ザ・グレート・展開予測ショー

卒業(3)


投稿者名:居辺
投稿日時:(03/ 3/14)

5.
「で? ピートはどうしたいワケ?」
 ピートの肩に頭を預けたまま、エミが囁いた。
 ピートの身体が反対側に傾いていこうとするのを、腕を取って防いでいる。
「あたしはピートの言うことに反対はしないワケ」
 ピートの腕を胸に抱え込むようにして、反対の腕で少年の細い腰を抱く。
 蛇に巻き付かれたカエルの気分を、ピートは想像していた。

「日本の国籍を取るつもりなんですが……」
 ピートはなるべく、エミの方を見ないようにして言った。
 ベッドとクローゼットと簡素な机だけの小さな部屋。
 それがピートに唐須が与えた部屋だった。
 女性の入室厳禁のはずのこの部屋に、いつしかエミは平気で入り込むようになっていた。
 唐須に発見されればすぐに追い返されるのだが、それでもエミはめげない。
 初めの頃は大騒ぎしていたピートも、今では試練と思って、静かにエミを迎えることにしている。
 そうするとエミは本当に幸せそうに微笑むのだ。

「ですが……?」
 エミが耳元に顔を近づけて囁く。
「先生が一度実家に帰って家族と相談するようにと」
 ピートは自分が汗をかいているのを自覚していた。
 押し付けられたエミの身体が、息が熱い。
「家族ってブラドー伯爵? 話し通じるのかしら?」
 エミの吐息が耳にかかる。
 ピートの全身がピクリと震えた。
「ちょっとエミさん。止めて下さい、話できないじゃないですか」
 慌てたピートの声が大きくなる。
「ん? ごめん、ね」
 エミは額をピートの首筋に擦り寄せた。

「だから、それを、止めて下さいって、前から、言ってるじゃ、ないですか」
 エミから逃れようと、ピートがもがく。
 バランスを崩して倒れたピートの上に、のし掛かったエミがニヤリと笑った。
 ピートの胸に頭を預けると囁く。
「イタリアに帰るワケ?」
「そう、なんです」
 エミの手がピートの身体を這い回る。
 ピートの全身が総毛立った。

「いつ、帰ってくるの?」
「分かり、ません。
 父は、ご存知の、通り、の、人、ですから」
 エミの手を押さえようとしたその手は、逆に捉えられてしまった。
 エミの熱い身体が、ますます押し付けられてくる。
「待つわよ、いつまでも」
 エミの唇が近づいてくる。
「待ちきれなくなったら、こちらから行くワケ」
 ピートの頭の中で、カエルが蛇に飲まれた。

「そ、そんなことより、し、心配なのは、唐須先生なんですよ」
 顔をそむけるピート。首の筋肉がプルプル震えている。
「神父なら、どうだってやっていけるワケ」
 エミの手がピートの頬を撫でていく。

 首筋に熱いものが押し付けられた。
 ぞくっと冷たい物が背中を走る。
 思わず向いた目の前にはエミの顔が。
「ごめんね。あんまり美味しそうだったから……」
 エミの唇がピートのそれに触れようとする。

「バ、バンパイアミストッ!!」

 どさりと、エミはベッドに接吻した。

インターミッション
 卒業式の前の晩に、おふくろがやってきた。
 なんでも海外出張が終わって、日本に戻ることになったそうだ。
 そこで日本での住居を確保するため、おふくろは先に帰ってきた。
 親父はまだナルニアで残務整理だと。
 早速何か感づいたおふくろに、事務所を辞めたことを白状させられた。
 おふくろは、俺の話を聞くと「明日にでも挨拶に行ってくるわ」とだけ言った。

6.
 卒業式当日。
 明日から学校に来なくてもいい。そう思うと嬉しい。
 こないだまでは本気でそう思っていた。

「よこしまサン、エミさんから聞きましたけぇ」
 タイガーがニコニコしながら話しかけてきた。
「仲間内では一番の出世じゃ。うらやましいノー」
 そう言う見方もあるか? 横島は脱力した笑みを浮かべた。
「一番はピートだろ? 卒業後はGメンになるって言ってたんだから」

「じつはノー」
 タイガーはその大きな身を屈めて小声になる。
「Gメンには日本の国籍と、公務員資格が必要だったんじゃと」
「ピートは知らんかったのか?」
 タイガーは重々しくうなずく。
「ピートはともかく、唐須神父が知らん、と言うのはおかしくないか。
 あの人、GS協会の役員やってただろ」
「唐須サンは役員にはなっとったが、実質協会の仕事はしておらんかったんじゃ。
 エミさんが言うとったが、自分とこの、教会の仕事で手一杯だったんじゃと」

