ザ・グレート・展開予測ショー

Winter screen on the air


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(03/ 2/20)

 雪の降り積もる街。灰色がこびりついた空。そこいら中、舞い散る雪。
 『雪が綺麗だと』思えるのは、『思ったその人が綺麗だから』だと、気づいた。
 雪は、残酷なぐらい白くて。
 ちょうど、土をぐちゃぐちゃにする要領で、触れた者の汚れを際立たせる。
 雪は、リアルなほどに冷たくて。
 どんな情熱も奪って、しかも無責任に消えてしまう。
 『綺麗な人』じゃなけりゃ、雪に感動したりできない。今の自分は、綺麗じゃない。
 ちょっと前までは、雪はあんなに綺麗だった。無邪気な美しさがあったんだ。
 頭に圧し掛かる暗い空をもう一度見上げて、もう一度俯くぐらいしか、やることもなかった。

Winter screen on the air『冬の銀幕、開演』

 理由はつまらないことなのであえて端折るが、シロは家出した。
 たいていの場合、家出の理由なんてものは、余人にとってはつまらない理由だろうが。
 しかしこのケースは、シロ本人にとっても、つまらない理由には違いなかった。
 それはつまり愉快な理由じゃないという意味だが、愉快な家出というのは一応、ある。
 夢のため、愛のため、この世には犠牲を払わなきゃいけない時がある。
 家族を棄てて夢や愛に生きるというのは、選んだ道なら、自分には愉快な家出だろう。
 しかしそうじゃない。愉快じゃない家出――夢も希望も無く、雪の街に飛び出した。
 それは彼女が自らに絶望して居場所を棄てたということを意味する。
 そんな彼女に、雪が美しく見えるはずも無い。そういう仕組みになっているのだから。
 雪は自分を移す鏡だ。自分に絶望した者の瞳には、絶望しか映らないようにできていた。
 そんなわけだから、彼女はできれば、雪を見たくはなかった。見ると気分が良くない。
 だが、街中どこを見つめたって雪が積もっている。天候ってのは平等なのだから。
 平等ってやつは、シロが想像していたのよりよっぽど性悪な代物だったというだけだ。
 家出してブルーになっている子供に対しても一滴の情けもかけないほどに、だ。
 段々シロは気持ちを消耗して、その場にうずくまってしまった。
 冷たい雪が、少しずつ彼女を囲んでいった。シロは雪を払う気も起きず、ジッとした。
 死にたくなければ払えば済むことだが、雪を払ったところで、生き残るアテもなかった。
 このまま死ねば、悪あがきして死ぬよりは手間がかからなくていいなと思った。
 けれど、そうはならなかった。雪が途中から、シロにかからなくなったからだ。
「ずっと不思議だったのよね。その赤い前髪。でも、雪山で遭難しなくて便利ね」
 真っ白なシロの前髪だけが、雪景色に映えて、わかりやすい目印になっていた。
 声の主はタマモだった。傘を差してくれているのも。
「お前……なんで?」
「偶然通りかかった。――なぁんて、ロマンチックな展開だと思う?
 とりあえず寒いからさぁ、おそば屋さんに付き合ってよ」
 いつもは絶対にやらない馴れ馴れしい手つきで、彼女はシロを誘った。
 最後にこう付け加えて。
「一緒に帰れとは、言わないからさ」

