ザ・グレート・展開予測ショー

忠犬


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 2/26)



 雑然とした部屋の中に倒れこんだ。疲れた体を仰向けに横たわらせて、しばし、まどろむ。不明瞭な視界の中に映る、蛍光灯の灯りが酷く眩しい。疲れきってるはずなのに、眠れない―――そんな夜。
 一日の終わりに、全身を包み込む疲労感と共に訪れる睡魔に身を委ねるという、いつものライフワークの崩れは、時として今まで見えなかったものを見せる時がある。
それは、いつかはしなければならないのに後回しにしていた決断しなければならないことであったりする。

 気づきたくもないのに気づかされる現実と、それを変えるべく起こす行動に伴う代価への恐れ。

 結論を探していた。―――答えは決まっているのに。



 






 街角に建つ古びた喫茶店の中で、頬杖付いて考えてた。
 がらがらに空いた店内の中の奥の席。眩しすぎるくらいに光の入る、そんな席。
 目の前に差し出されたコーヒーの湯気の行き先を見つめながら、雑誌に目を通す彼女を一瞥する。
 一瞬、視線が合った。
 視線を逸らす。何を話すわけでもない、いつもの彼女らしからぬ仕草。違和感。
 特に何を思うわけでもない。意外だとか、思う範疇のものでもない。
 言葉はない。気まずくもない。自然に流れる二人の空気。
 湯気の先がガラス窓の向こうの街の景色に向かう。ただ、そこを見ていた。人通りの少ない時間帯だから、往来もない。
 店内のBGMはオルゴールの音だけ。それ以外は無音だった。

 だから、よく響く。俺の鼓動も、彼女の息遣いも。
 すぐ傍にいるから、例え見てなくても、分かる。

 「先生」

 彼女が、呟くように俺を呼んだ。

 「何だ?」

 俺は外の景色を眺めるフリをしながら聞いた。意識を、ただ、彼女の次の声に向けながら。

 「拙者は」

 声がそこで途切れる。苛立ちを押し殺す。興味のない素振りをしながら、俺は言葉を待った。

 「・・・先生についていくでござるよ」

 きっと、そう言われた時の俺の顔は間抜けだったろう。
 付いていた肘が崩れて、頭が机に突っ伏した。

 「先生っ!?」

 心配そうな眼差しで俺を見つめながら、彼女が俺の頭を撫でる。目だけを彼女に向けながら、机に上半身を預けたままで先を促す。

 「俺についていくって・・・?」

 「独立するんでござろう?」

 「あ・・・ああ」

 誰も信じてはくれなかった。一笑に付された宣言。

 「拙者は・・・先生の弟子でござる。だから、先生が独立するのなら、拙者も先生についてゆくでござるよ」

 彼女は笑っていた。明るい笑顔。

 「分かって言ってるのか?―――はっきり言って、俺一人でも食っていくのに辛いと思うんだ・・・信用もないし、成功するとも限らないんだぜ?聞いてたんだろ?昨日、美神さんが言ったこと」

 『あんたがどんなに頑張っても、信用も何もないような人間の言うことを誰が信じるものか』と、そう彼女は言った。
 GSとしての名家と言っても良い美神の名を持つものだからこそ、自分は成功したのだと彼女は言った。そうでなければ、どうして二十歳にも満たない娘に依頼が来るだろうかと。
 もしも、独立する気なら、美神の事務所の出身であることを名乗るな、とそう彼女は付け足した。
 そう言えば俺が彼女の下に留まると思って言った言葉なのかもしれない。それでも、俺は彼女のもとから離れるつもりだった。
 その場では偽りの笑顔で、誤魔化した。『冗談』という言葉で。酷く虚しい思いを抱きながら。
 そこにあったのはぬるま湯だった。居心地の良い、日常になってしまっていた非日常。あの場所に居続けることが出来たなら、幸せでいられたかもしれない。弱い自分を受け入れてくれるあの場所に居続けたならば。
 束縛と、自由。そんなことを考えてた。―――自由であることが幸せであるとは限らないし、束縛の中にある幸せは保証されている。
 束縛は俺が俺のままで居続ける事。それは、彼女らの中の俺で在り続けること。
 変わってしまう俺を受け入れられる事無く―――俺と言う弱い存在で在り続けること。


 全てを壊して、新しい今を築きたい。俺を認めさせたいだとか、そんなことではなくて。ただ―――変えたかった。
 今を―――






 「拙者は、先生と一緒にいるでござるよ」

 「あのな?シロ・・・」

 聞き分けのない子供のようだ。きっとこいつは俺の懸念も、話していることの意味も分かっちゃいないだろう。ただ、俺を笑顔で見つめている。

 「拙者、何も要らないでござる」

 そう、笑顔でだ。

 「は?」

 戸惑う俺を見つめてるんだ。

 「拙者、何でもするでござるよ」

 何も分かっちゃいない子供のように。

 「・・・あのなぁ」

 呆れる俺を無視して。

 「だから・・・、先生のお傍に置いてくだされ・・・」

 頼み込んでくるんだ。

 「シロ・・・」

 こいつは、本当に何にも分かっちゃいない。分かろうとさえしない。


 でも、何故だろう?

 俺自身を誰よりも純粋に分かってくれている気がしたんだ。

 ただ、純粋に俺の事を信じてくれている。―――それこそ忠犬のように。

 「・・・肉、食えなくなるからな、覚悟しとけよ、馬鹿犬・・・」

 「お・・・狼でござるっ!!」

 冷めたコーヒーは不味かった。そんでもって、苦かった。向かい合わせ、紅茶を口に運ぶ彼女の顔は笑顔だった。

 こいつ、紅茶好きにだったのかな?

 俺はそんなことを考えてた。そして、気付く。
 俺は、彼女のことを何も知らないのだと。


 





 俺は頭が悪いし―――きっと、彼女の味わってきた苦労なんて知らずに、身勝手なことを言おうとしてるんだろう。
 怒っても無理はないし、裏切り者とけなされても仕方ないと思ってる。
 それでも、今更やめる気はない。

 「美神さん」


 ポケットの中に入れた封筒に触れながら、決める。
 誤魔化さない、と。

 俺と彼女の未来のために。

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