「で、ピートはどうすんだって?」
「国籍を取るかどうかで悩んでるみたいじゃ」
 横島がピートの様子をうかがうと、いつものように女子達に囲まれている。
「いつもと変わらんじゃないか」

 式の後、ささやかな謝恩会が開かれた。
 女生徒達が、ピートに群がっている。
 文字通りに、もみくちゃになったピート。
 学生服のボタンが、全てもぎ取られている。
 それをぼんやり見つめている横島に、愛子が近づいてきた。
「元気ないわね。せっかくのお祝いの席なのに。
 何かあったの」
 一瞬、愛子に全てぶちまけそうになったが、何も言えない。

「愛子はどうすんだ、俺たち卒業したら」
 ふと、気になって聞いてみた。
「さっきね、話があるからって校長室まで行ったんだけど、これをくれたわ」
 愛子が黒い筒を出して見せる。
「卒業証書か?」
「そうよ。皆と一緒に渡せなくてすまなかったってね」
「へえ、愛子も卒業すんのか。
 てっきり、もう一度一年からやり直すのかとばっかり……」
「この学校、今度校長先生が代わるのよ。
 今までみたいに居られなくなるからって。それでくれたのよ」
 愛子が黒い筒を大事そうに抱きしめた。

「それじゃ、春からどうすんだよ」
 心配する横島に愛子が微笑みかける。
「校長先生の所で一緒に暮らさないかって、言われちゃった」
 蒼ざめる横島。
「あのハゲ(校長)! ついにエロ親父の正体を現しやがったな!!」
「誰もがあんたと同じだと思ったら大間違いよ!!」
 どこから出したのか、ハリセンで一閃。
「お子さん達がみんな独立して、夫婦二人きりで寂しいからって言ってたの!!」

「それでね」
 愛子が嬉しそうに、笑って言った。
「校長先生が身元保証人になってくれるって言うのよ。
 それで、大学に行って、教師を目指したらって、言ってくれて。
 私、ここに居られるだけで、良いって思ってたから、嬉しくて」
 いつの間にか、泣き出している愛子。
「ハゲ(校長)も粋なことやるもんだ。良かったな、愛子」
 肩をポンと叩く横島。

「あ〜っ! 横島が愛子泣かしたー!!」
 誰かが大声をあげた。
 ぞろぞろと、女生徒が集まってくる。
「いや、俺は別に、泣かそうとしたわけじゃ…」
 目の前で泣き出したことは事実なので、横島は袋叩きを覚悟した。
 すると、愛子が横島の胸にそっと寄り添う。
 状況が飲み込めない横島と、毒気を抜かれる女生徒達。
 その後ろで、タイガーが指をくわえながら、黒い妖気を発していた。
「……愛子?」
 横島が恐る恐る声をかける。
 愛子は顔を上げると、にっこりと微笑んで振り返った。そして、宣言する。
「青春ってサイコーよねっ!!」

 横島は、女生徒達とハイタッチを繰り返す愛子を、眩しそうに見つめていた。
「いい娘ね」
 いつの間にかそばに居た、横島の母、百合子がささやいた。
「そうか? 妖怪だぜ?」
「関係ない。そうでしょ?」
 百合子は笑っている。
「そうだな」
 横島はうなずいた。
 スーツを着込んだ愛子が、木製の机に腰掛けて、教壇の上にいる。
 そんな場面を想像してみた。確かに似合っている。

 ピシッと鋭い音がした。
 横島が音のした方を見ると、タイガーが窓に額を押し付けていた。
 異様な雰囲気に、教室中が静まり返る。
 タイガーは泣き叫びながら、教室を飛び出していった。
 窓から外を見ると校門のところに、一文字魔理と弓かおり、伊達雪之丞が立っている。
 だが、おキヌの姿はなかった。
 タイガーが三人に向かって、土煙をあげながら駆けてゆく。
 肩を叩きあう、雪之丞とタイガー。
 魔理とかおりが笑いながら、それを見ている。

 四人が校舎を見上げている。横島を探しているようだ。
 タイガーがこっちを指さす。
 横島はしかめっ面で、シッシッと手を振った。

インターミッション
 いつの間にか、学生服の、第2ボタンが無くなっていた。
 おそらく、愛子だろう。あいつしかチャンス無かったもんな。
 尋ねてきた小鳩ちゃんががっかりしてたが、どうしようもない。
 さて、特に思い入れも無いが、この服ともお別れだ。
 明日クリーニングにでも出してやろう。

 ……タイガーのこと聞くの忘れてたな。

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