ザ・グレート・展開予測ショー

ソロモンの指輪(前編)


投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(03/ 3/19)

いつだったか、「忠犬」と呼ばれた犬の映画を見たことがある。

見終えた後、涙がとめどなく溢れ出した・・・。

人目が気になり、何度もこらえようとした。

でも、心が壊れてしまいそうなほどに―――

今思えば、あの涙は何だったのだろう・・・?

・・・感動の涙?

いいえ、決して感動の涙なんかではなかった。

感動して流した涙ではなかった・・・。





―――――『ソロモンの指輪(前編)』―――――





「せんせえ〜!ほら、朝陽がきれいでござるよ〜!」

夜が明けるまでには事務所に戻ろうと、時速150キロ以上で飛ばす美神の車・・・。
それを許さんとばかりに、朝陽が視界を圧倒し、タイムアップを告げた。

「あ〜あ〜、まったくもう・・・。なんだってのよ・・・」
ハンドルを握ったまま、悪態をつく美神。

昨夜の仕事は、オフィスビルで暴れる悪霊を退治することであった。
悪霊の出現時間は曖昧で、夜の8時から深夜4時頃までの間に、1時間ほど大暴れをするとのこと。
そこで、美神、横島、シロの三人で日付が変わる前の8時頃からずっと待機していたのだった。

「あ〜、もう〜、本当にイライラするわねえ!!」
再び美神は悪態をつくと、さらにアクセルを踏み込む。

幸いにも、時間が明け方なために、道路には一台の車も通っていなかった。もちろん、パトカーなど姿形もない。
まあ、通っているからと言って、彼女にはまったく関係のないことであるのだが・・・。

そもそも彼女の不機嫌の理由とは、件の悪霊が結局姿を見せなかったからである。
もちろん、お金は支払われない・・・。
もちろん、明日も夜中ずっと待ち続けねばならない・・・。

そして、暴走を・・・。

「せんせえ!朝陽でござるよ!朝陽!!」

早起きなシロにすれば、それほど朝陽など珍しくもないはずなのだが、しきりに後部座席に横たわる横島に呼びかける。

「むにゃむにゃ・・・、う〜ん・・・、百円めっけ・・・」

そんな彼女の呼びかけもむなしく、横島は夢の中にこだわる。

「こら、横島!私に運転させて、自分は寝てるとは、いいご身分じゃないの!起きなさい!」

「むにゃむにゃ・・・、う〜ん・・・、あと二十円落ちてれば、缶ジュース・・・」

「どうやら、せんせえはお疲れのようでござる・・・」
シロはあきらめて、助手席に座りなおす。

「う〜ん、私が自腹切ってでも、横島クンに運転免許取らせるべきね・・・」
ふう、とため息をついて美神が言う。
「運転免許センター長とか言うのに、2〜3億も贈賄すれば、明日にでもくれるかしら・・・」

「いいではござらんか〜、せんせえは一睡もせずに、ずっと見張ってたのでござるよ?逆に、美神殿はずっと寝てたではござらんか〜?」

「う〜ん・・・、2〜3億はいくらなんでも出しすぎね・・・。やっぱりここは適当に因縁でもつけて・・・」
遠くを見るような目で、ぶつぶつとつぶやく美神・・・。

さっきから誰も自分の言うことを聞いてくれてない、と少々ふてくされるシロ・・・。



それぞれの想いが渦巻く美神の車・・・。

その車が、とある橋の上に差し掛かったとき・・・。

「!?」
シロの感覚に何かが飛び込んできた。

はっと彼女はそのものの正体を見極めんと、窓の外を凝視する。


「犬・・・?」
犬がこの車を見ていた・・・。
こげ茶色をした犬で、鼻の辺りが少し黒い色をしていた。
まだ小さい・・・、おそらく、1歳くらいのように見える。
首輪もしていたようだったが、色までははっきりわからない。


時速150キロ以上の車上からでは、シロの自慢の動体視力をもってしても、それ以上の情報は得られなかった・・・。

シロが感じた感覚。
それはとても悲しいようでいて・・・、とても温かい・・・、不思議な感覚・・・。
それでいて、最近自分も感じたような、身近にある感覚・・・。


子犬の姿は、あっという間に視界から消え、美神の車は荒々しく、その橋の上を通過していった・・・。










その日の太陽がちょうど真上に昇ったころ、事務所にて・・・。

「せんせえ!せんせえ!散歩に行くでござる〜!!」

「むにゃむにゃ・・・、う〜ん・・・、百二十円ゲット・・・」

事務所のソファーに横たわる横島を、シロが揺すり起こそうとしていた。

「せんせえ!退屈でござるよ〜!!」

「むにゃむにゃ・・・、う〜ん・・・、珍しいファンタ、めちゃくちゃ珍しいのを・・・」

「横島のやつ、徹夜してたんでしょ?寝かしてあげてたらいいじゃない・・・」
隣のソファーに座っているタマモが別にどうでもいいけど、と呆れ顔で言う。

「むう・・・、そうでござるな・・・」

シロは起こすのを諦めると、側に脱ぎ捨てられていたGジャンを横島にかけてあげる。

「それより、あんたも徹夜だったんでしょ?よくそんな元気でいられるわね?」
足を組みかえ、大きくのびをする。

「グウタラ狐とは修行のレベルが違うのでござるよ」
自慢げに舌を出し、シロは外へ跳ねるように飛び出して行った。










どこへ行こうか・・・、そう思ったときにはすでに、あの橋の上の光景が脳裏に浮かんでいた。

別に、なにか使命のようなものを感じたわけなのではない。
ただ単純に暇であったから・・・。

その暇な自分の中のもれあまされた選択肢の中で、たまたま24時間以内に最もインパクトを受けた出来事が、強調されたに過ぎなかったのだ。


シロが走ってその橋の上に到着するまでの時間は、およそ一時間半。
比較的幅の広い川に架かる橋で、距離にして300〜400メートル。
都心からはそれなりに離れているため、喧騒とした雰囲気は感じられないが、その川の両脇の防波堤の向こうには、こまごまと家並みが続いていた。

