ザ・グレート・展開予測ショー

心は共に・6


投稿者名:マサ
投稿日時:(03/ 3/ 3)

『……さん…』
―誰?何をしてるの?―
姿のはっきりしない人の後姿。
発している声は、声と認識出来るだけで何を言っているのかも殆ど聞き取れない。
それに向かって彼女は語り掛ける。
何となく、何故か…そうしていた。
『…絶………から……』
猶もその後姿は彼方に向かって呟く。
彼女の存在に気付いていないかのように。
―…誰なの?―
じわり、と言い様の無い不安感が込み上げて来た。
だが、その思いとは裏腹に足の方はゆっくりとその後姿のいる所へ彼女を導き始める。
何かに誘われるが如く。
一歩、一歩と歩み寄る内に次第にはっきりとその後姿を確認できた…。
―……!!?―
暫し唖然として声が出なかった。
泣いている。
そして、両端に浮いた一対の黄色く光る人魂。
その人が宙に浮いているのは地面とその足との間隔が静かに物語っていた。
否、上記の事柄だけでは彼女はここまで驚かなかった筈だ。
何よりも驚いたのは、そう。
―……私?―
彼女は一言、それだけ声に出すのが精一杯だった。
淡く白い光を放つその体温を感じないもう一人の自分の姿は何も語らずに上を見上げる。
目を瞑り、愁色と嘆願の想いを称えるように、もう一人の彼女の頬を伝い、きらきらとした光の筋が………零れ落ちた。


















































「!?」 がばっ
はっ、と目を覚ますと彼女・おキヌは勢いよく起き上がった。
余勢で座っていた椅子ごと倒れそうになるのを寸での所で踏み止まりつつ、ほっと安堵する。頭でならば。
早く波打つ心臓のあたりに手を当てて呼吸を整えつつ、辺りを見回す。
―自分の部屋。
「また…夢……?」
何ヶ月か前から時々見ていたような気がする。
それでも、今まではぼんやりとしていてどんな夢だったのかもよく分からなかったが。
確かに唯の“夢”なのだ。
そう頭では分かっていても何かが胸の辺りで引っかかる。
どうしてもその“何か”が拭い去れなかった。
何気なく額に手を据え、部屋の隅にある鏡を覗き込む。
血の気が引いて少し白くなった16歳のやや幼げな顔立ちの少女がそこにいる。
額に滲んだ汗を拭いつつ、時計に目線を移す。
―寝るには少しばかり早い。
「……外、歩いてこよう…」
別に何をしようというわけでもなく、唯気分転換がしたい。
ぼーっとする頭を抱え、おキヌは部屋を後にした。



「あ、お姉ちゃん」
「あれ、どうしたの?顔色良くないけど」
廊下にいた早苗がどこか訛のある口調で心配げに問う。
大丈夫、とばかりに微笑むと、弱く柔らかな口調でおキヌは言った。
「何でもない。居眠りしてたら変な夢見ちゃっただけだから」
少々悪戯っぽい感じに舌を出す。
「なら良いんだけど…」
「じゃあ、私ちょっと外を散歩してくるから」
「え?この時間に?」
「うん。ちょっと家の周りを歩いて来るだけだから」
釈然としない様子の姉にそう言い残し、おキヌはゆっくりした足取りで玄関へと向かう。
玄関で靴を履くと、引き戸を開けて夕闇の中へと歩みだした。
がらがらがらがらっ、という引き戸の音が森の暗闇の中へと溶け込んで行く。
「…………」
早苗の頭の隅で引っかかる説明出来ない感覚。
一般に言う〔予感〕のようなもの。
生まれ持った霊感ためだろうか。
それがどうも拭えず、一度自室の方向へと進みかけた足を別の方向へと導く結果となった。
この行動がどのような出来事に繋がるのかなど、知る由も無く……。





10日余りの月の光に森の木々がうっすらと映える中、おキヌは神社の裏手の方へと歩みを進めていた。
季節的に虫も眠りを覚ますのはこれからであろう。
周辺の命が息を潜めているかのような静けさが包む。
否、と言うよりも―奥へと進むにつれて周辺に不自然な静寂が広がっていた―そう言ったほうが正しいだろう。
不自然なのはこの何処と無く薄衣に包まれる纏い付くような不思議な感覚であるが、別段危険な波動ではない。
どちらかと言うと、溶け込むような感じ。
姉の早苗ほどでなくとも、霊感はそれなりにあるらしい。
ゆっくりと自分の胸に手を当ててみる。
―脈が速い。
だんだんと強く感じるようになってきた感覚の為だとは思うが、何故か彼女にはそれが意味があるように思えてならなかった。

