ソロモンの指輪(中編)
投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(03/ 3/19)
「あの交通事故の?」
「そうなのよ〜、運転手はそのまま救急車で運ばれたんだけど、病院ですぐ亡くなったんですって」
「まあ、あんな見通しのいいところで、どうして正面衝突なんかしちゃったのかしら?」
「さあ・・・、おそらく脇見運転が原因じゃないかって・・・」
「でも、健気ねえ・・・、ああやって、飼い主のことを待ってるなんてねえ・・・」
「亡くなった運転手には身寄りがないんですって。だから、すぐに保健所に連れて行かれちゃうそうよ」
「どうせ殺されちゃうんなら、飼い主と一緒に事故に巻き込まれてたらよかったのにねえ」
「体が小さいから、助かったんでしょうけど・・・」
「かわいそうに・・・」
―――――「ソロモンの指輪(中編)」―――――
・・・・・二人の主婦の会話。町で昼食の調達をしていたシロであったが、その会話を耳にすると、180度方向転換する。
すぐに保健所に・・・。なにか胸騒ぎを覚えたのだ。
土手の上に駆け上り、橋の上を凝視する。
さっきまで自分とナナの居たところに、ワゴン車が止まっているのが確認できた。
川沿いの土手を走り、アスファルトを足の裏に感じたところで・・・、不安が的中していた・・・。
『やめて〜〜〜』
ナナの声をが聞こえた。
前方を見据えると、作業服姿の大男が「大きな虫取り網」のようなものの中から、ナナを引っ張り出している。
「待つでござる!!!」
シロは疾風のごとく、走り寄る。
シロのそのスピードにいささか面食らった表情をした大男であったが、それがただの女の子だと分かると、その表情にふてぶてしい笑みを浮かべた。
「なんだい、お嬢ちゃん?」
「保健所の方でござるな?お願いでござる!ナナを連れて行かないでいただきたい!」
「ナナ・・・?ああ、このチビのことかあ。でもさあ、分かるだろ?野良犬はほっとくと、噛み付いたりして危ないんだよ」
そう言うと、網の中からナナを引っ張り出し、小脇に抱える。ナナはきゃんきゃん吠えながら、手足をバタバタさせていた。
「ナナは人を噛んだりするような犬ではないでござる!!」
「そんなのデカくなったら、わかんねえだろっ!!ごみを漁ってたっていう苦情も実際もらってんだよ!!」
男はシロにそう怒鳴りつけると、車のドアを開ける。中には小さな檻のようなものが入っていた。
それを見て、シロは慌てて男の腕にしがみつく。
「く、首輪があるでござろう?野良犬じゃなくて、飼い主がちゃんと居るという証拠でござる!」
「首輪がどうしたって?」
男はシロの手を振り解くと、ナナの首から赤い首輪を外し、橋の架かる川へ向けて放り投げた。
「あ!」
シロはそれを受け取ろうと、懸命に手を伸ばす。しかし、首輪はその指にはひっかかからず、小さなしぶきをあげ、川の中へと沈んでいった。
「あのなあ、お嬢ちゃんよぉ、このチビの飼い主ってのはなあ、一ヶ月前の事故・・・って、え?」
男の目の前にバチバチと音を立て、光り輝く「何か」があった・・・。
その「何か」は、少女の手から伸びているのが分かり・・・、そして、少女と目が合う・・・。
全身が小刻みに震え、その毛が逆立つ・・・。
仲間を助けるためなら、死をも厭わない。人狼の再頂点にまで達した集中力・・・。そして、それが生み出した必殺の気迫・・・。
その強大さは、たとえどんなに愚鈍な人間が相手でも、その意識の奥底にまで到達させられるものであった。
「いやあ・・・、あはは・・・。うん、それじゃあ、おじさん、仕事があるから、帰るね!」
半オクターブ上がった声で、そう言うと、男はシロにナナを手渡しこの場を去っていった。
『怖かったよ〜』
シロの胸の中で、ナナは小刻みに震えていた・・・。
『もう大丈夫でござるよ、ナナ』
ナナの頭を優しく撫で、そっと地面に下ろしてあげる。
『ありがとう〜、お姉ちゃん〜』
ナナは地面に立つと、よちよちといつもの場所まで歩き、そしていつものように座り、いつものように車を眺め始める・・・。
シロは、見飽きるほど眺めてきたその姿を再び眺め、何台目かの車が通り過ぎた後、口を開いた。
『もし、ご主人が迎えにきてくれなかったら、一体どうするつもりでござる?』
核心に触れた質問・・・。しかし、ナナはなんでもないようにその問いに答える。
『絶対に来てくれるはずだよ〜。ご主人様はすごく優しくて、すごく寂しがりやなんだ〜』
一台の大きなトラックが、大きな噴煙を撒き散らし、走り去る・・・。
『ここで待たなくっちゃいけないんだ〜。ご主人様は、僕が居なくなると、必死になって探してくれるんだ〜。だから、困らしちゃいけないでしょ〜?』
『でも・・・』
シロは言いかけて、口をつぐむ・・・。
主人は死んでしまった・・・。その話は事実のようである。
でも、その事実を口にすることはできない。もし、その事実を知らせたら、ナナはどうするか・・・。
