ザ・グレート・展開予測ショー

魔人Y−37


投稿者名:NAVA
投稿日時:(03/ 3/14)




その姿は彼女を彷彿とさせた。

その寝顔は彼女そのものだった。

その吐息も。

その仕草も。

その生まれたばかりの白い裸体も。

彼女を形作る物全てが、愛しい彼女のものだった。






その中身以外は。






彼は持てる全ての力を注ぎ込んだ。
彼は持てる全ての知識を活用した。
彼は持てる全ての集中力で挑んだ。

だけれどその結果。

彼女はあの彼女の顔を持った別人だった。
彼女はあの彼女の記憶を知識として持った別人だった。

「初めまして。マスター(創造主)」

彼女は目を覚まして開口一番にそう言った。
一瞬の沈黙後、彼はやり場の無い怒りを手近な壁にぶつける。あっさりと穴が空く。凄まじい音とともに。
もう一度だけ彼女を見る。
彼女は戸惑っていた。恐れていた。自分が創造主に粗相をしたのではないかと。
その様子を見た彼は、何も言わずに自分が空けた穴から部屋を飛び出した。
入れ違いに部屋へ突入する部下達。

絶句。

その中で二人ほど……彼女を見て呼吸すら止まる。
逡巡した後、同時に呼びかける。

「姉さん!!」「ルシオラちゃん!!」

と。

それに対する彼女の言葉。

「誰ですか?貴女達」

生まれたばかりで知識が生かされていなかった。
彼女は自分をルシオラと同一の存在と認識していなかったし、同一の存在では無かった。
何より生まれて5分と経っていない。
彼女は自分の顔さえ見たことが無かった。
こんなにもそっくりな顔で。こんなにもそっくりな声で。こんなにも無垢な表情で。

彼女は残酷な言葉を言い放つ。
一番聞きたくなかった言葉を言い放つ。
それが持つ意味を知らずに言い放つ。

その言葉で全てを察する部下達。

姉と、妹と、抱き合う者。
慌てて主を追う者。
そしてその様を冷静に観察する者。冷笑する者。


こうして彼女――――後にリグレット(後悔)と名付けられる彼女の生の始まりは、誰にも祝福されるものではなかった。








「どういうことですか?
 私はおキヌちゃんから直接意思を聞きたいんです」

令子が電話口で今にもキレそうな気配を醸し出している。

「ええ、ええ。
 言いたいことは分かります。
 このことはおキヌちゃんだって知っています。
 貴方が勝手に決めることでは無いでしょう?」

相手が相手だけに、普段の傲岸不遜な態度に出られていない。
そして急激に覇気が萎み始める。

「……………………………………。
 でも!……いえ、分かりました。
 ええ、ええ。
 ……………………………………分かりました。
 ええ、ありがとうございます。
 それでは失礼します………」

ガチャッ

受話器を置く。


「駄目だったの?」

「駄目………もう娘を巻き込まないでくれって」

「………悪いわね」

娘を戦場に出したがらないおキヌの父。
娘を最前線に………最も死の確率が高い場所に追いやる母美智恵。
アシュタロスの時も。そして今回も。

「良いわよ。
 私は自分の意志で参加してるんだから」

「魔族相手にネクロマンサーの笛は戦力として弱いわ。
 割り切って考えましょう?」


そうでもしなければ辛い。美智恵は小さく呟いた。









唐巣神父の運営する教会………………の焼け残った一室。
本来なら、崩れ落ちるかも知れない焼け跡に留まるのはお勧め出来ることはではない。
しかし、そこが近隣の住民の心の拠り所となっていることを自覚していた唐巣はあえて残った。
大事なのは建物ではなく、そこにある精神・心だと思うが故。
その心を司る導き手が自分である。そう自認している彼にとって、教会を捨てることなど問題外であった。
そんなわけで、比較的軽傷だった場所に居住を構えていた唐巣師弟だが、今、弟子の心が揺らいでいた。

「先生………僕はどうすれば良いんでしょうか?
 僕には横島さんと戦うことなんて出来ない……」

弟子の心の揺らぎが痛いほど分かる唐巣は、言葉を慎重に選ばざるを得ない。

「神は実際に存在する。キリスト教にとっては異端の神であろうとも、実際に君はそれを目にし続けてきた。
 私も見てきた。だが勘違いしてはいけない。神に頼ることと依存することは違う。
 私もよく思うよ。神よ!何故にこのような試練を与えるのだ!とね」

