ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 中編の2


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 3/26)

(殺された!?)
 
 彼女をして、一瞬そう思った。
 強烈な物理的圧迫力を伴った「殺意」。
 二十世紀の武術、霊術の達人と試合したことは幾度となくあったが、これほどの――「殺された」と錯覚するほどのものはこの方経験したことはない。
 意識はコンマ二秒ほどだがホワイトアウトした。
 その美智絵をマントの下に抱き込みながら、カオスは剣を横殴りに打ち振るう。その軌道の内にいつの間にかいた黒装束の人物は、音も無く後ろに飛びのいた。
 マリアはそいつめがけて右腕の機関銃を発砲する。
 それも回避した。
 信じがたい運動能力だ。
「『山の老人』か! ――二波がくるぞ」
 カオスの叫びが終わる直前に、窓からわらわらと同様の黒装束が入り込む。狭い部屋にたちまちのうちに六人の刺客が立っていた。しかもその全員が手にシャムシール(大刀)なんぞ持っている。夜戦を想定して表面に炭を塗りつけてたりして。
「……『山の老人』って、アサツシンのこと?」
 美智絵は意識を取り戻し、そう言って――カオスの腕の中にいることに気づいて、慌てて離れようとする。しかしその腕の力は思いもかけず強かった。抗議の声をあげようとした美智絵だが、それよりも先にカオスは行動に移っていた。
 滑るような動きで本棚の側まで美智絵を伴って引き寄せる。
「――詳しい話は後で言う」
 カオスは鋭く、しかし奇妙に高揚した口ぶりでそう言い放つと、美智絵を抱いていた左手を横に伸ばして本棚に収まっている書の一冊に指をかけた。
「さらばだ」
 そして。

 床が抜けた。

 六人の暗殺者は悲鳴を上げる暇すらなく、膨大な蔵書と床材と共に奈落に落ちていった。元々からないのか消したのか、この下には部屋はなく、黒々とした底知れぬ深淵がそこにあった。

「……仕掛けがしてあったのね」
 美智絵は半ば呆然とした口調でつぶやく。
 部屋の中は、カオスの側の本棚とその前の床だけが見事に半円を描くようにして残されていた。
「備えあれば、だな」
「イエス・ドクター・カオス!」
(浮いてるし……)
 二人以外は床の上には立っていない。
 マリアは空中に立っていた。
「――しかし、貴重な秘儀書とかも諸共に落とすなんて、思い切りがいいわね」
 冷静さを取り戻し、美智絵は闇を覗き込む。
 轟々と耳鳴りがした。
 この底は想像以上に――深い。
「ここにある物はまだ金を出せば手に入る部類だ。――それに、内容ならマリアとわしの頭の中に入っておるわい」
「へー」
 言いながら、美智絵は感嘆していた。
 先ほどに唐突に生じた修羅場への対処と言い、咄嗟の行動力といい、巧妙な体術といい、資料に残っている以上。まさに“聞きしに勝る”だ。
(なんか凄すぎ……!)
 ちょっと胸がドキドキしてきた。
(あ……わたしはそんなに軽薄じゃないのに……)
 とは言え、彼女だってまだ十九の少女なのである。
 伝説にまで数え上げられる人物の活躍を目の前で見せられたら、そりゃ胸がときめいて当然だった。ついさっきまで触れられていた肩が熱い。
 カオスは様子がおかしくなった美智絵へ目を向けると、なんだか照れたみたいに顔を背けた。
「……と、とにかく、マリアもいつまでもそのままではおられん。研究室にいくか」
 質問もそこで聞こう――そう言いながら、さっきとは別の本の背を指で引っ掛けた。

 床が抜けた。

 カオスと美智絵の立っていた床と蔵書が、さきほどと同じように闇に落ちていく。

「……間違えた」
「……………………」
「すまん……」
「………………いえ」
「……それはともかく、マリア、よくやった」
「ありがとうございます・ドクター・カオス」
 二人を両手に抱えながらも宙に浮いているマリアは、にっこりと主人に微笑みかけた。
 それを見ていた美智絵は、苦笑しながら溜め息を吐く。
「ふむ」
 カオスはそんなぼやくように呟いてからもう一度別の本を動かすと、本棚が動き出し、それにあわせてマリアは壁の向こうに移動した。
 本棚は半回転して、壁が代わりに現れた。


「……ふむ。『山の老人』ともあろう連中が、手際の悪いことだの」
「…………相手はカオス」
 カオスの部屋を眺める高さの屋根の上に、二人は立っていた。
 一人は老人。
 もう一人は若い――が、それでも三十の坂には達していようか。鋭い眼差しをしていた。薄汚れた軍服を着ているが、その男の容姿を損なうには至っていない。
 老人は顎鬚を撫でると、男に目をやった。
「それでも――おぬしが手出しせねば、あるいは」
「同じことだ。カオスとマリアならば、『山の老人』ごときものの数ではない」
「では、何故やった?」
「見極めるため」
「どうだった?」
「………………」
「まあ、よいさ。まだ夜は始まったばかりじゃて。――お?」


 屋敷の壁がバタンと外に倒れた。およそニメートル四方の、煉瓦の壁。
 そこから黒い塊が飛び出る。
「いくぞ!」
「イエス! ドクター・カオス!」
「って、ちょっとこれってば自転車!?」
 美智絵は荷台に乗せられてカオスの背中に抱きつきながら、思わず叫んでいた。
 カオスがペダルを漕ぐそれは、明らかにこの時代にはないはずのものなのだ。
 マリアはその隣りを併走しながら、美智絵に微笑みかけた。
「驚いて・その腕を・離さないで」
「――え? ちょっと」
「壁を・突破します」
「よし! やれマリア!」
 カオスの声に応じるかのように、マリアは左肘を折り曲げて、そこからバズーカ砲を撃ちだした。


 ……夜の逃走劇が始まる。


 つづく。

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