ザ・グレート・展開予測ショー

続・良い美神


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 3/ 3)

「――まさん……横島さんっ!?」

 ゆさゆさゆさゆさゆさ…………

 まどろみの中、俺は夢を見ていた。
 何故か今見ている夢なのに、夢の内容を理解する事が出来ない。とてつもなく暗い荒野にひとりきりで突っ立っているような、えもいわれぬ孤独と恐怖が身を灼く。隣には、朽ちた忠犬が屍を晒していたりもした。

「横島さんっ!!」


 ざばぁっ!!


 ――っ!!


 いきなり身体に浴びせ掛けられた冷たい感触と共に、俺の意識は完璧に覚醒していた。
 ぽたぽたと髪からたれる滴に目を瞬かせながらも、現状を認識するべき感覚器官は、今現在俺が置かれている状況を理解するべく躍起になっていた。床の感触は冷たい。そう、これは――タイルだ。俺は確か事務所にいたはずだから、ここは風呂場なのか?
 そこで思考が始まる。風呂場。そこで俺に浴びせ掛けられた物――それは恐らく水。意識を覚醒させる為だとはいっても、普通はやらない事ではある。

「横島さん! よかった!!」

 声。上方から聞こえた。

「……おキヌちゃん?」

 俺に水を浴びせ掛ける姿は想像出来ないものの、その声は間違いなく俺の知っているおキヌちゃんのモノであった。声には隠しようもない動揺が溢れ出ており、更には幾分涙すら混じっているのではないかとすら思える。

「……なんで水をぶっ掛けたのかは置いといて……何があったんだ? おキヌちゃん」

 何か、思考の隅にモヤモヤとした黒い渦が蠢いている事が気にかかったが、今はそれどころではないと自分を納得させた。何故か、そちらに意識を向けようとすると途方もない傷みが心を襲うし。

「助けて……助けてくださいっ!! 私……私見ちゃったんです!」

 左手を自らの胸に当て、右手は差し伸べるかのように水平に。まるでオペラ歌手のような体勢で、目の前のおキヌは独白していた。混乱のあまり、俺に水をぶっ掛けたことは既に忘却の彼方に追いやられているに違いない。

「……何を?」

 水が染み込んで不快な感触を額に伝えるバンダナを解き、絞りながら訊ねる。どうやら水は主に顔面へとぶっ掛けられたらしく、衣服の方にはそれほどの濡れもなかった。おキヌの側らに放り棄てられたバケツが、鈍い光沢を俺へと伝えてくる……

「美神さんが……美神さんがっ!」
















 警報。
















「あの、その……いや待って。それ聞きたくないような……」





 そして無視。





「美神さんが……赤い羽根共同募金の小学生の持った募金箱に、五百円玉を入れていたのを!!」






 深く。静かに。
 俺はそれを受け止めていた。その、受け止めるにはあまりにも重い事実を。

 渾身の力を込めたのであろう。言葉を吐き切ったおキヌは、その場に崩れて泣き出してしまっていた。――そのおキヌを慰める事も忘れ、俺はフラフラと風呂場から出た……扉を開けると共に、先程の衝撃が――黒い記憶の奥底に封印されていた記憶が鮮明に蘇ってくるのを感じる。その衝撃に身震いし、俺は首を振った。

 確かめなければならない。
 俺は基本的には、眼で見たモノしか信じない。まれに、眼で見たモノも信じない。――俺はいまだ、アレが俺の視神経の壊乱が見せた幻であるという可能性を棄ててはいなかった。
 静かに、居間のドアを開ける。

(……忠犬――じゃなかった。……シロ……)

 そこには、俺の可愛い弟子の無残な姿が転がっていた。泡を吹いて、完全にその場にのびている。見事な死に様だ――後でちゃんと銅像は造ってやるからな。
 ふらふらと室内を彷徨い……ソファに腰を下ろす。
 静かだった。
 まるで……何事もなかったかのように――――

 ガチャリ。

 その、俺のかすかな希望が打ち砕かれる破砕音を。
 俺はそのとき、確かに聴いた気がした。

 パタパタパタパタ…………

 室内を走るスリッパの軽い音。
 今の俺にとっては、それは数百の悪霊が発する唸り声にも似た轟音であった。――たとえそのような状況に陥ったとしても、今ほどには絶望感を感じる事はないと断言できるが。

 ガチャリ。
















 そして――――



   ――続くのか?――

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