「なんにするの?」
「肉うどん」
「あそ。じゃ、あたしもそれね」
 驚いたことに、タマモはキツネうどんを頼まずに、シロに注文を合わせた。
「……連れ戻しに来たんでござるか?」
「んーん。言ったでしょ、一緒に帰ろうとは思ってないって」
 軽く言って、やってきた肉うどんをつるりと一啜りする。
「アンタの想像より薄情で申し訳ないけど、去る者は追わないわ」
 偶然通りかかったわけでもないし、連れ戻す気もない。不思議なことを言うものだ。
「不思議そうな顔をするとこかなぁ? あたしって結構考えて動いてるんだけど」
 シロの考えを見透かして、タマモは強い口調で言った。
「……拙者になんか用があるんでござるか?」
「別に。あたしに用があるのはアンタのほうでしょ。そう思って捜してやったのよ」
 ますます不思議なことを言う。相手が用があるだろうから会いに来る?
「アンタ、やる気あるの?」
 やる気。なんのやる気だ。全てに絶望して逃げ出した相手に、何を言っている。
「何を言ってるのか、解らないでござる……」
「ふ。なぁんだ、やっぱりそんなもの?」
 なぜか、勝ち誇った笑みを、憐れみ混じりに浴びるシロ。どういうことだというのか。
「意気地なし、ってことでしょ」
 会心の一言に、他ならぬタマモ自身が一番興奮して、続ける。
「二度と帰ってこないなら、一言そう断らなきゃ、相手に迷惑でしょーが!」
「え!?」
「死ぬんなら、人目につかないとこで死ななきゃ、誰が後始末するってぇのよ!!」
 タマモは凄い勢いでまくしたてた。
「わざわざサヨナラを聞きに来てやったのに、アンタには別れる発想もありゃしない。
 死ぬなら死ぬ気で死になさい!! 助けてもらうつもりがあるから簡単に見つかるのよ。
 死ぬってどんだけ難しいか解る? どんだけ簡単か解る? どんだけつらいか…!!」
 必死の形相でシロの胸座を掴み、まだ叫び続ける。生と死を幾重も繰り返した妖狐が。
「自分の命よ? 捨てるも拾うも自分の勝手。それを責めはしないわ。
 だけど責任てモンがあるでしょうが!? 消える前に一言、世話になった、とか言え!!」
「……それは――」
「解ってるわよ。見つけてもらって帰ってくるつもりだったからでしょ。
 あたしは帰ってきてほしくないわよ。アンタがいないと部屋が独り占めだもの」
 みもふたもなく、そう告げる。
「な……なんでござるかその言い草は!? 拙者には部屋ほどの値打ちもないでござるか」
「あると思ったの? だったらもう少し生きたら? 今のままじゃ証明できないわよ?」
「……う、うーん……」
 いくらなんでも、これはタマモの策略であることぐらいシロにもわかる。
「まあ、証明されるまでの間は迷惑なんだけど」
「まだ言うか貴様は…!!」
「誰かの役に立つ、なんてのはオマケみたいなとこあるじゃない。
 みんな自分のために生きてるんだから。それが原点でしょ」
「タマモ……」
「もう一回、言うからね」
 一呼吸の間を置いて、言葉が漏れる。
「一緒に帰ろう、とは言わないわ。どこに行こうが自由だもの。
 でも、自分の値打ちも自分で決められないうちは――死ぬ資格はないよ」
 ぽんっ、とシロの右肩を左手で叩いて、タマモは最後にもう一言言った。
「じゃあね」
 それで、タマモとシロは別れた。

 けれど、シロの心には『引っかかり』が残った。

 ――タマモは、殴ったり乱暴なことは一切しなかった。
 その代わり、殴るよりも手厳しい仕打ちをした。
 シロが欲しがった言葉――帰ってきてほしい――をかけないという仕打ちを。
 それは彼女がシロのためには生きていないからで、彼女が彼女のために生きるからだ。
 ――タマモは、「シロが必要だ」とか失意のシロを慰めるような言葉は一切言わなかった。
 その代わり、薄っぺらい言葉よりも重い訴えをシロにぶつけた。
 自分のためにしか動かない彼女が、シロに対して生きろと指図する。
 それは百の言葉で語るよりも、彼女がシロを必要としている証明になった。

 雪は相変わらず冷たいが、もう、残酷ではなくなっていた。
 どこかの口下手なルームメイトのように。
 そう思えば、空も前ほど暗くは感じなくなっていた。今の雪には透明感さえ感じられた。


 シロは事務所の前まで戻ってきた。すっかり雪まみれの横島達が玄関先に集まっている。
 シロは雪積もる地面に伏せて頭を垂れる。
「拙者、自分を甘やかしていたでござる。逃げ出してしまって…」
 謝るつもりで戻ってきたのに、やはりいざとなると、巧い言葉は出てこない。
 言葉を詰まらせたシロに、横島が静かな歩調で近づいた。
「お前を庇った怪我、お前が看病してくれるのが当然じゃないか。武士のくせに無責任な奴だ…!」
 意地悪い笑みを浮かべて、冗談交じりの言葉を紡ぐ横島。
「め、面目ないでござる!」
「ダメだ許せん。師匠を見捨てた薄情者め。…けど、まー」
 まだ伏せていたシロを、横島は降り積もる雪から庇うために上着をかけその上から抱いてやった。
「よく帰ってきてくれたな。おかえり」
「…せんせぇーーーー…………うっ…うっ…」
 遠巻きに見ていたタマモは、両手を軽く持ち上げる仕種をし、呟く。
「やれやれね。帰ってこなくていいのにさ」
 美神もにこやかに言った。
「何を言ったか知らないけど、北風が旅人の服を剥ぐことも稀にある、ってことかしら?」
「『やれやれ』だなんて、タマモちゃんてば凄く疲れたみたいですね」
 それも全てシロのために。キヌもこればかりは、愉快でたまらなかった。
「当たり前よ。あたしは奇跡は信じないし、鼻も凍えちゃったから地道に足で見つけたんだから」
 開き直った彼女の本音も、雪は積もって消してしまうのだろうか。


Winter screen on the air“冬の景色の空” *CLOSEDtheater*

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