ザ・グレート・展開予測ショー

三月十四日


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 3/14)


 ぼーとしていた。何をするわけでもなく、寝転がって、薄汚れた天井を見ていた。
 窓ガラスを叩く、雨の音を聞きながら、じっと見ていた。
 いっそ、鮮やかとさえ言ってもいい、そんな綺麗な空。窓から見える軒下と、窓枠の間の光景―――深すぎる蒼と濁った白のグラデーション。少し、寒々しくて、恐くもある。
 視覚から入る情報と、聴覚から入る情報。
 嗅覚が感じ取る雨の匂い。
 じめっとした、湿り気を帯びた、褪めた空気。
 古いアルバムを開くように、ゆっくりと、目を閉じ、まぶたに浮かぶ景色を思う。
 鮮やかに―――揺れる。


 雨音が―――少しだけ、遠く聴こえた。



 誰のことを思うのか?
 手を伸ばす先にあるものを思う。
 無責任な奴にはなりたくなかった。でも、未来を作ってから言葉を送るなんて安っぽい気もして。
 だから、考えることをやめる。未来はこれから作られるのだと、そんなことを心中で呟いて。
 ロマンチストになった覚えはない。でも、壊れてしまう関係を作る気は毛頭なくて。
 不安で―――悲しませるような事をしたくはなくて。
 幸せにさせることが俺に出来るのか?
 出た筈の結論、でも、また、そんな事を考える。


 目を、開ける。
 何も変わっていない。
 変わるはずもない。
 全てが嘘だったなら、こんなに苦しむ事もなかったのかも。―――考えて、自嘲する。
 全てが嘘だったなら―――きっと、つまらなかったろう。

 迷える幸せと、迷えない幸せ。
 きっと、前者の方が幸せ。きっと、後者の方が不幸せ。
 選択権さえないこと、それは少し辛い。
 考えて、考えた先にあるもの。
 考えなくったって、変わってしまうのだから。きっと、考えることに意味はない。
 でも、考えた末に出した結論なら、きっと、納得して生きていける。
 後悔しても、仕方ないって思える。
 言い訳作りの為に―――考えてるのか?
 ―――違う。
 誰も傷つけることなくいられるはずだよな、そう言い聞かせて信じる。
 そんな風に信じられるものを生み出すために―――考える。

 起き上がる。天井の染みはもう、目に入らなかった。














 「好きだ」と言った。
 薄暗い部屋の中で、六畳一間の狭い部屋で。
 互いの息遣いさえ聞こえる位置で。
 欺く言葉は要らないと、彼女は言った。
 面白くないです、そんな冗談は。彼女は言った。
 すがり付こうとした俺を突き放して、抱きしめた。

 「でも、ずるいです。―――私の気持ちは知ってるはずなのに―――」

 抱きしめ返した手が震えた。
 『卑怯者』と罵る心中。
 唇をかみ締めて―――血が滲むほど強くかみ締めて。
 その手を離した。


 彼女と向き合う。
 潤む瞳―――交わす言葉もなくて―――ただ、もう一度だけ、優しく、抱きしめる。
 包み込むように―――包み込まれるように、切なくて、胸が痛い。
 
 頬に何かが吸い付く感触を感じる。
 呆然としながら、引き寄せる力を緩める。
 それと同時に、離れる体。
 空気がひんやりと頬を撫でる。

 華奢な体が震えてた。
 泣いてたのかも知れない。俺は彼女の顔を見てなかった。
 見れなかった、もし、そうなら、何と言って良いのか、きっと困っただろうから。
 俺は泣いてたんだろうか?
 体をがたがた震わせながら、浅はかな言葉への、自己嫌悪と後悔に。
 
 薄暗い部屋の中で―――まどろみとともに覚える幾ばくかの名残。
 手の平に残る、折れそうなほどに華奢で少しでも力を入れれば壊れてしまいそうなほどに危うい―――背中の感触。
 頬に覚えた、柔らかな感覚。
 触れる。
 うっすらと、生温かな熱を感じる。手に付着する、甘い唾液。

