ザ・グレート・展開予測ショー

ソロモンの指輪(後編)


投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(03/ 3/19)

目の前が暗転する・・・。



ちょうどあの時と同じような衝撃が、体を襲った・・・。



気がつくと、目の前にたくさんの人が集まっていた。そして、夜のはずなのに、昼間のような明るさ・・・。
しかし、それは異質で、不自然な明るさであった。特に、赤いチカチカした色が。

ナナはその赤い発光源の元へ走り寄る。
ちょうど、主人がその「白くて四角い車」に乗せられるところであった。

『ご主人様〜!』
ナナがそう叫ぶと同時に、その車は慌しく発車する。

『待って〜!』
ナナは後を必死になって走るが、その距離はあっというまに追いつけないほどに・・・。

でも、足を止めるわけにはいかなかった・・・。

車に乗せられる主人・・・。その最後に見た主人から、「生」の気配を本能的に感じることができなかったから・・・。










『ナナ!』

その呼びかけに目を覚ます。目の前にシロの顔があり、自分が彼女の腕の中に包まれていることが分かった。

シロのその顔にも腕にも、すり傷がいくつかあり、ところどころ出血をしていた・・・。

『シロお姉ちゃん・・・?』

救急車に跳ねられる瞬間、シロが飛び込んで救ってくれた・・・。
その事実を、今の自分の状態からナナは察することはできた。



シロは少し顔をしかめながら上体を起こすと、ナナの頭を撫で、そのつぶらな目をみつめる。
『ナナ・・・、もう止めるでござる・・・。』

そして、搾り出すように言葉を発する・・・。
『ナナのご主人は、もう・・・』

一度決意したはずなのに、なぜか躊躇してしまう。
視線も外してしまう・・・。

このままでは、あの映画と同じ・・・。また、悔し涙を流すことになるかもしれない。

シロは首を大きく振って、迷いを振り切る。
そして、ナナの目をみつめ、はっきり告げた・・・。



『ナナのご主人は亡くなったんでござる。だから、ここで待っていてもご主人は迎えに来てくれないんでござるよ』



ナナはその言葉に、呆然とした表情でシロの顔を見つめる。

そして・・・、その視線を力なく落とす・・・。



シロも同じように視線を落とす・・・。
なにか言ってあげなくてはならない。しかし、何も思い浮かばない・・・。
頭の中で繰り返されるのは、自問自答の声・・・「本当にこれでよかったのか?」





『ねえ、シロお姉ちゃん〜?』

ナナがシロの顔をのぞきこむ・・・。
いつも行き交う車にしか視線を送らなかったナナ・・・。
そんなナナが初めて、シロに心を開いた。






『天国ってどこにあるの〜?』



『・・・・・』
鼻の奥にツンとした感覚が生じる・・・。



『天国って遠いところにあるの〜?』



『・・・・・』
そして、その感覚は涙となって頬を伝わり始めた・・・。



『ご主人様は、きっと天国に行けたよね〜?』


ぎゅうっと、ナナを抱きしめる。

そして、大きな声をあげて泣いた・・・。

昨日も、そう・・・。こんな時に何も言ってあげることのできない・・・。

そんな不器用なシロにとって、これが精一杯の行動。

あの映画を見たときと同じように、心が壊れてしまいそうなほどに・・・。



言葉にならない気持ちを、どうしても伝えたくて―――



『シロお姉ちゃん・・・?』
心配そうなナナの声に顔を上げる。

涙でぐしょぐしょになった顔。武士としてみっともない姿であったが、そんなことに構ってはいられなかった。

『申し訳ないでござる!拙者・・・、何を言えばいいのかがまったく・・・』

そう言って、再び大粒の涙をこぼすシロ・・・。その頬をナナは優しく舐める。

『謝ることなんてないよ〜。だって、シロお姉ちゃん、僕のこと助けてくれたよ〜。捕まえられそうになった時や、今だって・・・。それ

に、ご主人様のこともちゃんと教えてくれたし〜。それに・・・』

言葉の途中で、ナナはシロの腕からすり抜けると、シロを背にして座る。

一瞬垣間見ることのできたナナの表情・・・。それは、今にも泣き出しそうな表情であった。



慰めるはずだったのに、いつのまにか慰められていた・・・。
泣きたい気持ちは、シロの何倍も強いはず。
それなのに・・・、こんなに小さい体なのに・・・、どうしてここまで強く優しくなれるのか・・・。



