ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 中編の3


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 3/29)

「……こいつはまた、面白いモを作りおったな……!」
 老人は夜の道を疾駆するおかしなカラクリに乗った男と少女、その伴走をする黒衣の娘という奇妙奇天烈な一行を屋根の上から見送りながら、手じかなものにさっき見たばかりのカラクリを模写する。手を台にして慌てながら、さらにちらっと見ただけのものを書くのである。それは老人本来の筆致には相応しからぬ出来栄えだった。
「レオナルド殿」
 隣りに立っていた男が何の感情も篭めず、言った。
 しかし老人は何かを感じたらしく、「ふん」と気に入らなさげに鼻息を鳴らし、歩き始めた。
「……まあ、そう慌てなくともよいて。あやつの行く先は見当がついておる」
「『山の老人』には、アレを貸していたな」
「どうにでもするじゃろうて。わしの設計したアレも、マリアとあやつの前ではおもちゃも同然じゃからな」
「……………………」
「――解っておる。やつらが本腰をあげる前に片をつけねば、な」
 二人の姿も、闇に溶けた。


(自転車まで発明してたなんてね……!)
 美智絵は心底から驚いていた。
 人造人間などと比べたら遥かに次元が下のようにも思えるが、通常の物理制限を乗り越えられる力――魔力を持つ者が、この手の機械に関心を寄せたりすることがそもそも稀れなのである。人知の限界にまで達していたはずの歴史上の天才% % 師や霊能者の中で、発明家と呼べるような人間がほとんどいないことがそれを証明している。
(やはり――ドクター・カオス)
“ヨーロッパの魔王”。
 そう呼ばれるに相応しい知識と知恵を持っていたのだ。
(……なんでこの人が、中世の欧州を支配できなかったのかしら?)
 相当の野心家であったことは有名であったが――。
 あるいは、それが故えに権勢の座より遠ざけられたか。
 美智絵は、必死こいて、しかし楽しそうに自転車を漕ぐ稀代の天才錬金術師の様子を、その背中にしがみつきながら見た。
(……………なんとなく、解るわね。支配者になれなかった理由……)
 マリアは美智絵の表情の変化を観察していたのか、微かに口元を綻ばせた。
 苦笑したようだった。
 しかしそれはそれとして。
「……ねえ、さっきの連中って“アサツシン”――『山の老人』って言ってたわよね!」
 美智絵の問いに対するカオスの答えは簡潔だった。
「そうだ!」
「なんであんな連中に追われてるの!?」
 あいつらは――東方見聞録に描かれし暗殺教団は、ここよりずっと東――中東にて実在していたと言う。彼らは若者を% % と悦楽に溺れさせ、それを餌に% をさせる暗殺者とした。その際に用いた% % はアラビア語で「ハシッーシ」と言い、それが英語の“アサツシン”の語源になった……というのは有名な話だ。
 しかしその彼らは、とっくの昔に壊滅させられているはずだった。
「確か、元の軍隊だかに攻め滅ぼされたんじゃなくて!?」
「さすが未来人だな。よく知っておる!」
 カオスは実に楽しそうだ。
 別に彼に美智絵を揶揄するような意図はない。この時代のヨーロッパではまともに教育を受けている人間自体が少なく、カオスに「質問できる」程度の知識を持つ者すら極少数であった。
 つまり、彼は本当に楽しいのだ。
「――あいつらが、もうひとつの問題だ」
「え? ああ――私がつけられたの!?」
 そうか。
 マリアに接触しようとしたら銃弾をプレゼントされたりして、なんか荒っぽいなあとか思っていたが、あいつらに狙われていたからなのか。
 って。
「――それは答えになってないじゃない?」
 そう。
 それは「ここで追われている理由」にはなっても、「付け狙われている理由」の説明にはなっていない。
 まさかカオスが、彼女の質問を取り違えたとは考えにくい。
「昔、十字軍について行ったことがあってな。あいつらはその時の因縁で追ってきおる」
「十字軍! ――そっか。あなたが若かった時代はアラビアが錬金術の本場だったものね。それで――」
「詳しい話はあとで、と言ったぞ」
 カオスはマリアを見ていた。
 マリアは走りながら背後へと顔を向けている。
「追って・きています」
「……予想済みだ」
「馬車・です」
「ふん」
