ザ・グレート・展開予測ショー

妄想


投稿者名:紫
投稿日時:(03/ 2/27)


世界が暗い。

太陽が消えたかのように。

違う。彼には太陽なんて必要なかった。

ほんの少しの明かり、それさえあれば良かった。

それすら、そのほんの少しすら奪われた。最早なにも見えはしない。

夜の闇より暗い世界の中で、彼はなにを求めたのか。

誰にもわかりはしない。


これはほんの些細な物語。


巨大な『世界』に踏みつぶされた者の悪あがき。


・・・始まりはほんの小さな出来心だった。





夕闇が街を覆い始める頃。とある寂れたアパートの一室、その薄暗い部屋の中に彼はいた。
特になにをするでもない。壁に背を預けて、床を見つめている。
いや、なにもしていないワケではない。
耐えていた。最愛の者を失った悲しみに。耐えていた。
前向きになろう。きっとなにか方法がある。希望を持て。

「・・・・・キツイよ・・・ルシオラ・・・」

苦しい。
膝を抱き、泣く。


どれくらいそうしていただろうか。
ふと、掌に自身の最強の能力、文珠を生み出した。
・・・ほんの小さな出来心。
写真すら撮る暇もなかった彼女。
せめて自分は覚えていよう。
そう思い、込める文字は<幻>。
自分が彼女の姿を正確に覚えていられるか、確認するのだ。
・・・嘘だ。
逃れたかったのだ。この苦しみから。
無意味だとは分かっている。こんな事をしても、苦しさは増すだけだと。
幻は消えたとき、なにも残しはしない。幻には、思いすら大した意味を持ちはしない。
だが、例え一時でも忘れたかったのだ。彼女が既にこの世界にいないことを。

・・・部屋からかすかな光りが漏れた。





綺麗に片づけられた洋館風の一室で、二人の人物が向かい合ってお茶を飲んでいる。
二人とも長い髪を持ち、一人は黒髪の少女、もう一人は亜麻色の髪の女性である。
黒髪の少女、氷室キヌが重く口を開く。

「・・・横島さん、大丈夫でしょうか・・・あんな事があって、立ち直れるでしょうか・・・」

「・・・・・さあ、ね。ちょっと、厳しいかもしれないわね・・・」

独り言のようなそのつぶやきに、亜麻色の髪の女性、美神令子が、こちらもまた独り言のように返した。
そこで二人とも口を噤み、黙ってお茶を啜る。

「・・・いつもなら、そろそろ来る頃だけど・・・やっぱり無理よね・・・」

「そう、ですよね・・・」

「・・・ま、いつか立ち直ってくれればいいけど・・・」

“美神オーナー、横島さんがご出勤なさいました。”

この建物に取り憑いている霊魂、人工幽霊壱号の言葉に二人ともびくりと体を震わせる。
がちゃり、とドアノブを回して、二人の話題に上っていた人物、横島忠夫が顔を見せる。
二人は、どうにか沈んだ表情を消し、横島の方を向く。

「ちーっす。あ、おキヌちゃん、俺にもお茶くれる? 喉渇いちゃって・・・」

「え、あ、はい・・・」

横島は、まったく今まで通りに、まるで平気そうに振る舞っているように見える。
それがかえって無理をしているように見えて、二人は一瞬戸惑い、そして自分も何でもないかのような表情を作る。
彼のキズにさわらぬようにしよう。そんな、暗黙の了解が出来上がっていた。

「どうぞ。あ、熱いですよ。」

「有り難う、おキヌちゃん。」

お茶を受け取り、啜る。
しばし、全員が無言。

「・・・今日は仕事ないから、二人とも上がっていいわよ。
 ってゆーか、しばらくまともな仕事はないと思うから、一日に一回顔見せればいいから。」

横島がお茶を飲み終わるのを見計らって、美神が言う。
実際に仕事はないし、あっても今の横島に除霊作業は無理と思っての事だ。

「あ、そーすか。んじゃあ、もう帰りますね。」

その言葉に横島は、なぜか嬉しそうに答え、部屋を出ていく。
窓から横島が歩いていくのを見てから、キヌが美神に話しかける。

「横島さん、無理してますよね・・・」

「まったく。こっちに心配かけないように、とか考えてるんじゃないの。あの馬鹿は。」





自宅への帰路。服屋のショーウィンドーに目が留まる。
赤だかオレンジだか、そんな色のワンピース。
きっと彼女に似合うだろうな。そんな事を考えながら店に入る。
店員に言い、その服を買う。

「彼女へプレゼントですか?」

「ええ、そんなところです。」





アパートに着いた。部屋の鍵を開け、中に入る。

「ただいまー。」

いつも俺はこんな事言っていたか?
言うワケないだろう、誰も俺の帰りを待っている人など・・・
愕然とする。そうだ、彼女はもういないんだ。・・・もういない?
手に持っている包みを見る。
たしか自分は、彼女に着てもらおうとこれを買った。
強烈な目眩と吐き気を感じる。
掌に力を込める。文珠。
込める文字は・・・





