BIRTH(U)――誕生――
投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 2/26)
「どうかしたんですか……? 横島さん」
休日に珍しく教会を訪ねた俺を迎えたピートは、開口一番、こんな事を訊ねてきた。
「いや……まぁ、な」
適当に受け流し、礼拝の最中であった教会の中を睥睨する。無償で除霊作業を行う唐巣神父は、多くの人々に慕われている。小さな教会の中では、相当数の人々が聖歌を唄っていた。
皆、幸せそうな顔をしている……
「横島さんもどうですか?」
笑顔で賛美歌集を手渡してくるピートを手で制して、俺は賛美歌を聴いていた。唄われているのはよく聞く『降誕』の歌であったが、その歌詞の一節が俺の心に引っかかった。
(もろびとこぞりて……称え奉れ……か)
思いに沈んでいる間に、賛美歌は終わっていた。唄っていた人々が席に座り、自然と、隅に立ったままの俺とピートが目に付いた。唐巣神父が、俺を見つめている――
『いいんだよ――』
その眼は、そう言っているように見えた。
「…………」
俺は無言で席に着いた。隣に座るピートから手渡された聖書を読む事もせず、ぼんやりと空間を見つめる……
(称えられる生……か……)
ぼんやりと浮かんだそのイメージは、何故かとても大切な物のように思えた。――俺が忘れていた、何か、とても根源的な事実であるように思えた。
弛緩した空間の中に映る唐巣神父は、神の愛について語っていた。いつものように、その温厚で、温かみのある声音で。ひたすらに迷い、苦しみ、それを乗り越えた者の声音で……
(愛……か)
俺の愛は、何処に向いているのだろうか……
隣のピートが、こちらをチラリと見たのが分かった。
俺の愛……決まっている。――彼女だ。
隣人愛、家族愛――愛にもいろいろな形があるらしい。俺が彼女に対して抱いている愛は、その中のどの愛なのだろうか…… そして――――
俺は……『なれる』のか?
「横島さん……」
「ン――?」
ふと横を見ると、ピートが俺の手を握っていた。
「愛とは……一人だけに与える物ではないんですよ?」
「! お前、何で!?」
俺はその腕を振り払い、思わず反対の手に持っていた聖書も取り落としていた。――心中の言葉に答えを返されたという驚愕と、その内容に。
「図星でしたね?」
ピートは言うと、悪戯っぽくクックと笑った。
「……テメェ……」
内心冷や汗をかきつつ、俺はピートを睨み据えた。――許せなかった。俺の心を、キリスト教的な博愛精神で語って欲しくはなかった。
「……いや、横島クン。ピートの言っている事は、一面では正しいよ……」
「神父……!」
突如として上から降って来た声に回りを見渡すと、もうとっくに礼拝は終わっていた。あれだけいた人々は何処かへ散らばり、教会内にいるのは既に俺たちだけになっていた。
「……どういう事ですか……神父」
俺は立ち上がった。――神父と、眼の高さをあわせる為に。上からあの透明な眼で見つめられると、この人には何もかもが見透かされてしまいそうな気がする――
初めてだった。唐巣神父に食って掛かったのは。
「俺は……アイツと天秤にかけてるワケじゃない……!」
「そもそも、その天秤という事が間違っている。君が妙に夕日を避けているのは、君の彼女から聞いたよ……」
「――!」
その言葉は、俺を座り込ませるには充分な力を持っていた。――ペタンと、力なく座席に座り込む。俺は、そのまま頭をかかえた。
「それ以外に……それ以外にどうしろって言うんですか!? 見たら思い出しちまう――俺は裏切るコトになっちまうんだ!!――それでも、あの時間になると思い出しちまうんですよ! それを――どうしろって言うんですか!?」
悲痛な叫び声が、口腔から漏れ出でる。その奔流を止める事が出来ない。
「俺は……最低の奴なんだ――結局、アイツを忘れる事も出来ない! 彼女を愛してるって言っておきながら、結局はまだ吹っ切れてもいないんですよ!?」
そして、
衝撃。
左頬に激痛が走り、口腔内に錆の味が広がる。もんどりうって椅子から転げ落ち、俺は呆然と、俺を殴り倒した唐巣神父の右腕を見ていた。
「横島クン……君は間違っている」
その右腕は……震えていた。
「『俺がアイツを忘れられないから彼女が苦しむ』だと? 思い上がりも大概にしたまえ……彼女が苦しんでいるのは、そんな理由じゃない!」
握り締めた拳から、血が滴るのが見える。
「彼女は私に言ったよ――私に遠慮して、彼にあの人の事を忘れて欲しくない――とね! 横島クン。君が悩んでいる事は誰にとってでもない……それ自体が、彼女にとっての苦しみなんだ!!」
――――!
