ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 前編


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 3/22)

 彼女がその店を出た時、世界はすでに夜の領域に入り込んでいた。
 夜――即ち「闇」。
 この街がいかにローマ法王のお膝元であろうと、その威光を以ってしても、全ての夜をなくすことはできない。
 昼間は賑やかに人の流れがあったその大通りも、今は人影ひとつ見えなかった。
 いや。
「……………………」
 黒いフードの下に隠れた彼女の眼差しは、濃厚な闇をわけなく見通して「それ」の接近を察知した。
 およそ直線距離にして三百フィート(約九十メートル)。
 遠い――と判断すべきなのか。
 もしも予測していた相手ならば、その距離はあまりにも近すぎる。伏兵のいる可能性は100%。恐らくは十人以上で。周囲にどれだけのものがあっても障害とはみなさないだろう。誰がいても問題としないだろう。彼女が、彼女達が「敵」としたのはそういう存在だ。人にあって人に非ざるモノ。魔族に非ざる魔性のモノ。
 と。
 人体構造学の合理性を極限にまで追求したかのような滑らかな動きで、彼女は――
 ただ、振り返った。
 マントの裾が翻ったのに合わせるかのように、闇の向こうの「それ」は動き、つんのめるように立ち止まった。
(……想定されていた相手・違う)
 彼女はたったそれだけの状況でそう判定した。もしも「それ」が現在敵性体として認識される最右翼にある連中の一員だとしたら、今の反応はあまりにもお粗末にすぎる。そうと油断させる策などとは考えない。彼女には決して油断はない。いや、彼女が油断することなど決してあり得ない。
 何故ならば。
 
 たんっ

 石畳の路を軽く蹴った――ように見えた。
 まさかそれだけで、彼女の体が宙に舞おうとは。

「…………………!」

 闇の向こうから驚愕の気配が伝わった。そのまま立ち尽くしたりせずに一気に距離を詰めようとした程度には腕は立つようだ。彼女は「素人ではない」と認識しながら、しかし跳躍が放物線に移る直前で、唐突に静止した。
 そう。
 一瞬。
 彼女の姿は空中に停止した。
 駆け寄る足音は数秒だけ乱れた。

「レビィテーション(空中浮遊)!?」

 彼女は微かに振り向いた。顔を向ける必要はなかったが、その時は何故かそうした。
 そしてその頃には、彼女は真上に向かって移動――飛行していた。
「ちっ! ――逃がさない!」
「それ」は彼女が元いた位置にまで到着していた。マントで身を包んでいる。しかし見上げたままで何もできないわけではない。そのマントの下で何か印を組み、言霊を紡ぎ魔術を編み始める――

(……目標・霊的エネルギー・増大!)
 彼女は右腕を真下に――「それ」へと向けた。
(右腕・リミッター・カット)
 そして。
 
「………いきなり!?」
 飛び退くと同時に弾痕が石畳に生じる。小さな音が聞こえた。六つ――二十七。
「十六世紀にサイレンサーとはね!」
 言いながら、しかし「それ」は次のアクションに移っていた。さもこれくらいの展開など予想の範疇だ、とでも言いたげに。

 ころんっ

 右手に刀印を結んだ「それ」の前に、黒い拳大のものが落ちた。
「え―――――――?」
 なんかスゲー見覚えがあるというか、類似したものに心当たりがあったのだが、そのことを確かめようなどとは一瞬たりとも思わなかった。つーか、思う前に「それ」はその場から離脱した。脱兎、という言葉をそのまま具現したかのような、見事な逃げ足だった。

 ぼふんっ

「………………………!?」
 広がった煙――煙幕に、「それ」は一瞬だが全身を緊張させ、しかし口元を抑えて立ち尽くした。
 ……やがて煙が晴れたが、その時には夜空には誰の姿もなくなっていた。

「……逃げられた……! ――けど、このままじゃ終わらないから! 私は狙った獲物は逃がしたことはないんだから――」

 空を見上げながらそう言う「それ」は、しかし自身を見つめる眼差しに気づいてなかった――


 ……彼女は古びた館の屋根に音も無く着地した。彼女本来の自重からしたら、それは奇跡にも等しいことであったが、別段特別なことでもなさそうにするすると屋根をすべり、窓から中に入り込む。開けっ放しは無用心といえばそうだが、それが彼女の帰る時間帯だけ開いているようになっているということは、彼女と――あと一人しか知らない。
 入った部屋は、書庫であった。
 少なくとも、この部屋に初めて入った人間ならそうと判断するしかないような部屋だった。ランプの淡い灯りに照らされた壁は全て書物に埋め尽くされ、床も九割を積み重ねられた本と崩れ落ちた本と開かれっぱなしの本によって占められている。足場はその合間に穴のように見える板敷きだけだ。
 もしもこの場に魔術の道を学ぶ者がいたとしたら、ここにある蔵書の全てがとてつもない価値をもつ希少本だと理解できただろう。
『黒鶏』、『赤竜』を始めとして、魔術の秘儀を記したグリモワール(奥義書)や、ヘルメス・トルメギストスの著になると言われる錬金術の解説書の一群、果ては東洋の言葉と思しき文字で記されたスクロール(巻物)等など……。
 この道に生きる者ならば、一度はその目にしたいと思うようなモノばかりだ。
 そして、ここに迷い込んだ者がいたとしたら思うだろう。
 この部屋の主は、恐らくは白髪と髭に顔を埋め込んだような老碩学であろう、と。
「……遅かったな」
 部屋の隅から聞こえた声は、若かった。
 まだ、四十の坂には届いていまい。
 そして、現れたその姿もまさにそうであった。
 貴族然とした黒衣に身を包み、本の隙間に四脚を立てた椅子に座り、読みかけた本を膝の上で広げている。
「なにか、あったのかマリア?」
「イエス・ドクター・カオス」
 彼女――マリアは、フードを頭から落とし、言った。
「正体不明の魔術者に・追跡され――ました」
「ふむ……」
 カオスは、マリアの後ろに視線を向けた。
「どこのどいつだ? わしのマリアに追いつける術者とは――」

「……ばれちゃってたのね……」

「それ」は、開いたままの窓から、すらりと入り込んだ。
「女……?」
「さすがは“ヨーロッパの魔王”と呼ばれた男と、その最高傑作――大したものね」
「それ」は――少女は、マントを脱ぎ捨て、稀代の魔人と対峙した。

「私は美神美智絵――GS美神。二十世紀の霊能者よ」

 
 つづく。

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