自分に当てはめて考えれば、尚更告げるわけにはいかない・・・。
横島先生の死を告げられたら、一体自分はどうなるのか―――
『そうだ!』
シロの中で名案が浮かんだ。
『ナナ、ここでずっと待ち続けるのも大変でござるから、拙者の所に来てみてはどうでござるか?』
『お姉ちゃんの所に〜?』
ナナは少し驚いた表情で聞き返す。
『そうでござる!ここにナナのことを迎えに来てもらうように大きな張り紙に書いて、連絡があるまで拙者の所で暮らしてみてはどうでござろう?』
しかし、ナナは首を横に振って言う。
『それはダメだよ〜。僕なんかが居たら、迷惑がかかるよ〜』
『大丈夫でござるよ!ナナみたいな犬なら、どこへ行っても迷惑なんてかからないでござる!だから・・・『じゃあ、なんで〜!!!』
シロの言葉の途中で、ナナが初めて大きな声を出した・・・。
『じゃあ、なんで、僕は捨てられたの〜?僕はまだ目も開かなかったんだよ〜?なんで、僕はお母さんから引き離されたの〜?』
何も答えられなかった・・・。
ただこぶしを握り締めて、立ち尽くす・・・。
そんな自分がひどく情けなくて・・・。ただただ無力なだけで・・・。
そして、夜。
「美神さん!美神さん!美神さん!出た〜!出ました〜!!!」
時刻は日付が変わって、すでに三時間。
夜の静寂に、悪霊の暴れる音が響き渡った。
「美神さん!美神さん!起きてください!起きてくれなきゃ、いや〜〜〜!!!」
その音に負けじと、横島の情けない叫び声も響き渡る・・・。
「むにゃむにゃ・・・、う〜ん・・・、お金はスイスの隠し口座にね・・・」
「寝とらんと、さっさと起きんかいっ!!!」
「むにゃむにゃ・・・、う〜ん・・・、ちゃんと香港経由で送金してね・・・」
「ああ〜!!もう〜、あか〜ん!!!」
そんな二人のやりとりを尻目に、シロは霊波刀を構える。
二日連続の徹夜の仕事で、シロは丸二日寝ていなかった。そして、眠れなかった。
寝不足による気だるい倦怠感はあるものの、ナナのことで頭の中がいっぱいであったのだ。
ナナのために、自分がしてあげられることは一体何であろうか・・・。
ぼんやりと霊波刀を構えているシロに、悪霊がすかさず襲ってきた。
しかし、シロはその攻撃を難なくかわす・・・。横島が騒いでいるほど、強力な悪霊ではないようだ。
いつだったか、「忠犬」と呼ばれた犬の映画を見たことがある。
見終えた後、涙がとめどなく溢れ出した・・・。
人目が気になり、何度もこらえようとした。
でも、心が壊れてしまいそうなほどに―――
すばしっこく攻撃をかわすシロに対して、悪霊は大きな手を広げ、捕まえにかかる。
シロはその手を寸前まで引きつけ、霊波刀を振り下ろし、その手を切断した。
今思えば、あの涙は何だったのだろう・・・?
・・・感動の涙?
いいえ、決して感動の涙なんかではなかった。
感動して流した涙ではなかった・・・。
相当なダメージがあったのか、悪霊は大きな悲鳴のような声をあげ、残ったもう一本の腕を振り回し、シロに襲い掛かる。
あの時の涙は・・・。
シロは霊波刀の出力を最大にし、大きく飛び上がると、左手に右手を添え、上段に振りかざす。
そして、落下速度を自らに加え、悪霊の頭をめがけて、それを振り下ろした。
主人公の犬に主人が亡くなったことを伝えられず、悔しくて流した涙だった・・・。
悪霊は一刀両断にされ、断末魔の声をあげると、一瞬のうちに消滅してしまった。
人は未練を残したまま死んでしまうと、成仏できず、ときにはこのような悪霊として現世に執着してしまう、と誰かが言っていた。
「美神さんのアホ〜!早く!早く!起きてください!!!」
寝袋の中で熟睡する美神の横で、横島が相変わらず情けない声で訴えていた。
その背中に、「せんせえ、拙者、用があるので、お先に失礼するでござる」と言い残し、シロは夜の街を一人駆け抜けて行った。
浅い眠りの中、あの時聞いた音が聞こえてきた。
ナナは飛び起きると、その方角を見つめる。
最初に目に飛び込んできたのは、大きくて、眩しくて、とてもきれいな朝陽であった。
ナナはその眩しさに一瞬目をしかめるが、すぐにその音を発するものに焦点を定める。
音は徐々に大きくなり、それに比例して、朝陽の中からそのものの形がはっきり見えるようになった。
それは救急車。早朝の急病人を運んでいるのか、けたたましいサイレンを鳴らしながら、猛スピードでこの橋に差し掛かっていた。
『ご主人様が、迎えに来てくれたんだ〜〜〜!』
ナナはぴょんぴょんと跳ねながら、救急車の前へ飛び出す・・・。
『ご主人様〜、ずっと待ってたんだよ〜!』
目の前に迫る救急車に、小さなしっぽを懸命に振る。
一ヶ月間ずっと待っていた。雨の日も風の日も・・・。
時には石を投げられたり、捕まえられそうになったりもした。
それでも、信じて待ち続けていたナナ・・・。
だが、救急車はスピードを落とすことなく、この橋を通過していった・・・。
続
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