なん……だと?
「……殴って、すまなかったね」
神父は言い、俺に手を差しのべた。
その手を……俺は握る事が出来なかった。
先刻聴いた賛美歌が、頭の中で回転している。――『諸人挙りて称え奉れ。主は来ませリ』――
「横島さんも、もうちょっとしっかりしなくちゃいけませんね」
苦笑を隠しつつ、ピート。神父と二人で俺の手を無理矢理握って引っ張り起こしつつ、その愛嬌のある顔には薄い微笑を張り付かせている。
「まったくだよ……」
先程の厳しい表情とはうって変わった、唐巣神父の大きな笑顔が目の前に映る。目じりにうっすらと浮かぶ涙には、何がしかの感慨すら見て取れた。
俺は無理矢理にその場に立たせられ、脇に置いていたヘルメットを被せられた。バイク用のヘルメットは大きく重い。いきなりの重心の変化に、身体がわずかにふらつく。
「行きなさい。横島クン。もうすぐなんだろう?」
「そうですよ、横島さん。僕にもちゃあんと紹介してくださいよ?」
言って、唐巣神父は一枚の紙片を俺に手渡した。見ると、『白井総合病院』とだけ記してある。
「――神父、まさか――」
「早く行きなさい。横島クン。それと、携帯電話くらい持ち歩くようにね。先程、教会に電話がかかって来た」
「横島さんが家を出た、すぐあとだそうです……」
握り締めた。……紙片を。
「神父……ピート。ありがとう!!」
本気で。
俺はそれだけを言い、教会から走り出た。その前に、神父とピートが短く笑いあうのが聞こえたような気がしたが、もう足を停める事はしなかった。
「しかし……横島クンもよくよくそそっかしい……」
「もう少し、何とかなればいいんですけどね」
そこで一拍。恐らく、挟まったのは苦笑。
「もうすぐ……パパになるんですし」
★ ☆ ★ ☆ ★
俺は分娩室に急いだ。フロントで聞いた分娩室の場所は、病院のかなり奥まった場所にあった。
病院内である事をも忘れ、走る。こんなときでも走りにくいライダーブーツに舌打ちし、ヘルメットを投げ捨てて走る。松葉杖の患者をかわし、老人と衝突しかけ、ただただ走る。
もう、迷いはなかった。
そして、別の意味での迷いすらも、既になくなっていた。
疾る。ただこの他にすべき事はない。
漸くたどり着いたとき、『分娩室』のプレートに灯っているはずである緑の光は、既に消えていた。
迷いなく、ドアを押し開けた。
「おや……お父さんですか?」
中年の医師。その医師の、若干の揶揄の篭った微笑。その微笑を受けて猶、俺が反応したのはただ一言。『お父さん』―― 俺はその医師の胸倉を掴みかねない勢いで捲くし立てた。
「無事……ですか?」
その言葉には色々な意味が篭っている。捲くし立てるべき言葉は、他には見当たらない。――ただ、医師は当然その中の意味のひとつ――最も一般的かつ単純な意味ととったであろう。
「ええ。母子ともに無事ですよ…… 今はもう、病室と無菌室に移動させましたよ」
にっこりとした顔で、俺の肩を叩く医師。そして俺の手を取り――『新生児室』と書かれたプレートのある部屋の前に連れて行ってくれた。
「見えますか? あれが、あなたの赤ちゃんです」
その言葉だけを残して、医師は去っていった。部屋のドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
ガラス越しの……『初対面』だった。
「…………はじめまして。俺の赤ちゃん」
俺は……自然にそう言っていた。
自然にこぼれる笑みの中、俺は全てを背負う覚悟を固めた。
彼女にも謝ろう――変な心配をさせてしまった事を。そして、お礼を言おう――こんなにも温かい……希望を生み出してくれた事を……
「……なぁ?」
ガラスの向こうのアイツは、今はただただ静かに寝息をたてていた。
――THE END――
今までの
コメント:
- 敢えて四の五の言うつもりはありません……
楽しんで読んでくだされば幸いです (ロックンロール)
