ザ・グレート・展開予測ショー

良い美神


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 3/ 3)

 俺にとって、その日は紛れもなくいつも通りの一日だった。

 朝っぱらからシロに叩き起こされたのもいつも通りだし、そのままこうして、学校にも行かずに事務所に直行しているのもいつも通りだ。一般的なモノがどうとかいう問題は、ここでは大した問題でもない。
 ついでに言うならば、事務所に着いてからも十分間くらいはいつも通りだった。低血圧のタマモはいつも通り未だにベッドの中であるようであるし、真面目なおキヌは既に学校へ行っている。キッチンにはラップをされた三人分の朝食が用意されており、いつもながらの彼女の心遣いに感謝の念を呼び起こさせる。
 そして…………









「……なぁ、シロ。俺はお前の師匠だよな?」


「……はい……先生」


「その俺に隠し事なんてしないよな……?」


「無論でござる……先生……」


「……んじゃ、質問だ。シロ」



 目の前の光景が、何処か遠い世界のように感じられる。瞼を下げることで、視覚情報として入ってくるその情景だけでもせめてカットしながら、俺は隣にいるシロに訊いた。声が掠れているのは自覚していた。

「どーゆーことだ……?」

 質問と言いつつも、咽喉から出てきたのはその言葉だけだった。
 目の前の情景に対する単純な疑問。それをシロが俺の意のままに汲み取ってくれる事に関しては、絶対的な確信があった。



 発端は、事務所に着いて用意されていた朝食を食し、一息ついたところであった。タクワンを齧りながらふと窓の外を見てみた事に全てが始まる。

 初めは幻覚かと思った。
 その事実を信じるよりはむしろ、自分の眼球が脳へと送った電気信号か、もしくはそれを受け取るべき自分の脳髄に狂いが生じたという可能性の方がまだ高いと思われた。目を擦って、もう一度同じモノを眺めてみた。
 側らのシロを眺めてみた。いつも通り、キョトンとした表情でこちらを見ていた。

「どーしたんでござるか? せんせぇ」

 などとのたまっても来た。
 紛れもないシロそのものの姿を実像として脳裏に結像する事が出来た事によって、俺の感覚器官に狂いが生じていたという可能性は儚く消えた。俺は無言で窓の外を示し、自らも再びソレに眼を落とした。
 そして、暫くして吐いた台詞がアレであった……



 シロは答えなかった。そして、自分自身信じられないものを見たように、まん丸の眼を窓の外へと向けている。眺めてみると、尻尾が完璧に丸まって股の下に納まっていた。確かこれは、犬族が見せる『恐怖』のポーズであったと記憶していた。

「……お前が出た時はどうだった?」

 質問を変える。

「まだ……寝ていたでござる……」

 目の下に一杯に涙を溜めながら答えるシロ。およそ信じられぬ出来事に、驚愕を通り越して恐怖を感じているのであろう。身体は細かく震えており、ややもすればこちらに飛びついてきそうな状態に思える。――ふと邪な思いが頭をよぎるが、そんな場合ではない事を鑑みて自制した。

「落ち着け、シロ。まずは現状の確認が第一だ――」

 シロの肩を叩いて落ち着かせる。掌からダイレクトに震えが伝わってくるが、その震えは俺の接触と共に徐々に収まりつつあった。変わりに、チラリ、チラリと窓の外を見る脅えた瞳が、シロの動揺を如実に表している。
 俺は意を決して窓を開け――当然、気付かれる事を覚悟で……だ――すぐ傍に在るソレを間近に観察してみた。――見たところ、ソレそのものは普段と変わらない。変わっているモノは、その格好と行動のみだ――

「シロ……落ち着いたか?」

「……はい。先生。ありがとうございます」

 小声でシロに話し掛けると共に、静かに静かに、窓を閉める。留め金をかける際のガチャリという音――今の俺には飛行機の離着陸にも似た轟音に思えた――に肝を冷やしたが、どうやら気付かれずには済んだらしい。

「ところでシロ……お前に任務を与える」

 優しく優しく、シロの頭を撫でながら、俺はこの上ない笑顔で言葉を発した。
 主人に話し掛けられた犬そのままの反射速度で、シロの顔がピクリとこちらを向く。犬であったら、ピン! と耳が立っているところだろう――そのシロに俺はあくまでも笑顔を崩さず爽やかに言い切った。

「話し掛けて来い。そして、アレが本物かどうかの確認を取って来い」

 ウットリとしていたシロの表情が、その一言で引き攣った。

「……え?」

「骨は拾ってやる。墓には最高級の骨付き肉を供えてやる。ついでに、事務所の屋根裏に銅像も造ったる。その台座には、『まことの忠犬の像』とも彫ってやる――ここは、お前の尊い犠牲が必要なんだ……シロ」

「いや、あの、その……えええぇっ!?」

 シロの頭を撫でながら――ただし、左手はしっかりとシロの腕を握り締めている――、俺は恐怖に引き攣るシロに笑顔を向け、その身体を窓の方へ向けた。

「……せんせぇ!……拙者は、拙者はぁ!」

 ついに泣き叫び始めたシロの背中を、あくまでも笑顔は崩さずにグイグイと押す。既に窓は一メートル程の距離にまで迫っていたが、シロの抵抗は存外に厳しい。流石は人狼。

「えぇい! 死ぬ訳ではない。お前も弟子なら、師の為に少しはこー、身体を張ろうとか思わんのか!?」

「嫌でござる! 他の事ならまだしも、拙者こんなところで死にたくないでござるぅぅっ!!」

「往生際の悪い! こーなったらいかなる手段を用いてでも……!」

 ストックの文珠を使おうとしたそのとき――





















 状況に、変化が訪れた。




















「あら? どうしたの? シロ、横島クン――」




 ガラガラガラ……

 死闘の礎となったガラス窓は、いとも容易くその役目を放棄していた。外界と室内を遮る、最薄の壁の役目を。
 ひう…… 隣で漏れた呼吸音と共に、何か重いものがドサリと倒れる音が響く。恐らく、シロが尻餅でもついたのだろうが――この状況では、仕方がない。正直俺も、膝が笑っている。

 其処に居るのは見慣れた顔。

 ただし……決して見慣れてはいない姿――

 麦藁帽子にジャージ、更に手鎌(しかも人を傷つけないように、刃の部分を自らの側に向けている)を持って、ごみ袋を――刈り取った草で一杯のごみ袋を背負い、満面の笑みでこちらを見つめている美神令子が……其処には居た。

 その事実を再確認した瞬間、俺の意識は急速に暗くなっていった――



   ――続く――

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