シロは一つうなずくと、ポケットから赤い首輪を取り出す。昨日、川の中から探し出しておいたのだ。
そして、それを背を向けているナナの後ろから、そっと首に付けてあげた。

『あ・・・』
ナナは驚いた表情で振り向く。

シロは無理矢理ではなく、自然に作ることのできた笑顔で、ナナの頭を撫でた。

『この首輪はご主人の形見の品でござる。これを付けてる限り、天国からご主人が見守ってくれるはずでござるよ』

『じゃあ、僕もご主人様も、一人ぼっちじゃないんだね〜』

『そうでござるよ!ナナとご主人はこれからもずっと一緒でござる!』

ナナはそれを聞くと、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。小さなしっぽを一生懸命に振って・・・。





ナナはこれから野良犬として、生活していかなければならない・・・。
この現代で、野良犬が生活をしていくのは、とても過酷なことである・・・。

でも・・・。シロは思った。

ナナは強くて、優しくて、とても主人想いの犬。きっと、天国の主人が、ナナを幸せにしてくれるだろう。



空を見上げると、朝陽だった太陽は高度を上げ、ナナに小さな影を作っていた。
シロはその向こうに、見たことのないナナの主人を感じ取ることができた・・・。










―――――『ソロモンの指輪(後編)』―――――










「健気ですね・・・」
おキヌがぐすっとはなをすする。

「ほんまええ話や・・・」
そう言う横島の目にも、じわりと涙の影がうかがえる。

事務所の居間で、横島、おキヌ、シロ、タマモの四人がTVを囲んで座っていた。
TVの映し出している番組名は「我が家のペット大集合スペシャル!!」というものであった。

その中のコーナーで、「現代の忠犬」と賛辞されている犬が紹介されていた。

なんでも、交通事故で亡くなった主人を、道路脇でずっと待ち続けていたという犬が居るそうで・・・。

その犬の話は瞬く間に広がり、テレビ局が取材を始めたとのこと。
しかしその犬は、快く申し出てきた一人の主婦によって、引き取られたらしい。

取材班が、追跡取材という形で、その主婦の行方を追う。
すると、その主婦はすぐ近くに住んでいることが分かった。

その主婦の家に取材を申し入れると、彼女は快く了承してくれた。

主婦は一度家の中へ戻ると、小さな子犬を抱きかかえて、再び姿を現す。
まだ一歳くらいの赤い首輪をした茶色の犬であった。

主婦の話によると、未だに交通事故の現場まで通ってるそうで。

その様子が再び、VTRとしてブラウン管に流れる。

道路脇で行き交う車を、小さな首を振りながら眺めている姿・・・。



「では、最後に・・・」
レポーターが冗談まじりに、その子犬にマイクを向ける。

わん、わん、わん、と子犬がマイクに噛り付くように三回吠えた。


その様子に、感動していた横島とおキヌからも、くすっと笑い声が漏れる。

その二人とは対照的に、タマモは神妙な面持ちで、隣に座るシロを見た・・・。


「おい、シロ!お前、犬なんだから、さっきあの忠犬が何て言ったのか通訳してくれよ〜!」
横島がおどけた調子でシロに向けて言った。

「・・・・・」

「おい?シロ?」

「せ・・・、拙者は狼でござるっ!!」
シロがいつものようにいじけ始める。



・・・そして、事務所の居間に笑い声が響き渡った。





それは、なんでもない日常の一コマ・・・。



笑いあう三人のよそで・・・。

タマモは組んだ足の上に頬杖をつき、シロを見つめる・・・。

「シロお姉ちゃん・・・、ねえ・・・」



横島にじゃれつくシロ・・・。その頬にうっすら見える涙のあと・・・。



タマモはくすりと笑うと、もう一度あの子犬の言葉を頭の中で反芻する。

そして、ぼそりと口に出してみた・・・。










『シロお姉ちゃん、僕は元気だよ〜!ありがと〜!』



 完

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