卒業(4)
投稿者名:居辺
投稿日時:(03/ 3/19)
7.
ぴんぽ〜ん。
学校から帰って一息ついたら、玄関チャイムが鳴った。
ドアの前に立っていたのはおキヌだ。
手にはカバンとスーパーのポリ袋を下げている。
「上がってもいいですか?」
ニッコリとおキヌは言った。
「あれ? 部屋、片づいてますね。
……まさか! 引っ越すんですか!?」
カバンとスーパーの袋が床に落ちた。
焦りの表情を浮かべて、おキヌがヨコシマに詰め寄る。
「ん? あぁ、おふくろだよ。昨日突然帰ってきたんだ」
「違います! 引っ越すんですか!? ニューヨークへ行っちゃうんですか!?」
見当違いの横島に、おキヌが苛立ったように叫んだ。
「いや、今ンところ予定は無いけど……」
「……良かった!」
おキヌは胸を押さえて、安心したように言った。
「おキヌちゃん。引っ越す時はちゃんと事務所に挨拶に行くって。
変な心配しなくても大丈夫だよ」
「変? 私変ですか?」
様子を気づかう横島に、おキヌは不思議な質問を返した。
「そんなこと、ないよ」
横島は答えたが、話の方向が見えない。
告白されるかも?
そんなことは一切、横島の頭には浮かばなかった。
「変なのは美神さんです!
ずっと一緒にやって来たのに、こんな簡単に横島さんを辞めさせてしまって!
どうして、ずっと一緒じゃいけないんですか!?」
「おキヌちゃん?」
「分かってます。美神さんもすごく考えて決めたんだって……!」
あっという間に、おキヌの目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「でも! でも……!」
おキヌが横島の胸に飛び込んでくる。
大声で泣く、彼女の小さな肩をそっと抱いてやる。
近所に聞こえてるだろうな。
そんな、ムードもヘッタクレも無いことを考えながら、横島はおキヌが泣き止むのを待った。
折畳みの小さなテーブル。
その上に横島はお茶をコトリと置いた。
おキヌは赤い顔で、ぐずつく鼻をハンカチで押さえている。
横島はおキヌと向かい合わせにあぐらをかく。
「こうしてると、なんだか夫婦みたいだよな」
「よ、よごじばさん!?」
横島は愛用のボックスティッシュを、おキヌの方に押しやった。
「オレはさ、ろくでなしの亭主で、おキヌちゃんが内職して稼いだお金を、博打に使っちゃうんだ」
おキヌがティッシュを手に顔をそむけるのを見ながら続ける。
「そんで、おキヌちゃんは毎日泣きながらも、亭主のために内職するんだ」
「横島さんは、そんなことしないと思います」
おキヌが丸めたティッシュを握り込むのを見て、横島はゴミ入れを差し出した。
一瞬躊躇したおキヌがティッシュを放り込む。
ゴミ入れを元の位置に戻すと横島は言った。
「うん、俺も多分、そんなことしないと思う」
おキヌが澄まして言った。
「きっと、浮気ばーっかりして、奥さんを泣かせるんです!」
「あ!? ひっでーー!!」
笑い声をあげるおキヌに、ようやく横島は安堵した。
8.
「すると、忠夫のため、そうおっしゃるんですのね」
「そうです。事務所に残っても忠夫さんの将来に益は無い。そう判断しました。
いきなり宣告したのも、時間をかけて迷わせるよりはと判断した結果です」
美神がそこで言葉を切って、コーヒーカップを口元に運んだ。
百合子は美神の様子を黙って見守っていた。
以前会った時の余裕が感じられない。
その証拠に、美神は百合子に対し、一度も目を合わせようとはしなかった。
百合子と美神は、事務所の応接室に、向かい合って座っていた。
ドアの外に何やら気配がする。
美神にならってコーヒーを飲みながら、ドアの外の人物について思いを巡らせる。
前に来た時に会った、おキヌという娘は学校だと言うことなので、別の人物と考えなければならない。
美神の母、美智恵だろうか?
いや、美智恵なら堂々と姿を現すだろう。
すると、話に聞いたシロとタマモという、女の子達に違いない。
美神も気が付いているようで、片方の眉が微かにピクリと動いている。
「あの子、随分ショックだったみたい。よっぽど居心地良かったのね、ここ」
思わず上げた美神の瞳が、ようやく百合子を捉えた。
百合子の表情には責めるものが見えなかった。
母親。そんな単語を美神は思い浮かべた。
ママとはタイプが違うが、この人も母親なんだ。
「正直、忠夫さんを失うのは大きな損失です。
忠夫さんの力は、大きかったので。
それでも、私たちは彼の足手まといになるのは望んでいません」
「それじゃ、忠夫を返してくれる、そう思っていいのね?」
美神の目が丸くなるのを見て、百合子が微笑んだ。
「冗談よ。あの子も何とか卒業だけは出来たみたいだし。
ここから先はあの子の人生。
もう私が干渉していい時は過ぎてしまったわ」
百合子の寂しそうな微笑みに、美神は痛みに似た感情が、沸き上がってくるのを感じていた。
扉の外が騒がしい。
何やら言い合いをしているようだ。
「そろそろ」
百合子がそこでいったん言葉を切った。
美神の意識が自分に集中するのを待って続ける。
「ドアの外のお嬢さんがたにも、入ってもらったらどうかしら。
大勢の方が楽しいわ」
美神の返事を待つことなくドアが開き、瞳を輝かせた二人が入ってきた。
今までの
コメント:
- 計算、間違ってしまいました。二つに分けましたので、コメントはどちらでもお好きに。
前回のコメント返しは(5)で。 (居辺)
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