ザ・グレート・展開予測ショー


投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 3/10)


 横島と西条がとある理由により、老若問わぬ麗しき女性達から毛虫のごとくに迫害されてから一ヶ月。
 今日は、世間一般ではホワイトデーと呼ばれている日にあたり、横島と西条にとっては迫害から解放された日にあたる。
 朝一番で魔鈴から薬をもらい、横島はかっこ悪い宇宙服から一月ぶりに解放されて、身も心も軽やかな気分で事務所に向かっていた。
「ちーす」
 普段どおりにオーナーのいる事務室のドアを開ける。
「よ、横島さん」
 いつもなら美神とおキヌが挨拶を返すのだが、今日に限ってのそれは、横島の名を呼ぶおキヌのか細い声だけだった。
「ん? ――なんじゃあ、こりゃああああああああああっ!!」
 横島が目にしたのは、へたり込んで事務室の隅でがたがた震えているおキヌと、その中央に倒れている人間だった。
 もちろん倒れている人間の周りは、凄惨という名の前衛アートが血で描かれている。
 あまりの異常事態に、処理速度が極端に遅い彼の脳みそは、フリーズ寸前になる。
「横島さん! うう、怖かったよぅ……」
 ようやく立ち上がったおキヌが、横島にしがみつく。彼女の震えが彼の理性を押し止め、若干冷静さを取り戻す。
「おキヌちゃん、これは一体どういう……って、あれはもしかして西条か?」
 よく見れば、横たわり血だるまになっているのは西条だった。時々体が痙攣するので、死んではいないようだ。
 事態は混乱の様相を呈してきており、一刻も早いおキヌからの事情説明を要した。
 横島に促され、おキヌはゆっくりと語り始める。ときに涙を流し、ときにはしゃくりあげながらそれでも途切れる事無く、この凄惨な事

件の発端を。

「つまり、先月俺が被害を受けたお詫びに、魔鈴さんからホワイトデーに合わせてクッキーが届いたんだが、その中に食べた人に対しての

素直な気持ちをしゃべってしまう薬の原液が入っていたと?」
「そうなんです。魔鈴さんが、横島さんはお金が無くて、私達にホワイトデーのお返しできないでしょうから、私が代わりにお詫びも込め

てって」
「悪うござんしたね……、で迂闊にも美神さんがそれを食べてしまい、西条がその犠牲者にねぇ……いい気味だな」 
 横島がちらりと西条を見る。とりあえず文珠で回復をさせたが、あまりにも恐ろしい折檻だったのか、事務室の隅で膝を抱えて髪を掻き

毟っていた。
「で、薬の混入に気付いて駆けつけた魔鈴さんと入れ違いで、当の美神さんはレストランの方に彼女を殺しに向かったと」
「はい」
「……良かったね、魔鈴さんの命が助かって。彼女が気を利かしてくれたおかげで、俺もとりあえず助かった……」
「……はい……しばらくは異界の自宅に篭るように、勧めておきました……」
「……そう。それで、薬の効果はどのくらい?」
「……約一ヶ月だそうです」
「……そう。ところで西条は、美神さんになんて言ったら、ああなったの?」
「……やあ、令子ちゃん。今日もお肌が荒れてるね。まるで君の荒れ果てた心を映し出す鏡のようだ。君の今の顔は月面よりは美しく、今

日から月を見るたびに、君の顔が思い出されるだろう……続けます?」
「……もういいや。会う男会う男、皆今みたいな感じで美神さんに話しかける訳ね」
「……はい。しかも全く悪意が無く、ごく自然にだそうです」
「……そう」
「……はい」
「……やっぱり、止めにいかないとまずいかな」
「……はい。形だけでも」
「……俺もやっぱり、死ぬのかな」
「……はい」
 横島とおキヌが肩を並べて、暗い会話を続ける。
 出来れば知らなかったことにしたかったが、美神なら一月もあれば、日本の男性の半分くらいは粛清しかねないだろう。
 ここで悩んでいても仕方がないので、荒れた事務室の片づけをおキヌに頼み、横島は美神をなだめるという偉業を達成すべく、事務所を

後にした。
 魔鈴のレストランに向かう間に、横島は残虐な殺戮現場を何度も目撃する。
 しかも全員顔見知りである。
 一人は、女性に対して意外に手の早いバトルマニア。魔装術という一級の装甲を持つにもかかわらず、半殺しにされていた。しかも、横

島が見たところ素手での犯行だ。その上に、横たわり痙攣する彼の体の周りをなぞる様に、チョークで線が引いてある。まるで事件現場の

ような有様。
 一人は、かつてセクハラの虎と呼ばれた大男。全身の虎縞に交差するように網目模様をマジックペンで加えられた挙句に、『ワシは張子

の虎です』という、屈辱以外の何ものでもないメッセージをその胸にでかでかと書かれていた。
 一人は、太古より続く強力な血を引く、バンパイアハーフの半人前。近くの電柱にロープで逆十字に磔にされており、どこから手に入れ