 知らず俯き、頬が赤くなる。

 「俺・・・卑怯だったね」

 声は小さかった。でも、聞こえるはず。すぐ傍に彼女はいるから。

 「・・・もしも・・・抱いてくれてたら・・・責任を取って貰おうと思ってたのに」

 真っ赤な顔をして、彼女は呟く。言葉とは裏腹に、楽しそうな、ほっとしたような、安堵の声。頬がピンク色に染まり、唇をなぞる指が何処か艶めいて、思わず、目を逸らす。

 「流されるまま、汚すような真似はしたくない・・・大切な人なら、尚更ね」

 格好付ける訳じゃなくて、本心から。それでも、照れ臭い。鼻の頭を書いてそっぽ向く。まるで、子供のようだけど。
居心地の悪さを覚える、柔らかな布団の上、胡座をかいたままで少しだけ距離を取る。何故かその挙動が少し、背中をぞくぞくさせる。

 「・・・」

 「・・・」

 言葉がなくなる。でも、不思議なくらいに、この沈黙が優しく感じる。言った後の何とも言えない気持ち悪さがかき消されて、彼女の鼓動と俺の鼓動が交じり合ったかのように―――共鳴しているかのよう。

 「私・・・横島さんの大切な人ですか?」

 幾度か口ごもり、躊躇いがちに言う。気にし過ぎと言ってしまうのはあんまりかもしれない。きっと、俺の回りで禁句になってた言葉なんだと思う。俺がそうさせていた。
 傷つけないように相手の気持ちを推し量る事。時間が流れてもきっと変わらずに彼女の中であった思い。それが嬉しい。だから―――報いたい。

 「うん・・・大切な人だと思う。誰より・・・」

 胸を刺すわずかな痛み。でも、嘘じゃない。絶対に、この気持ちは嘘じゃない。

 「・・・信じて良いですか?」

 心配そうな瞳、そこに浮かぶのは、俺への思慮。
 こんな時まで、俺の心配をするんだね、思わず、笑みが浮かぶのを自覚して、少し切ない。

 「うん」

 「バレンタインデー・・・チョコ、あげましたけど・・・」

 「・・・うん」

 「お返しは、要りません」

 「?」

 「その代わりに・・・」

 「・・・」

 「私を貰ってください」

 「ぐはっ」







 真剣な顔。―――でも、目は子悪魔のように笑っていて―――。















 空を見上げた。
 綺麗な空。
 青空と言う言葉があって、そこから連想する意味でのものとは違う。
 曇っていて、濁っていて、今にも降り出しそうな―――或いは、雨の降り注ぐ最中の空の姿。
 雨粒が視界を遮ろうとするほどに、きっと、その先には美しいものだあるんだろう。その、遮ろうとする軌跡さえも美しく見えるから。
 だから、空を見上げた。
 そんな俺の視界を塞ぐ青色―――。
 俺の顔を打っていた水滴が不満げな音を鳴らしながら、すぐ傍で弾かれ、地面にゆっくりと流れ、落ちていく。



 「風邪引いちゃいますよ、傘も持たずに外に出たら・・・」

 「うん」

 「たまたま私が通りすがったから良いものの・・・」

 「うん」

 「三月十四日です」

 「うん」

 「受け取ってくれますか?」

 「有難く」



 向き合い、互い、俯く。
 雨音は鳴り止むことなく二人を包みこんでいる。
 手が触れ合う。
 傘を持つ手が絡み合って―――。
 少し、熱を帯びる。
 一本しかない傘の中、二人は入るには少しだけ足りない。
 だから、二つの影が一つになるように―――
 そっと、身を寄せた。








































 「幸せにするから―――」

 「はい(ぽっ)」

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