- 未来への希望が見え隠れするエンディングって大好きです(爆←挨拶)。妙に気に遣っていたことが逆に「彼女・奥さん」を苦しめることになっていたということを気づかされた横島クン;教会に入る時と、病院に向かうために出て行く時の表情の明らかな違いが想像できる気がします。唐巣神父のお説教と、5年を経てだいぶ落ち着きが見られるピートが良いですね。更にパパとなった横島クンとその家族に幸あれ...投稿お疲れ様でした♪ (kitchensink)
- 踏ん切りつけるには熱い鉄拳制裁。BY唐巣神父
お互いの事を思い合い、すれ違ってしまうのは時にとても美しく見えます。当人達にとっては真剣なんでしょうけど、他人から見ればそのすれ違い自体さえもどこか幸せの一部分、見せられてるようで。
生まれてくる子供と、失った大切な人。
全てを背負うと言う言葉に、過去に失ってしまった彼女と、今の愛する彼女の二人を愛することを決めたという、彼の強い気持ちを感じました。
自然にこぼれる笑み―――いいなぁ・・・何かいいなぁ・・・ (veld)
- 何か、淡々としてるのに妙に熱いパートがあるお話ですねw<鉄拳制裁
普通二股ってのはNGなのが常識ですが、片方が死人なら許容範囲って考えは、もう片方次第ですよね。
そんな彼女が欲しいなあw
いや、昔の彼女が死んだとかそういうことはありませんがw (NAVA)
- お互いが思いやることでお互いを傷つけてた横島夫妻(奥さんは誰かな?)
その事実に気付かせた神父の鉄拳制裁に一票!
やはりこの人の拳には人を諭す愛がありますね♪ (ユタ)
- 唐巣神父がかっこいいですよ?
若いころの神父がかっこいいのは重々承知の上でしたが
今の神父がこんなにかっこいいキャラだったとは・・・・・
人を諭すときにグーの拳をフルスイングできるのは今の神父しかいませんね。
(他のキャラだと平手打ちになりそうな。) (ハルカ)
- 横島君も五年たつと大人びて見えます(実際大人ですが(笑)。
やっぱり明るく振舞っていること―――恋人の前で―――が横島本人だけでなく恋人も苦しめていたということが伝わってくるようでした。
それにしても横島がパパか・・・(驚)。
投稿、お疲れさまでした。 (NGK)
- 皆様、コメントありがとうございます。この話は、三部作のその一として構想していたモノで、実際既にその二は書き始めております。テーマ的に暗いテーマですが、お付き合いいただければ幸いです。
それでは、コメント返し参ります。
キッチンさん江
この話は、初めからハッピーエンドで纏めるつもりで書いていました。やはり『誕生』に付随する感情は『未来への希望』であるべきだと思いましたので……
veldさん江
横島の笑みは裏テーマです。このテーマにおける『誕生』は、ただ単純に横島の子供の『誕生』というワケではなく、新しい横島自身の『誕生』という意味を持たせたつもりです…… (ロックンロール)
- NAVAさん江
横島と同姓であり、尚且つ横島に説教が出来る人物といえば、唐巣神父しか思い当たりませんでした。肉体的な痛みには心の葛藤を一度ゼロに戻すという意味があったのですが……何か皆様、神父の鉄拳に過剰な反応をしているような気が……(汗)
ユタさん江
私の頭の中では、奥さんは既に決まっております。出しませんが。この配役は、一貫して決まっていると思いますので、案外私の他の話などに答えがあるかも知れません。 (ロックンロール)
- ハルカさん江
人生の先輩として、唐巣神父には横島を一度殺して再び『誕生』させるという役割を担って貰いました。となると、どーしても格好良いという表現になってしまうんですよねぇ……(汗)
NGKさん江
私はいつもそーであるような気がしますが、今回、意識して横島の心中は大人っぽく書きました。雰囲気がシリアスという事もあるのですが、どちらかというとテーマ性の問題であるかも…… (ロックンロール)
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