道をしっかり覚えていれば、もう少し早く到着できたであろうか・・・と、そんなことを考えてるうちに、視界にあの子犬が入ってきた。

「入ってきた」というよりは、「まだ居た」が適切か・・・。
初めて見かけたのは、ちょうど朝陽が昇る時。今は、その陽が真上から若干傾いた時。

そして、その子犬は相も変わらず行き交う車を、その小さな首を動かしながら見つめていた・・・。



『こんにちは〜でござる』
シロがにこやかに、その子犬に挨拶をする。

『あ・・・、こんにちは〜』
少し驚いた様子で、子犬が応える。
『お姉ちゃん、僕の言葉が分かるの〜?』

『うん、もちろんでござるよ』
シロはその子犬の側にしゃがみこんだ。
『拙者は、狼なんでござるよ〜』

その言葉に、子犬はシロの足の辺りをその小さな鼻でクンクンとさせる。
『わ〜、本当だ〜!お姉ちゃん、僕達と同じにおいがするね〜』

その言葉に、シロはうんうんと優しくうなずく・・・。
思えば、シロが自分より年下の子供と接するのは、久しぶりなことなのだ。

『拙者の名前はシロ、よろしくでござる!』

『僕はナナ〜、よろしくね〜』

『ナナ?女の子みたいな名前でござるなぁ』

『うん、でも、ご主人様が付けてくれた素敵な名前だよ〜』

『そうでござるか〜』
そう言い、シロもナナの視線の先を追ってみる。
それほど交通量の多い橋ではなく、一分間に2〜3台、目の前を車が通り過ぎる程度であった。
普通自動車よりも、比較的大型のトラックが多く通るこの橋の上。
その一台一台に、ナナは何かを求めるような視線を送り続けている。

『ナナは車が好きなのでござるか?』
シロが切り出してみた。

『別に〜、好きじゃないよ〜』
ナナが当たり前のように答える。たしかに、嗅覚に優れる犬族にとって、車の排出する排気ガスは苦手なはずなのだ。

『じゃあ、どうして、そんなに車を見てるのでござるか?』

『見てるんじゃないよ〜、待ってるんだよ〜』

『ど、どなたをでござるか?』

『ご主人様だよ〜』
ナナは抑揚を変えずに答える。
『僕のご主人様、ここまで一緒に車で来たんだけど、すぐ違う車に乗って、どこかへ行っちゃったんだ〜』

『違う車?』

『うん、白くて四角い車〜』

『・・・どういうことでござるか?』
なぞなぞ・・・、という言葉が連想される。

『僕もよく覚えてないんだけど〜、ご主人様はその白くて四角い車に乗って、どこかに行っちゃったんだ〜』

満足な解答を得られず、シロは黙ってその場に座り込む。まだこんなに小さいのだ。舌足らずな返答もやむを得ないところである。

しばらくナナを観察してみた。
首に付けられている赤い首輪を見ると、たしかに誰かに飼われていた犬のようである。
元々は茶色の毛の犬のようだ。初めて見かけた時こげ茶色に見えたのは、遠くから見たせいもあったが、車の排気ガスでだいぶ汚れているためであった。
汚れ具合から見ると、おそらく一ヶ月くらい、ずっとしてこうしているのだろう。その間の食事は、近くの生ごみを漁っていたのであろうか・・・。

『実はね〜、僕・・・』
不意にナナがシロを見上げた。
『捨て犬だったんだよ〜』

『・・・捨て犬?』

『うん、まだ僕が、目も開かないくらい小さい時にね〜、ダンボール箱に入れられて捨てられてたんだって〜』

近くを車が一台通過する。
ナナは慌ててその車を目で追うが、主人ではなかったのか、残念そうにうつむく。

『でもね〜、そんな僕を拾ってくれたのが、ご主人様なんだよ〜。ご主人様も一人ぼっちなんだ〜。だから、どこへ行くのにも、いつも一緒なんだよ〜』

再び車が一台通りかかり、ナナもまたその車を追う。そして、残念そうに―――。



ナナにとっての主人・・・。

シロにとっての横島・・・。


シロの中で、その関係図がピントが合うように重なっていった・・・。

あの時に感じた、身近な感覚・・・。



『そうだ、ナナ!お腹すいたでござろう?何か買ってくるでござるから、待ってるでござるよ!』

ナナにそう言い残し、シロは町の方へ向かって、川沿いの土手を走り始めた。

ふと顔を上げれば、太陽が眩しい日差しを発している。
その眩しさが、シロは大好きだった。

 

 続

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