ザ・グレート・展開予測ショー

黒シロ 〜発芽〜


投稿者名:AS
投稿日時:(03/ 3/ 2)


それは美神除霊事務所の面々が、いつものように仕事を終えたあとのこと。

寂れたビルーーーほんの少し前は、死者の妄執渦巻く、本来生者の立ち寄るべき場所でなかったそのビルは、今はただ朽ちただけの建造物となっている。
「ふぃ〜…今日の悪霊(やつ)は随分しぶとかったっすね〜」
溜息混じりにそう呟くのは、バンダナをトレードマークとし、それ以上に内面に渦巻く煩悩を己の証としている横島という青年だ。
「あんたねぇ…最初に悪霊の一喝に驚いて、装備全部落っことして転んで階段から落ちた奴が言う台詞じゃないでしょ!」
そうつっこんだ女性ーー美神も、タフな仕事が終わったばかりだというのに、青年のぼやきに苛烈に、即座反応する。
「あんたの文殊があれば結界なんて張らなくても良かったのに! 余計な経費はあんたの給料から引くからね!」
「そ、そんな殺生な〜〜〜!! 堪忍や美神さん〜〜〜〜!!!」
それは見る者が見れば、やれやれと肩をすくめずにはいられない、いつもと変わらないやりとり。
しかし、変わらないものなどない。 不変などあり得ない。 それは空模様と同じに…日常が変わらず繰り返されているように見えても、そこにはやはり何らかの『変化』があるのだ。
しかして今は、その『変化』は、今はまだ己の心情を測れないように、ただぼんやりと……。

「……く〜ん」
「あら…? どうしたの? シロちゃん」

黒髪の少女に、そんなふうに気遣わせる程度でしかなかった。


その翌日。


いつもは快活、体中いっぱいに満ちてそうな元気をもってる人狼族の少女、シロは、窓際で頬杖をついたまま溜息ばかりを吐いていた。
窓から外、陽が差し込む景色を見ながらも、その瞳にはいつもの強い輝きが見られない。いつもはパタパタせわしなく動く尻尾も、どこか憂鬱げにうなだれて見える。
常日頃から、無闇にそして迷惑にハイテンションなこと。それが美神除霊事務所メンバーについての、周囲からの暗黙の了解なわけだが……。
それをまさに覆すに等しい、シロのアンニュイっぷりは、さっそく除霊事務所内にある波紋を起こしていた。
その波紋とは無論……毎度お馴染み、この事務所で働くバンダナ青年の生命の危機としてである。
「さぁちゃっちゃと言いなさいよ…あんたあそこでうざったく溜息ついてる馬鹿犬に何したの…? 返答次第によっちゃぁ…」
「無実や〜〜! 俺は何もしとら〜〜ん!! 子供の頃から火遊び嫌いで…火は熱いから嫌や〜〜〜〜〜!!!」
必死に(楽しげに?)そう叫ぶバンダナ青年は、四肢をしっかり固定されていた。ついでにその足下には、狐を連想させる少女が掌のひらから直接焚き火がたかれていたりする。
(ふぅ……)
目前で繰り広げられる狂態に、穏和な印象を受ける黒髪の少女も一つ、疲れたように溜息を吐いた。
「シロちゃん…どうしたの? お腹…痛い?」
「……」
今だ続く『火遊び』の真横をすり抜けて、黒髪の少女…氷室キヌが、元気のないシロにそう声をかけるも返事は返らない。
「ねぇシロちゃ…」
おキヌはそれでも、日頃とあまりに落差のあるシロの姿に、胸を痛め声をかけ続ける。それでもシロは黙ったままだ。 ただぼんやりと窓の外を見ながら…溜息ばかり。
そんな…いつもとかけ離れた? 除霊事務所の部下達の様子を目にしながら、所長である美神令子はとうとう動くことを決意した。
「本当…どいつもこいつも、子供なんだから…!」
そうして美神は、手元に置いてあった携帯電話から、何かの宅配を依頼する。
「そう。…大至急! …急いで持ってこないと悪霊憑くかもよ〜?」
それから程なくして。 なんら状況の改善されない美神除霊事務所には、あらゆるメーカー、あらゆるジャンルからの愛犬食がどさどさ運びこまれてきた。
(やっぱ子供にはこの手が一番効果あるわよね。 まったく世話やかすんだから…!)
いきなりの配達に目を白黒させるメンバー(シロ除く)を前に、自信満々腕組みする美神。 しかし。
「騒がしいでござるなぁ…」
やはり憂鬱そうなのは変わらずに、シロは愛犬食には目もくれなかった。 散歩に出かける、そう言い残して事務所を後にする。
その後に残るは缶詰やらの愛犬食が詰まった箱、箱、箱。 それらを目にしたまま凍りついている事務所の所長…美神令子の姿は、己が部下達にこう言わしめたのだった。

『子供か……この人は……』

直後に。 近隣に響き渡る照れ混じりの怒号と八つ当たり。それらが場を震撼させたのは…補足するまでもない『当然』であろう。

事務所でそんなやりとりがあったその頃。

オカルトGメンの本部ビル。

「じゃ、西条君、私は厄珍さんのお店に行ってくるから。 留守の間しばらくお願いね」
「はい。 任せてください。 厄珍の奴はすぐに品物を高く売りつけよう売りつけようと画策してくるので。 お気をつけて」
きまじめにそう言った部下…かつての弟子でもある青年捜査官に、Gメンの要職に就く女性は柔らかく微笑んだ。
「ふふ、ありがとう西条君。 ついでに…毛生えに特効の薬も探してくるわねっ?」
言うや颯爽と、大型バイクにまたがり走り去った女性の背を追いかけながら…西条はいつまでも固まっていた。

特に体調に変化はない。
しかし…足取りはどこまでも重く、シロにとって自分の両手足が、まるで鉛のように感じられた。
いつもは千里でさえも駆け抜けることが可能であろう健脚が、今はほんの数歩程度の距離でさえおっくうだ。
冴えない表情、力無くうなだれるその姿は、おおよそ『シロ』という少女には、とても似つかわしくないものであった。
ズルズルと。 足を引きずるように歩きながら、シロはそっと胸に手を当てる。
胸中に渦巻く、何か。 嫌なものなのかどうかさえ判らないが、今はただその『何か』が、シロの心を病ませている。
人の社会に生きようとも、かつて人里遠く離れた場所で、現世と縁遠く生きてきた人狼の、侍の少女。
容姿は既に少女と呼ぶべきか、それを躊躇う姿ではあるが、その内包する心はまだ成熟には程遠い純真な子供の心なのだ。
そんなシロにとって今抱える『何か』は、測ろうとしても測れずに、ただ心をざわめかせ苛ませる。 溜息がまた一つ、小さな唇からこぼれる。
あてもなく歩き続けるシロはふいに、何らかの匂いを嗅ぎ当てた。
(ん……? クンクン…何のにおいでござろ……?)
今の病んだ心故に、色褪せた視界。 しかしその中でも、人狼としての嗅覚だけは健在だった。
(何だか不思議な…でもいい匂いでござるなぁ……心が安らぐでござる…)
風に乗せられて、シロの元へと届いた匂いは、無視しようにも無視できずに、その心に好奇という名の変化をもたらす。
心中に生まれた僅かな好奇に、特に逆らう理由も事情もない。 そう結論を出したシロは、目的を見つけやや軽くなった足取りで、好奇心を刺激された『匂い』の元でと向かう。

そしてそれは……これから始まる途方もないスケールの追いかけっこ。 その引き金でもあったのだ……。

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