ザ・グレート・展開予測ショー

Fire-Grace


投稿者名:来栖川のえる
投稿日時:(03/ 2/23)


少年の頃は、夏が好きだった。
涼しげな朝の地平線から昇っていく真夏のまぶしい太陽が好きだった。
耳を澄ませば聞こえてくる虫達の鳴き声が好きだった。
夏は終わらない。
その人の心に希望の日差しが差し込んでいる限り。




             ―――『Fire-Grace』―――        来栖川のえる





 夏は思ったより短いものだ。
7月は初夏とは言うが、初めは雨が多い。8月も下旬になればあの蒸し暑かった夜が嘘のように涼しげな風が吹く。
本当に「夏」を感じられるのは、1ヶ月もない。浴衣を着て花火を眺める頃、それはもう夏の終わりを告げているのだ。

7月下旬頃から照りつける、あの肌を焦がす真夏の強い日差しは、今でこそうっとうしいが、少年時代は僕らをやさしく包んでくれただろう。

「夏」は知らない間に過ぎ去っていくものだ。
だけどあの年は、「夏」が終わっていくのをはっきりと感じたような気がした。



「夏子!横っち!早くせんと花火始まっちゃうで!」
「ちょっと待ってふへほーっ!]
俺はあわてて今食べていた焼きそばを口の中に押し込むと、ごみを捨てて銀ちゃんの所へかけていく。
「花火は河原でやるらしいよ」
「ほな、出発ーーーーっ!」
夏子と銀ちゃんが駆け出す。俺もそれを追いかけるように走り出した。

―――銀ちゃんは、明日遠くへ引っ越してしまうらしい。明日の準備など、いろいろ忙しいこともあるのだろうが、銀ちゃんは最後に思い出を作りたいからと、みんなで町内の夏祭りに出かけることにした。

夏の夜独特の気持ちのよい風の吹く中、僕らは花火大会が行われるというかわらに急いでいた。
この町の花火は中々評判がよく、遠くからも結構人が来る。
僕らがかわらにつく頃には、大勢の人が河原に集まっていた。
「うわー混んどるなあ」
「ほんとねー」
二人は肩で息をしながら、同時にため息にも似た声をもらす。
「もっと前の方行かんと見えへんなー」
「・・・どうしたの、横島?」
ずっと黙ってる俺が気になったのか、夏子が俺にあの優しい口調で問いかけてくる。
「ん?いや、なんでもあらへんよ」
俺はあわてて平静を取り繕う」
「・・ヘンな横島。行こっ」
夏子はその小さな手でふわりと俺の手を握ると、一人で先に行ってしまった銀ちゃんを追って歩き出す。
俺は子供心に恥ずかしかったが、そのまま下をうつむいて歩いていた。
夏子の暖かいぬくもりを手に感じながら・・・

・・・ドーン!

突然大きな音がしたかと思うと、黒く澄み渡っていた空を、色とりどりの花が照らしていた。
「いけない、はじまってもうた」
夏子はそういうとあわてて前のほうにいるだろう銀ちゃんを探す。
「こっちや、夏子」
銀ちゃんは人ごみの中で、手を振って自分のいる場所を示していた。
俺はあわてて握っていた夏子の手を離す。

「きれいやなー」
「ほんまになー」
二人は、口をあんぐりあげて去年も見たはずの花火を見上げている。

毎年見ていても飽きないところが、花火の凄いところだと思う。その年の夏の出来事、吹いている風、天気、そういったもろもろのことで、いろいろな表情を見せてくれるからだ。
そして、見ている僕らを優しく抱擁してくれる。



銀ちゃんと、夏子。屋上で二人、話してた。
夏子のことは、前から好きだった。
夏子の声も。
夏子の香りも。
夏子の仕草も。
だんだん自分がとりこになっていくのが分かった。
でも、夏子には何も言えなかった。
・・・3人の関係を、くずしたくなかったから。
この「自分達の世界」が崩れるのが嫌だったから・・・

想いを告げようか告げまいかずっと迷い、あがいていた。壊したくない世界。でもいつかは告げなくてはならないと思う自分。そういう漠然とした感覚が、長い間自分を支配していたような気がする。
・・・・結局最後まで言えなかった自分は、勇気がなかったのだろうか?


涼しげな風が俺のとなりを吹き抜ける。絶え間なく上に上がり続ける花火は、俺達の顔を照らし出す。
「夏」は短いものだ。始まったと思ったら、すぐにするりと抜けてしまう・・
恋は必ず憂いを抱きながらも、自分の心の中でどんどんふくらんでいく。
自分の意思とは関係無しに、とどまることを知らずに・・・



ドーン!ドーン!

花火が上がる。あたりが優しい光に包まれる。
半そでの自分を、ひんやりとした風が撫でて行く。

俺はさっきまで夏子に握られていた手を、空に向かってかざしてみる。



――――自分の手越しに上がる花火を見ながら、俺は夏が終わって行くことを感じた――――






少年の頃は、夏が好きだった。
涼しげな朝の地平線から昇っていく真夏のまぶしい太陽が好きだった。
耳を澄ませば聞こえてくる虫達の鳴き声が好きだった。
夏は終わらない。
その人の心に希望の日差しが差し込んでいる限り―――――



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