ザ・グレート・展開予測ショー

スピード・フリーク!!


投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 2/25)


 それは、道具としてではなく作品として作られた。
 それゆえにか、道具には不必要な意思とでも言うべきものを、初めから兼ね備えていた。
 その意志は純粋であり、自らの存在理由を誰よりも正確に知っており、それを誇りとしていた。
 それには、あまり時間の概念は無かったが、それにしても長い時間封じられていた。
 しかし、それは今自由であり、何者にも縛られず、煩わされることも無く、自分が自分である為に、ただただ大空を翔けていた。
 
 それの名は、<炎の狐>といった。

 美神令子は特注のフライトスーツに身を包み、右手には<青き稲妻>と呼ばれる魔法の箒を携えている。
 彼女の後ろには、まるで追剥ぎにでも遭ったかのような表情を浮かべた男が二人、襤褸切れのように転がっている。時折その口から、「外交問題に……」「重要文化財を……」というような言葉が漏れているが、果たして彼女の耳に届いているのかは疑わしかった。
 無線で交信していた美神の声に、緊張がはしる。しばらく緊迫した声でなにやら指示を出してから、無線をきった。
 交信を終えた彼女は、おもむろに<青き稲妻>にまたがると空を見上げる。その頭上には、どこまでも高く空が横たわっていた。
「緊急発進!! 行け!! 青き稲妻!!」
 高らかに宣言をする美神をその背に乗せ、<青い稲妻は>ほぼ垂直に大空めざし翔け上がっていく。
 
 ほんの偶然から手に入れた今の幸運を、<炎の狐>は十分に享受していた。
 解放たれた野鳥のごとくに、大空を駆け巡り、その広大さからくる自由とでもいうべき感覚を楽しんでいた。
 そう、まさに<炎の狐>は人を乗せ、速く飛ぶ為にこそ作られた芸術品だった。
 途中で調達した人間を乗せ、大空の覇者のごとくに翔け続ける。まるで止まることが、死ぬことだと言わんばかりに。
 しかし、甘美な時間は唐突に破られる。
「美神さんだ」
 突如、背中に乗せた人間がぼそりと呟く。
「美神さんがいる……そこに」
 続けざまに呟くが、<炎の狐>には何の事か分らない。背に乗せた人間は、自分が飛ぶ為に必要なオプションに過ぎず、たまたま丁度いい体格で適正体重、その上に見た目より頑丈そうであった為に、文字通り偶然乗り合わせたに過ぎない。
「よく見ろ……美神さんがいるぞ。見るんだ」
 拉致も同然に、この異常な状況に放り込まれた為か、箒の背にまたがる青年はまるで夢の中にでもいるように、繰り返した。
 無論、周囲にそれらしき影などは無い、<炎の狐>は青年の呟きを無視することにした。
 しかし、美神令子はすでに後方1キロの地点にまで、肉薄していた。

 <青き稲妻>に跨る美神令子は、前方1キロ程を飛ぶ<炎の狐>を目視確認する。念には念を入れ、高層ビル群の影を縫うように追跡する。おそらく、向こうからこちらを発見するのは、かなり困難だろう。
 こちらはロスの多いコースをとる事になるが、彼女にはそれなりに成算があった。
 <炎の狐>は、自らの意志で飛行することが出来るが、今背に乗せている人間――おキヌからの報告では、なぜか横島らしいのだが――は、箒の扱いは素人だ。<炎の狐>にとっては、飛行時のバランスとり以外役には立たない。
 そのうえ、今は飛ぶという行為に執心する節もあり、速度はそれほど出ていない。
 対するこちらの<青き稲妻>は、意志がない分、パイロットの念波に対する反応が早い。乗り手次第で、一流にも三流にもなる箒だ。
 であれば、向こうが最高速度で振り切る前に、パイロットとの連携が勝負の鍵を握るドッグファイトに持ち込めばいい。
 美神の先程からの感触では、どうにか勝負にはなりそうであった。

 突如、<炎の狐>の左斜め前方の高層ビルの陰から、<青き稲妻>を駆る美神が急襲。
 右手をいっぱいに伸ばして、横島を引っぺがそうと試みる。
 間一髪で<炎の狐>は、右急旋回で回避。そのまま弧を描きつつ、美神が正面に来るように位置取りをする。
 急な機動に対し、心の準備の無い横島は瞬時に気絶。
 最大速度での急襲をかわされた美神は、ブレーキをかけつつ半回転。正面に<炎の狐>を捉える。
 互いが正面を向きつつ、推力最大。
 伸びきったゴムの先にくくられているかのように、一瞬だけ停止し、その直後、弾かれた様にお互いに向かい突っ込んでいく。
 異常なまでの相対速度のなかで、美神、再度のアタック。右腕が横島のワイシャツを掴むが、無残に破けてしまう。
「ちいっ!」
 美神が舌打ちをしている間に、高層ビルが彼女の目前に迫る。
 接触した横島の体がふらつき、<炎の狐>はそのまま錐揉み状態に突入。地面に向かってダイブ。
 美神は、目の前にビルを確認した瞬簡に、再度フルブレーキ。さらに後退をかける。
「うう……」
 急激にかかった不自然なGに、胃が飛び出しそうな不快感が美神を襲う。 
 鏡面のようなビルに、自分の姿が映りどんどん近づくが、速度は徐々にしか落ちない。
 強引に<青き稲妻>の先端を持ち上げ、箒の腹をビルに向けるようにし、機体そのものでエアブレーキをかける。
 強烈な制動をかけた為に、一瞬呼吸が止まる。 
「――くうっ――かはぁっ!!」 
 強引に肺腑の奥まで空気を吸い込むとほぼ同時に、急激にスピードが落ち、ビルの壁面を天に向かって駆け上る。
 衝撃で割れた窓ガラスが尾を引くように、地上に向かって流れ落ちていく。
「――あががががががが――」
 気が付けば横島は訳のわからない錐揉み状態にあり、自分が置かれた状況を理解する間も無くブラックアウト。再び気絶。
 アスファルトに熱いキスをする寸前に<炎の狐>は機体を立て直し、間一髪で再び空に舞い上がる。相手の力量を感じ取り、空中戦では分が悪いと判断、<青き稲妻>を全力で引き離しにかかる。
 逃げをうった<炎の狐>に対する美神のポジションは最悪、全てにおいて、完全に出遅れた。
 無理と分っていても、全速力で追いかけるがしかし、どう足掻いてもスピードでは敵わずにどんどん引き離されていく。
「こ……これはもー、おいつけそーにないわ……! どうしよう……」
 事実上の、美神の敗北宣言だった。
 
 遥か先行く<炎の狐>は、全力で疾駆する。
 とにかく速く。速く! 速く!! 速く!!! ただひたすらに、速く!!!!
 



 ――そして、<炎の狐>は同乗者もろとも風になった――

               


                 Fin

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