それから数日間。横島はきちんと事務所に顔を出し、そしていつでも平気そうな顔をしていた。
しかし女性二人は気づいた。だんだんと彼が憔悴してきている事に。
そしてこの日も、顔を出して仕事がないことを確認すると、横島は帰っていった。

「・・・美神さん。横島さん、ちゃんとご飯食べてるんでしょうか・・・なんか、やせて来てますよね。」

「そうね。ご飯ぐらいはたかりに来るかと思ってたけど・・・やっぱり、私たちといるのがキツイのかしらね・・・」

「・・・わたし、食べ物持って行きますね。」

「ん、そーしてあげて。」

簡単に持っていけるような料理を急いで作り、容器に入れて事務所を出る。
そして何度か行った事のある、横島のアパートへ向かう。





横島のアパートの前に着く。そしてノックをしようとしたところで、中から声が聞こえてきた。
誰かいるのかと思い、少し悪いかと思いながらも、聞き耳を立てる。

「・・・だんだん、家具がそろって来たなあ・・・」

「・・・ああ、食費削った甲斐があるよ・・・」

「・・・しかし二人で住むには少し狭いな・・・」

「・・・引っ越せるほどの金はないな・・・」

「・・・ん、いつか、一戸建てを買いたいな・・・」

怒りを覚える。あんな事があったのに、もう誰か女の子を見つけて、同棲なんか始めようとしているのかと。
盗み聞きなどせずに、すぐ帰るべきであった。
横島がそんなことをする人間ではないと気づくべきであった。
横島一人の声しか聞こえない事に気づくべきであった。

だんっ、とドアを乱暴に開け、怒鳴る。

「横島さん!?なにを・・し・・・て・・・・・?」

固まる。部屋の中には横島一人しかいなかった。
ちゃぶ台の前に座っている。向かい側には座布団が敷いてある。ちゃぶ台の上には砂糖の入ったビンが置いてある。
明らかに一人用ではないクローゼットが置いてある。中途半端に開いた隙間から、女物の洋服が見えた。夕日色。

「・・・おキヌちゃん・・・?」

びっくりしたようで、横島が惚けたような声を出す。

「どうかした?」

「・・・え?あ、う、これ・・・」

平然とした横島の問いかけに、混乱したまま持ってきた包みを差し出す。
なんだ?どういうことだ?どうなっている?

「あ、有り難う。・・・ルシオラも食べるか?」

誰もいない空間に向けて問いかける。

「ん、じゃあ俺盛りつけるよ。おキヌちゃんも食べてくだろ?」

返事も聞かずに台所へ向かう。
キヌは立ちつくす。
『ルシオラ』
確かに横島はそう言った。彼が見ていた辺りに目をやる。
なにもない。どれだけ集中しても、なにも見えない。
自分の霊感をどれだけ使ってもなにも感じない。
そこには『本当に』なにもないはずだ。
しかし先ほどの横島の様子は・・・

「お待たせ。つっても盛りつけただけだけどな。」

皿三つに料理を取り分け、それを器用に持って横島が台所から出てきた。
その表情を見て、キヌは自分たちの勘違いに気づく。気づいてしまう。
横島は無理などしていない。本気で、平気なのだ。
彼にとってルシオラはまだ・・・

「おキヌちゃん?上がったら?」

横島に声を掛けられて、我を取り戻す。
そして横島の笑顔を見る。
どうしようもない悲しみに襲われる。この場にいたら、絶対に泣き出してしまう。

「あ・・・私・・・帰ります!!」

「え、ちょっと・・・!?」

その場で踵を返し、そこから走り去る。
横島が何事か言ったが、聞こえなかった。
涙が溢れて、止まらなかった。





「おキヌちゃん、どうしたんだろうな。」

走り去ったおキヌを見送って、横島が言う。
その瞳は正気そのもの。自分の見えている世界を疑ってなどいない。
最早文珠も使っていない。必要ない。

「ああ、そうかもな。じゃ、食うか。」

彼の見ている世界で、彼女がなにか言ったのだろう。

そして横島は『二人分の』食事をした。





いつの間にか、事務所まで帰ってきていた。駆け込む。

「・・・おキヌちゃん?・・・どうしたの?」

「美神さん!!・・・横島さん・・が・・・」

出迎えた美神に、泣きながら先ほど見た事を話す。

「・・・そう・・・そんなことに・・なってたの。あの・・・馬鹿。」

キヌの話を聞き終えて、美神は言う。

「・・・おキヌちゃん。貴方は、なにも見なかった。そうしなさい。私も聞かなかった事にするから。」

「美神さん!?」

キヌが非難するような声を上げる。
しかし・・・

「他にどうするのよ。・・・私には、分からないわ。」

それに答えることは、できなかった。

「どうする?できる?無理なら、予備にもらっておいた文珠があるわよ?」

「・・・」





翌日。

「ちーっす。」

今日も彼らは・・・

end

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