「あれが横島さんに向けた試練だと?そんな言葉でひと括りに出来ることだと?」

「違う。横島君への試練ではない。人界への試練だよ」

「だったら!!横島さんのことは些細なことだと?!」

激昂する弟子に目を細める唐巣。バンパイアハーフである彼が、横島を襲った悲劇を心底嘆いている。
不謹慎ではあるが、良い傾向だと思う。
種族を超えて相手を心配出来る。それは人間との共存に対する1つの心の持ち方だと思う。

「そうは言っていない。
 だが、横島君は神の意思の代行者なのかも知れないな………」

「神の………?」

「今、間違いなく風は魔界から。横島君から吹いている。
 神は、時代は、彼を選んだのだよ」

「僕には分かりません。
 誰が主導権を握ってるかなんて関係ないんです。
 彼が魔族になったって関係ないんです。
 僕にとっては親友と戦わなければならない、そんな状況が受け入れれないだけなんです」

「親友のために戦え………とは言わないよ。
 そんなのは自己欺瞞だ。私は君に自分の考えを押し付ける気はない。
 君に尋ねられれば自分の考えを話しているに過ぎない。
 無責任なようだが、君が自分で考え、自分で決めるんだ」

私の出来ることは考え方の1つを提示するだけ。そう最後に告げられた言葉に、ピートは答えを持たなかった。








「何やってるのさ?」

ユーチャリスの中庭。やり場の無い怒りをぶつける先を探す横島。何かを破壊したい。何かを無茶苦茶にしてやりたい。
そんな衝動を抱えて歩き回る先には『生』があった。
美しい花、木々、魔界にのみ生息する動物。彼にはそれを踏みにじる気にはなれなかった。
失われた命を取り戻すことが、いかに難しいことかを思い知らされた故に。
少なくとも、それらは自分に害を齎そうとしない。

「何やってるのさ?」

彼女は繰り返し問い質す。
彼の様子が尋常では無かった故に。
彼の慟哭に共感を持ってしまった故に。

「………………………あの娘、どんな様子だった?」

「どの娘よ?」

「………ルシオラだよ」

「知らない。私はあんたを探しに来たワルキューレ以外に遭ってない」

「そっか…………」

そこでスッと手ごろな岩に腰を下ろす。
その様子を怪訝そうに見つめる横島。

「話しなさいよ。全部ね。
 私が言えることなんて大してないかも知れないけどさ。
 他人に話すだけで、話を聞いてもらうだけで、気分が晴れるもんよ?」

他人の心遣いが心地良い。横島は久しぶりにそんな気持ちになる。
彼女―――タマモの隣に腰を下ろして、語り始めた。

彼女の心遣いに感謝しつつ。
自分の気持ちを再確認するため。
自分の心を整理するために。

「長くて、辛くて、情けない。
 そんな話でも良いのか?」

「良いわよ。
 あんたが情けないことなんて百も承知。
 言ったでしょ?私はあんたの気持ちが知りたくて来たって。
 わざわざ“仲間”が魔界まで来てやったんだから、ちょっとは感謝しなさいよ?」

『仲間』の部分に妙に照れが入っているが、決して嘘ではないタマモの気持ち。
それを見て思わず和んでしまい、笑いがこぼれる。

「………お前、良い女になるよ」

「何を今更。それより話を逸らさないで始めなさいよ」

横島の言葉をあっさりと受け流しつつ、少し悲しくなる。
『こんなこと真顔で言う奴じゃなかった』
少なくとも彼女は知らない。ルシオラという女性が絡んだ時だけ、彼がそんな様子になることを。

「そうだな。どこから始めたもんか………」

自分達の様子を遠くから窺う気配を感じながらも、彼は語り始める。彼女は真摯に聞き入り始める。



それは長くて辛い蛍の話。
力一杯に輝いて死んだ、蛍の話。



そして彼女は横島の目的を知る。
遠くから見守る小竜姫も、メドーサもそれを知る。
彼女達は、ワルキューレを含む彼女達は、全てを知った“つもり”になっていた。



全ては彼の思惑の内。
自分の悲哀すら利用する、彼の掌の上。








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