俺は、自分が最低な人間に思えてくるよ」

 「どうしてです?」

 彼は、頭を抱えこんだ。私からは彼の顔は見えない。そこから聞こえる、押し殺したような、笑い声。
 自嘲。嫌な響きだった。

 「俺・・・何で聞いたんだろ・・・こんな事。何で言ったんだろ、こんな事」

 「悲しかったから」

 「・・・」

 「誰かに聞いてもらいたかったから」

 「そうかもしれないね・・・」

 「苦しいなら、言って下さい。私は、傍にいます」

 「・・・一人にしてくれないの?」

 「絶対に、嫌です」

 「ははは・・・」



 絶対に、一人にはしませんよ。

 だって、一人で居れば、あなたは逃げる事も出来てしまう。
 あの人が生きていると思ってしまう。
 幻には、逃げないで。
 あの人が残したものは、そんなに簡単に捨ててしまって良いものじゃない。
 でも、あなたが重荷に思うものでもないはず。

 あなただから―――きっと、彼女は自分の命を与えたんです。

 私が―――そう、きっと、私があの時―――あなたの為に命を捨てようと思ったように。



 「あなたが思う以上に・・・私達はあなたを愛しています」

 「・・・おキヌちゃん?」

 顔を上げた彼。そこに浮かぶのは困惑。





 きっと、言ったら―――あなたは怒るけど・・・

 あの人は幸せだった。あなたと出会えて。

 命なんて、軽いものだと気付く程に。比較する対象が、あなたなら。

 私もそう、幸せ。こんなにも。あなたが居るだけで。


 「・・・だから、泣いて下さい。私は、そんなあなたもきっと、好きだから」

 他の女の人の為に泣かれるのは少し嫌だけど。

 「あなたを知れば知るほど、私はあなたが好きになるから」





 言い訳も、何も要らない。
 悲しいなら、泣いて。
 私は抱きしめてあげる。
 あなたが悲しい時には何時でも。


 例え、私を愛せなくても。
 私はあなたを愛する。

 それは身勝手で一方的な愛かもしれない。
 それでも、好きだから。

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