ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 中編の1


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 3/23)

 十六世紀イタリア――。
 時まさにルネッサンス(復古主義)の時代。
 しかし、実を言うとこの頃は「イタリア」はまだなかった。大小幾つもの……まあ、とにかく色々と細かい国に分裂してしまい、一種の戦国時代と呼ぶべき様相を呈していたのである。その中では法王領もかつてのように安定した国土たり得ず、法王は神の代行人としてだけではなく、政治家としてもその辣腕を振るうことになってたりする。
 ……が、ドクター・カオスと呼ばれる男が法王領の一隅で日ごろ怪しげな人生を送れてりするのは、そういう政治事情とかかわりはあることはあるのだが、この物語の本編とは実はあんまり関わりがない。
 まあ、そういうわけで省かせてもらって本編、どうぞ。

「ごーすとすいーぱー……?」
 ふむ、と呟き、カオスは本に栞を挟んで右脇に積まれた本の上に載せた。そして徐ろに立ち上がると、主人である自分を庇うように立ち塞がっていたマリアの背中に手を当てた。
「追跡の魔術……というわけでもなさそうだな」
「それだけで解るの? ――これ、よ」
 美智絵は手に持つトランシーバー……のようなものを差し出した。
 中央にレーダーのような、つーかそのまんまな画面があり、その中央に光点が一つある。
「魔力の個体認識レーダーよ」
「ほう」
 カオスは口元を綻ばせた。新しいオモチャを見つけた子供みたいだと、美智絵は思った。
「二十世紀の最新オカルト科学の産物――といきたいけど、基本設計は十九世紀」
「……いずれ“未来科学の産物”か」
 美智絵は苦笑した。
「設計者の名前はドクター・カオス――あなたよ」
「なるほど」
 納得した、という風にカオスは頷いた。「しかし見たところ、これは一度は相手をマーキングせねば使えないのではないか? ……いや、マリアか」
(さすがに最高の錬金術師だけはあるわね……)
 ちょっと見ただけでその機能をも見抜く眼力は、天才という言葉ですら生やさしいように思える。
 ドクター・カオス。
 その名前は、錬金術史上において特別な意味を持つ。遠く古代の秘法を復活させ、不死の業をも自らに用いた男。人の身にして魂を創り出した魔人。その魔力と叡智は“ヨーロッパの魔王”と自ら称し、憚らなかったと言う――。
(……千年も生きたら、すっかりボケがきたって話だけど……)
 現在――というのも妙だが、十六世紀初頭のこの時代は、約六百歳。最盛期を過ぎたりとは言え、十分以上にその実力を保っていたはずだ。
 現にあの人造人間。
「……実験中のミスティック・リアクターを付加させていたのが裏目にでたか……」
 いかに人工魂を持つ人造人間であるとは言え、その身で魔力を振るうということはまずあり得ないはずだった。少なくともマリアという名の人造人間は、記録にある限りで魔力を持っていたと言う話はない。それなのに、彼女は美智絵の目の前で空中浮遊をやってのけさえしたのだ。それで考えられることは二つ。記録が間違っていたか――
「まさか、アンドロイドに魔力を与えるなんてね」
「実験中だ。完成したならば、水のみ百姓でも神を名乗れるようになる」
「――悪魔じゃなくて?」
「似たようなものだ……さて、マリアを追ってこれたという理由は解った。どうやってマリアに追いついたのかはまだ解らんが、些細なことだろう。問題になるのはあと一つ――二つか。いや、一つだけで十分だな。責任をとれとは言えん」
「…………どういう意味?」
 怪訝そうに問う美智絵に、しかしカオスは答えなかった。その代わり、本棚におきかけてあった細身の長剣へと手を伸ばす。緊張が走ったー―のは美智絵だけで、カオスはそれをそのままマントの下に隠す。
 そして。
「二十世紀から来たと言ったな。何が目的だ?」
「……疑問に思わないのね」
「タイムトラベラーなのだろ?」
「やっぱり」
 美智絵は何処からともなく、一冊の本を取り出した。何処から取り出したのかはよく解らなかったが、一瞥してそれは何百年も閲した古書であると看て取れた。表紙には英語でタイトルが書いてある……。
「『時の門』……?」
 受け取ったカオスは、立ったままそれを広げ、目次から最後までぱらぱらと確認する。
「どう?」
「……悪い奴じゃな。この本はミスカトニック大学とかいうところの蔵書じゃないか。――聞かん名前の大学だが」
「まだないもの。……コロンブスが何十年か前に発見したところに何百年か後にできる大学よ。私はそこの受講生なの」
「コロンブス? ああ、あのゴロツキか。そうか、やはり至ったのはインドではかったか」
 1492年、アメリカをコロンブスが発見した……ということに教科書にはなっているが、当人はインドに至ったのだと主張していたという。当時から「違うのではないか」とは言われていたが、彼はその主張を生涯かえなかった……。
「ちょっと調べものがあって、図書館をうろうろしていたんだけど、偶然に見つけたの」
「……………………………」
「内容は未だにその全容を解明されていない超能力“時間移動”についての考察と、仮説……二十世紀でも、ここまでのものはないわ。タイムマシンを制作できる可能性にまで言及されている。なんでこの本が今まで知られてなかったのかしら? ――あの、ドクター・カオスの著書なのに」
「…………何が聞きたい?」
 搾り出すように問うたカオスに、美智絵は刺すような眼差しを向けた。
「私が聞きたいのは二つ、この本に書かれている時間移動能力者“ミカミ”についてと、そして『時の秘密』を――」
 中途で言葉をとめたのは、マリアが右手を上げて彼女に銃口を向けたからだった。
 カオスが本を閉じ、マントの下で剣の鯉口を切ったのも解った。
「何を――」
「伏せろ!」
 氷のような殺意の刃が、美智絵の背中に突き刺さった。


 つづく。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa