ザ・グレート・展開予測ショー

卒業(1)


投稿者名:居辺
投稿日時:(03/ 3/ 7)

プロローグ
「横島クン、あんたクビよ。明日から来なくていいわ」
 美神さんの鋭い視線が突き刺さった。
 そりゃ、今までにそう言われたことが無いワケじゃない。
 失敗するたびに全人格を否定されるし、流血させられることも、いつものことだ。
 だけど今日の美神さんはどこか違う。
 だいたい、今回は理由が思いつかない。
 俺は呆然と立ち尽くした。

1.
 卒業を間近に控えた今日、横島は朝から事務所に顔を出した。
 横島は浮き浮きした気分で事務所にやって来た。
 卒業すれば、正社員にしてもらえる。
 当然給料も上げてもらえる。
 今までの極貧生活ともオサラバだ。
 今までの苦労がやっと報われるのだ。

 暖かい日だった。
 鼻歌まじりに事務所の階段を駆け上がって、扉を開ける。
 いつものように元気良く挨拶をした。
 大きな机の向こうに座っている美神が、書類に没頭しているかのように顔を上げないまま、オハヨウと呟いた。
 機嫌悪そう。
 横島は気付いたが、どうしても聞いておきたい。
 さっそく、卒業後のことを聞こうと近付いた彼に、美神はクビを宣告したのだった。

「つまり、俺の妻になる決心がついたってことッスね!!」
 言いながら飛びつこうとした横島は、美神の冷たい視線に哀れみが交じるのを感じて踏みとどまった。
 スベった。うまくボケられんかった!
 いつもなら、ツッコミを入れさせ、全てをチャラにできるのに。

「……冗談、ですよね?」
 オドオドと問いかける横島。美神は黙って首を横に振った。
「冗談なんかじゃないわ」
 冷ややかな口ぶり。
「どうしてなんすか、俺なんかしましたか?」
 横島は絞り出すように言った。

「俺、…俺、最近なんかヘマしましたか。
 …俺、最近仕事でヘマしてないっすよね。
 昨日だって一人で、ちゃんと除霊できたし。
 こないだだって、おキヌちゃん達もしっかり守ったし」
 美神のこれほどまでに冷ややかな表情を、横島は見たことが無かった。
 独りでに膝が震えだす。

「卒業よ」
 美神は目をそらして言った。
「あんたは、もう一人で、仕事をちゃんとやっていける。GS研修期間終了よ。
 おめでとう、これからも頑張ってね」
 机の上に置かれた美神の手が、ぎゅっと握り締められて白くなっていた。
「だ、だったらここで雇って下さいよ。
 俺、俺ここでずっと働くつもりで……。
 ここでずっと働かせてもらえるつもりでいたのに。
 俺、役に立ってるでしょう?
 美神さんもそう言ってたじゃないっすか? 成長したって」

 震えだす体を押さえようとして、自分の体を抱き締める。
「なんでなんすか、美神さん」
 その声は掠れて力を失っていた。
「この事務所に二人も、正式なGSは必要ないわ」
 冷たい瞳が彼を見上げる。
「GSの最低賃金って高いのよ」
「だったら正式なGSになれなくてもいいっす。時給、今のままでいいっスから……」
「バカなこと言わないで」
 美神は鋭く言い放った。

「あんたは、あたしが一人前って認めたのよ。
 今のままの時給でいいわけないじゃない。
 GS協会だってちゃんと見てるのよ」
「だけど…」「うるさい!」美神が遮る。
「ここに、あんたに関する報告書と、GS免許の申請書があるわ。
 これを持ってGS協会の事務所に行きなさい。
 GSの免許をくれるから」
 美神が書類を彼の方へ差し出した。横島は震える手でそれを受け取る。
 それは1センチほどの厚さのある、一綴りの報告書とGS免許発行申請書だった。
 申請書には、美神のサインが記されている。
 椅子を引く音がしたので、横島が顔を上げると、美神が立ち上がって、右手を差し出していた。

 その手を握ると全てが終わる。そんな気がした。
 見たくないとでも言うように、首を振って後ずさりする。
 そんな彼に美神は微笑みかけた。
「いつかはこんな日が来るって、分かっていたでしょう?
 それが今日だっただけよ。
 大丈夫。あんたは一人でやって行ける。あたしが保証すんだから、間違いない」

 横島の顔が歪んで、今にも泣き出しそうだ。
 理屈はともかく、感情では納得できない。
 困惑、疎外感、恐怖、怒り、悲しみ、絶望。
 横島の表情に目まぐるしく浮かんでは消えていくのを、表情を殺して見守る。
 美神は、ルシオラを亡くしたときの彼の顔を、思い出していた。

 横島は書類を左腕に抱えると、ためらいがちに右手を差し出した。
 美神の手に触れた途端、自分でも驚くぐらいにビクッと震える。
 引っ込みかけたその手を、美神は辛抱強く待っている。
 再び手を伸ばして、その手をそっと握りしめた。
 少し冷たい、白くて、小さくて、柔らかな手触り。
 そう言えば横島は、美神の手をほとんど握ったことが無かった。
「ご苦労さま。今までありがとう」
 美神は微笑んでいた。

「せんせーい、散歩の時間でござるよ〜!!」
 階下からシロの声が聞こえて来た。ドカドカと階段を駆け上がってくる。
 扉を開けてそこから跳躍。横島の背中にしがみついた。
「シロ、横島クンはこれから大事な仕事があるの。散歩なら一人で行って来て」
 横島の手をさっと振りほどいて、美神は言った。
 横島に、余計なことは言うなと、目配せする。
「だったら、拙者も一緒に行くでござるよ」
 シロは横島の肩ごしに答えた。

 これから、大好きな散歩に行けると思うと、嬉しくて仕方ないらしい。
 ジーンズのお尻から出している、フサフサの尻尾が力一杯、振られているのが見えた。
「横島クン一人で行かなくちゃならないのよ。
 シロ、良い子だから、お願い、横島クンの邪魔はしないであげて」
 シロはびっくりした顔をして、横島から離れた。
 美神にお願いされたことなどなかったから。
 その場の異様な雰囲気に、初めて気が付いて、不安そうな顔をしている。

「ごめんな、シロ」
 横島がすまなそうな顔で、シロに微笑みかけた。
 不安を解いてやりたくて頭を撫でてやる。
 シロは気持ちよさそうに目を細めた。
「じゃ美神さん、俺行きます」
 シロが名残惜しそうに横島を目で追う。
「今日はもうあんたの仕事ないから、帰ってこなくていいわよ」
 美神が冷たい表情に戻って言った。
「ありがとうございます」
 虚ろな台詞を残して、横島は出ていった。

2.
 ピートは困惑していた。
 ここは、ICPO超常犯罪課日本支部の、西条輝彦の個室。
 応対した西条は、腕組みをしたまま、難しい顔をしていた。

「うちはね、ICPOの他の部門と違って、捜査官は警察官じゃない。
 基本的に、各国のGS協会から、出向して来た職員によって、構成されているんだ。
 ただし採用条件は、その国の警察官に準じることになっている。
 つまり、日本だと公務員試験が、それに当たるわけだ。
 だから高卒の資格が必要なんだけど、ピート君。
 君の能力は認めるし、できることなら、ここで働いてもらいたいと思っているんだが、公務員試験受けてないよな」
 ピートが唇を噛んで、うなずく。

「君、日本の国籍持ってないだろ。だとすると日本の公務員試験は受けられないよ。
 今、帰化を申請しても認可されるまで、数年かかるケースもあるし」
 見通しが甘かった。ピートは唇を噛み締めた。牙が食い込んで痛そうだ。
「本国であるイタリアに帰ってみるかい? 向こうの国籍なら持って…」
 ピートが力無く首を横に振るのを見て、西条はその先を言うのをやめた。
「ローマに、法皇のいらっしゃる国ですよ。
 イタリアはもとより、ヨーロッパでは、僕たちのことは公に認められていません。
 キリスト教徒からバンパイアは嫌われてますから。
 今は、日本ほど僕達が差別を受けずに暮らせるところは、他に無いと思います。
 なるべくなら、日本で仕事がしたいんです。
 日本で実績を重ねていれば、いずれヨーロッパの方でも、仕事ができるようになるかもしれない」

 差別か? 深刻な問題だが、今、どうこうできる問題じゃないな。
 さて、どうしたものか。西条は腕を組んで考える。
「あくまでもICPOに入りたいと言うなら、国籍を取ることから始めたまえ。
 日本でもイタリアでも、どっちでもいい。
 日本国籍を取るつもりなら、ついでに大学にも行っておくんだな。
 うまく行けば、卒業までに国籍を取得できるかもしれないぞ。
 イタリアの国籍を取るつもりなら、イタリアの事情は、向こうで調べてもらった方がいいな。
 僕が今言えるのは、こんなところだ。残念だよ、力になれなくて」
 ピートが悲しい顔で西条を見返す。

 西条は心の中でため息をついた。
 思いっきり当てが外れたって顔だな。可哀想に。
 何をそんなに焦ってるんだ。700年生きて来た者のする態度じゃないな。
「GSになると言うのも、悪くないと思うんだがね。
 というか、GSになって、仕事をしながら大学に通って、その間に国籍を取る。
 ICPOに入るか、GSを続けるかは、そのときに決めれば良い。
 どうしてこれじゃ不満なんだい」
「横島さんや雪之丞やタイガーに、おいて行かれるような気がして」
 ピートが弱々しく微笑んだ。

「後は唐巣神父と、相談して決めたまえ」
 西条が立ち上がる。
「悪いが仕事があるんで、この辺で引き取ってもらえないか」
 そうとうショックだったようだ。挨拶代わりに差し出した右手も、ピートには見えていないようだ。
 ふらふらとピートは出ていった。
 しばし考えた後、西条はデスクの受話器を取った。
「……唐巣神父ですか、西条です。実はピート君のことなんですが……」

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