たのか、深紅の薔薇がその額に冠として被せられていた。胸には『ボクは薔薇の吸血鬼一族です』という、意味深なメッセージ。
 そして最後は、その薔薇の吸血鬼と美神の師匠にあたる中年GS。路地裏のゴミ捨て場でがたがたと膝を抱えて、ぶつぶつぶつぶつ何か

を呟いていた。何故か、彼だけは外傷が無かったのをいぶかしみ、横島が中年GSを詰問する。
「み、美神君が泣いていたよ……泣いていたんだよ……美神君が泣いていたんだ……」
 どうやら、美神が泣いていたのが余程ショックだったらしい。同じ言葉を何度も繰り返す。
 横島の脳は、今まで手に入れた死体からの(死体?)情報を咀嚼し始め、しばらくすると結論が出た。
『今の美神さんの精神状態は、異常である可能性が、かなーり高い!』だ。
 慰めなどが通じ無いであろう事は、これまでの状況証拠だけで十二分に理解できた。しかも、最後の方では泣いていたらしい。
 今彼女と接触することは、自分の命を粗末にする行為でしかないことは横島には痛いほど分ったが、それでもやらなければいけない。
 もう、自分しかいないのだ。そう決意した彼の顔は、男のそれであった。

 悪意ある罵倒や暴言には、人は徹底的に戦うことも出来るし、それほど精神的に追い詰められることは無い。
 しかし、全く悪意や害意が無く、心から正直に話した結果として、相手を罵倒してしまった言葉には、とてつもない破壊力がある。
 それを言われた大概の人間は、その悪意無き本心むき出しの言葉に、人間不信に陥る。
 そして、ここにもその言葉の連続攻撃に、さしもの頑丈で不敵な精神を崩壊寸前にまで追い込まれている女が一人。
 公園の砂場で一人、ボロボロ涙を流しながら砂の城を築き上げている。
 今はもうすでに、彼女の戦う牙は折れ、再び立ち上がるのも難しそうだ。
 その美神令子に、背後から声がかかる。
「探しましたよ、美神さん。こんなとこで、なーにやってんすか? ――さあ、おキヌちゃんが心配してますから、帰りましょう」
 おどけたように言う横島に、美神はビクッと体を反応させて後じさりし、砂の城がその勢いで崩れてしまう。
「あ゛う゛……横島クン……」
 ボロボロ涙を流している美神を見て、一体どのような言葉を浴びせたら、この人をここまで追い詰めることが出来たのだろうと横島は思

う。
「さあ、帰りましょうよ」
「うう、い゛や゛……」
 横島が一歩近づくと、美神が一歩後じさる。どうにも野生動物の餌付けを連想させ、横島が苦笑する。
 その横島に、疑心暗鬼の美神が過敏に反応する。
「――横島クンも、私が腹黒い、金欲夜叉だって言うんだわ!」 
 一体誰が、そんな気の利いたことを言ったのだろうと、先程までの犠牲者の顔を胸に浮かべつつも、根気よくなだめる。怒り狂った美神

よりも、横島にとっては今の美神の方が、はるかに扱いづらかった。
「んな事言いませんて! 俺の時と同じように、匂いが作用の原因だそうですから、文珠で≪消≫≪臭≫を使えば大丈夫っすよ」
 言うと、二つ文珠を生成する。美神の顔に、半信半疑の表情が浮かぶ。
「さあ、俺はもう使ってますから安心してください。ね? ほら、美神さん」
 ゆっくりと美神に近づき、文珠を使う。
「ほんとの、本当に?」
「ええ、ほら。大丈夫ですよ」
 やさしく、小さい子をあやす様に横島は言い、美神の手をとる。
「ね? 大丈夫だった」
 そっと彼女の手を握り、優しく笑う。
「……うん」
 少し照れたように、涙でくしゃくしゃになった顔に、泣き笑いの表情を浮かべる。
 その彼女の顔に、横島が安堵する。
「さあ、帰りましょう」
「……うん」
「明日皆に、謝りにいきましょうね」
「……うん」
 結構泣いていたのか、美神の声が少しかすれていた。横島が、ごそごそとGジャンの胸ポケットを探ると、飴玉が数個出てくる。
 悪霊出現までの待機中、口寂しい時によく舐めているやつだ。
「飴、なめます?」
「……うん」
 二人して安い飴玉を口に放り込み、もごもごやりながらゆっくり歩いていく。
 いつの間にか、日は傾き西の空を赤々と染めあげる。
 アスファルトには、手をつないだまま歩く二人の影が長く長く伸びていた。


                           
                             おわり 

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