ふと、立ち止まって深呼吸をする。
辺りを見回すと、家の方にある温泉が目に入った。
彼女にとっては何故か分からないが、印象的な所だ。
見た所、何の変哲も無い天然の温泉が湧き出た岩風呂だというのに。
そう頭では分かっている。
分かっているのに胸の辺りで何かがつっかえる。
普段はあまり気に止める事も無かった物に特別な懐かしさとも付かないものを感じる自分に何故か苦笑しつつ、自然と表情が緩んでいた。



『……おキヌ姉ちゃん…?』

「!?…」
背後からの声に、はっと我に戻り振り向く。
見ると、小さな男の子が立っていた。
年齢は見た目では8つくらいだ。
あちこち継接ぎされた褸(つづれ)と股引きの姿に坊主頭が似合っている。
服装からして明治辺りだろうか。
つい最近会った記憶がある。
名前は…晋太と言っていた。
何故この世に残ってしまったのかは聞いていないが…。
「あら、今日も来たの?」
近くの適当な大きさの岩に二人で腰掛け、さも当たり前のように笑顔で優しく語り掛けた。
この世を彷徨う無力な存在はそれが“見える”者に自然と寄って来る。
彼女がそういった者達に話し掛ける行為は日常の事であるし、特別な事だとも思わない。
『…名前忘れちまったけど、生きてた時に近所に優しい姉ちゃんがいたから、なんか……』
昔の見知った人の名前を忘れるなど、その存在たちにはよくある事だ。
少し嬉しそうに目を細めて微笑する晋太。
照れ隠しに頬をぽりぽり掻きながら遠くを見る姿が子供らしい。
そんな晋太を可愛いと思い、つい笑ってしまう。
「どんな人だったの?そのお姉さんて」
おキヌがそう言うと、暫し間を置いて晋太がそっと言葉を紡ぐ。
『忙しい合間を縫って、おいら達と遊んでくれた。…けど………』
「…………」
晋太の表情が嬉しさに満ちた先程までのそれではなく、次第に悲しさや悔しさといったようなものを帯びていく事に気付いておキヌは先程の自分の言葉を後悔する。
「ごめんねっ。私、いけない事聞いちゃったみたいでっ…」
―胸が…痛い。
―傷ついたよね。
―ごめんね。
―ごめんね…。
―私ったら……。
急いで謝り、俯いてしまう。
こういった場合、何故、人というものは掠れ声になるのだろうか。
『…おキヌ姉ちゃんは悪くない』
「…………」
晋太はそう一言、精一杯“おとこらしく”力を込めて言う。
微弱な力しか持たない分、彼は他の波動の変化を感じやすい。
眉間にしわを寄せ、歯をぐっと噛み締め、懸命に言葉を押し出す。
但、その行為も相手には音とは違う形で伝わるものなのだが。
『あの日、姉ちゃんが森の中で倒れて、俺…走った。……助け呼びに』
「…………」
『…へっ、俺ったらドジってさ、近道しようと思って崖の途中で足踏み外して……落ちてやんの』
晋太の頬を伝い落ちる―涙。
地面には落ちずに、儚く霧散する―涙。
姿は変わっても、“ひと”が感情を表現することの出来る数少ない方法。
「晋太くん…」
『うぅっ…うぅっ…』
止まらぬ涙を幾度も拭う晋太を見つめ、ふっと微笑むとおキヌはいたわるようにそっと彼を抱き寄せた。
感覚など失ったはずが、良い匂いのするような不思議な感覚に晋太は襲われる。
頭をそっと撫で、柔らかい口調でおキヌは言った。
「話してくれてありがとう。…辛かったね。苦しかったね」
体全体に、特に心に染み透るように晋太には思える。
「あなたはもう悩まなくていいわ。長い時の中で沢山哀しんだでしょう?誰も貴方を咎めたりしないわ。晋太くんは悪くない」
『うぅっ…わあぁぁぁっ!』
肩を震わせ、想いっきり泣いて…泣いて―だけれど、表情は嬉しそうで。
表情を緩ませ、自然と浮かんだ微笑みと共に、おキヌは続ける。
最後の一言を…。
「だから…、安心してお休みなさい」
『……うん』
目に溜まった涙を袖で拭い晋太はそう告げた。
同時に、能力を持つ者にしか見えないとても朧気な淡い光を放つ彼の体は無数の小さな光の粒となって少しずつ、ゆっくりと空へ舞い上がっていった。
『ありがとう…』
それは、彼にとって全てを凝縮したような、そんな言葉。
「どう致しまして」
にっこりと笑顔を作り、天を仰ぐ形で消え行く一つの魂を最後まで見送る。
そして、光の粒が見えなくなったところでおキヌはふっと俯く。
暫くして、再び天を仰いだ時には目を潤ませ、唯こう願った。

≪どうか、来世にはあの子の魂が救われますように≫

と。
次には、ふぅっと深く溜め息を一つ吐いていた。
安堵と余韻から、つい零れてしまうそれ。










と、その時…。

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