 まともに競えば、馬車と自転車での競争などは問題にするまでもなく馬車の勝ちだろう。カオスの自転車も後世の競技用のものなどとは違って洗練されたものではない。それにカオス自身がそのような専門家ではないのだ。とても六百近い年だとは思えないが(あたりまえだが)、彼の肉体年齢は若い方ではない。
 しかし、今走っているのはローマの小道であり、馬車が追ってこれるようなケースではない。それにマリアがいる。マリアの力をもってしたら、武装した馬車に暗殺者が何人乗っていようとも問題ではない。
 しかし。
 少し広い道に出た時、それは現れた。
「――何、あれ?」
「ほう?」
 思わず感心したような声をあげたカオスは、「それ」が何なのかを一瞥して理解していた。そして慌ててペダルを漕ぐ足に力を入れる。
「いかんいかん!」
「え? ちょっと?」
 美智絵はちんと説明してほしかった。
「それ」は一見しても「ただの馬車」には見えなかった。「武装した馬車」であることは確かだが、例えば「戦車」なのかと言えば(この時代の戦車は馬車を武装させたもの……チャリオットのこと)、明らかに違う。
 二頭仕立ての馬が引っ張る馬車には違いないが、問題の「武装」は馬の前にある。
 ギュルギュルとすごい勢いで回転している刃物。
 それが壁とか家とか……「いろいろなもの」を切断しながらこっちに走ってきているのだ。
 すげー怖かった。
 とてもじゃないが尋常な代物には思えない。
「『% 荷馬車』だ!」
 カオスは言った。
「馬の走る力によって車輪が回転し、その回転を歯車で中心を前に通るシャフトにて伝え、前方に設置された刃のついた車を回転させておる」
「え、えっと……」
 美智絵は言われた図を脳裏で再現しようとしたが、さすがにこの状態ではちょっとうまくいかなかった。それでもなんとかおぼろげながらにイメージは掴めた。おっとりマイペース娘だが、もともは頭の回転は速いのだった。
 ……まあ、解りやすく説明するのなら、自動車の駆動システムの逆だと思えばいい。回転させられている刃の車がエンジンで、自動車であるのならそれの回転をシャフトで伝えて後部車輪を回す。それの逆で、後部車輪の回転でエンジンのところにある刃を回している。位置関係からすればまさにそのままだ。よく見れば『% 荷車』の方も自動車みたいに前輪がついていたりする。
 だが、それだけのものならばカオスが顔色を変えるとは思えなかった。
 こちらには何しろマリアがいる。
 何百馬力のパワーと、大砲の直撃を受けてなお平然と立てる装甲の持ち主が。
「あの刃、錬金術で精製した魔法金属を使っておる……」
 美智絵は疑問を口にしたわけでもないのに、カオスはそれに答えるかのようにそう呟く。
「あの勢いできたら、マリアの装甲とて危うい!」
「……横道にいきましょう」
「だな」
 その小回りのよさを生かして小道に入り込むカオスたち。
 が、『% 荷馬車』は非常識にもそこに入った。
 壁とかそんなのを切り裂き迫ってくる。
「……無茶苦茶!」
「仕方ない――マリア、研究所まであとどれほどだ?」
「直線距離で・六百フィート(二百メートル)」
「魔力は?」
「あと、一回」
「では、やれ」
 マリアは笑った。
 なんかカッコイイ、と美智絵は思った。
 次のセリフも予想がついた。
 それでも、なお。

「イエス・ドクター・カオス!」

 飛んだ。

 それが魔力による跳躍ではないということは解った。地を蹴った勢いで黒衣の人造人間が夜空に舞う。
 ほど近い家の屋根の上に着地した時に、そこがひび割れたと思しき音が聞こえた。
 無理もない。聞いた話では、マリアの自重は二百キロにも達するという。
 彼女は右手を天に掲げ、言霊を紡いだ。

「〈アブラ・カダブラ〉!」

 一転にわかに掻き曇り――そのような言葉で表現するしかあるまい。
 月の美しいローマの夜空に、なんの脈絡もなく黒雲が墨を水に溶かすかのように沸き立つ。

「あれは――」
「気をつけろ!」
 美智絵は背後に迫る刃に気づき、恐怖した。

「――〈雷の礫よ、我が敵を打ち砕け〉!」

 マリアの叫びに呼応して、光の剣が大地に突き刺さった。

「――雷撃の魔法……!」

 ……いつの間にか雲は姿を消している。
 だからというわけでもなく、屋根の上にたつマリアの姿は、晧々たる月の光の中にあって素晴らしく美しかった。


 つづく。

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