ザ・グレート・展開予測ショー

幸せの定義


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 2/19)


「ふぅ・・・」

 吐息が黒く重い雲に覆われた空に散った。薄闇の中を街灯が灯る。温かな光に身を委ね、消えてしまいたい―――そう願う。
 ペンキの色の褪せたベンチに身体を沈め、心地悪い倦怠感に身を委ねる。何処までも沈みこんでしまいそうな思考の果てに訪れる、ひと時の憂鬱。幾度となく繰り返したこととはいえ、慣れる事はない。慣れてはいけないものであるとも思う。
 不意に、こぼれる言葉。―――無意識のうちにこぼれていた言葉。

 「・・・辛いなぁ」

 どれほど叫んでも誰にも届かないであろう声、思い―――夜の帳が全てを覆い隠してしまう。嫌な現実も―――訪れるあてのない希望も―――そう、全てを、だ。

 疲弊しきっていた体を、無理矢理に起こし、唯一、自分の影を作ることの許された空間を出る。ためらいがないといえば嘘になる。それでも、いつまでもここに居るわけにはいかない。

 「ねえ、どうしたの?」

 立ち上がったその時、声が掛けられた。猫撫で声、そう珍しいことではなかった。女の子が一人、夜中に公園でぼんやりとしていれば、気にはなるものだ。どういう心境で気になるのかは、その人によるであろうが―――。
 どうやら、今回の場合は、自分にとって、あまりお近づきしたくない類いの人らしい。自分を中心とした、光の円の中に入ってきた歳若い男―――その顔には、下卑た笑みが浮かんでいた。下心があります、と顔に書いているかのような。
 人を顔で判断するなと言う言葉がある、が、この場合、彼女は無視することにした。

 「何でもないです」

 「何でもないということはないだろ?・・・こんな時間に」

 すり抜けてようとした腕を捕まれる。はっと、振り向くと、そこには先ほどと同じ笑みを浮かべた男が居た。―――振りほどこうとするが、強い力に引っ張り返される。

 「離して下さいっ!」

 答えはない。恐怖よりも、寧ろ、嫌悪感の方が先に来る。
 不快だ―――この場にいることさえも、不快だ。もっと早く帰っておけばよかった。そうすれば―――どうなるものでもないが―――でも、今のこの現状よりは遥かにマシだったろう。

 何となし、思考の中に出てくる『マシ』と言う言葉が、酷く悲しい。どうして、『良い』と言えないのだろう?いつもの自分とは違ってしまっている。後ろ向きに、考えている。
 そう、元気な顔を見せなければならない。
 私が、皆を助けていかなければならないのに。

 「何さらしとんのじゃっ!ワレぇ!!!」

 声が響いた。一瞬、闇が取り払われた気がした。それは頼れる人の声。いや、性格には人ではないけれど。その声の方を向くまでもない、あの人の声。

 「あの・・・離したほうがいいですよ?」

 いっそ、優しいとさえ思える声。自然と口からこぼれた言葉は、自分に危害を加えようとした男へのものだ。―――違和感を感じない、いつもの自分。そう、これが私。
 そう思うと、笑みが溢れる。きょろきょろと、辺りを見回す男は自分の言葉など聞いてはいなかったようだが、忠告はした。闇の中に紛れ、彼の姿は見えない。しかし、声はする。私とは逆に、男は恐怖にとらわれているのかもしれない。
 そんな恐怖など、まるでたいしたものでなかったのだと、きっと、男は思い知ることになるだろう―――恐らくはそう遠くない未来を想像する。そして、漏れる笑み。意地が悪いとは思うけれど―――

 「誰だっ!おいっ、出て来いっ!!」

 声は、静寂を打ち破る。思考に興じていた自分の目も覚める。気付けば、腕は離されていた。さっさとこの場から離れてしまおう、そうも思ったが、彼がどうなるのかが気になる。

 「おいっ、コラっ!!」

 闇に向かって男が吼える、そこから少し離れて辺りで、私は迷っていた。

 「なぁ・・・あいつに何かされたか?」

 声はすぐ傍で聞こえた。先ほどの罵声とは正反対に優しい声。

 「腕をつかまれたけど・・・それだけ・・・」

 「・・・死刑やな」

 「それは・・・やりすぎでしょ・・・」

 「・・・うちの可愛い娘に・・・手ぇ出したこと・・・後悔させなあかん・・・」

 私たちの話し声を耳にして、男は振り向いた。

 「・・・はぁ!?」

 間の抜けた声、彼の目に映ったのは、メキシカンスタイルの服に身を包んだ、空に浮かぶ小さな子供―――身確認飛行物体だった。

 「・・・!?ば・・・化け物っ!?」

 まぁ、普通はそう思うだろう。

 「・・・化け物とはまた・・・言ってくれるのぅ」

 にやにやと笑みを浮かべ、彼―――貧ちゃんは言った。何を思うこともなく、ただ、心のそこから楽しげに。自分に対するその分類付けに対する不満と言うものはないらしい。
 ―――神さんなんやけどな、別に化けもんでも構わんわ。
 呟くように言った言葉にも、面白がるような響きが合った。
 何となく―――ほっとしてる自分が居た。



 彼も私も、彼を見た途端に身を翻し走って逃げ去った男を追うような真似はしなかった。意味がない―――追求し様にも、証拠も何もない。何をされたわけでもないのに、被害届を出すのは無駄足になる。彼はわざとらしく苦々しく言った後で、吹きだした。
 ―――まぁ、これから、三年間はお金に縁のない生活を送ることになるかもしれんけどな―――彼はそう、笑っていった。

 帰路は二人だった。とぼとぼ、そんな擬音の合いそうな歩き方。別に、私は普通に歩いているつもりでも、彼の顔は優れない、それだけで、そうなってしまう。
 
 ―――また、引越しやな・・・―――

 彼は申し訳なさそうに言った。噂はすぐに広まる、まして、女の子と不思議な生き物―――馬鹿馬鹿しい話と一笑に付されるか否か、判別のつけようもない。危険は避けたほうがいい、だから、そうなってしまう。

 別に気にすることないのに―――私はそう言おうとして、止めた。
 
 彼は真剣に私を見ていた。
 
 ―――本当に・・・ごめんな―――

 私は、心の中に温かな何かが宿るのを感じた。
 それをなんと言えばいいのか分からない。でも、少なくとも、悪い意味のものにはならないはずだ。

 気にしないで、じゃ―――ない。


 「有難う―――貧ちゃん」

 ―――何を?―――

 彼は戸惑った様子で私を見る。
 罵倒されると思っていたわけじゃないだろう。私は、そんなことをした事なんてないから。

 ―――『有難う』の真意を掴みかねているのかもしれない。

 でも、分かって欲しい。

 言葉にするのは、難しくて、もどかしい。

 でも、伝えたい。

 ―――不幸の元凶は・・・―――

 「貧しいことは不幸じゃない―――そう、思えたから」

 そう、彼は履き違えているに違いない。
 自分は自分たちを不幸にしているのだと。
 でも、それは違う。
 寧ろ、私たちは、彼にどれほど救われてきただろう?

 ―――でも―――

 「もう、何も言わないで。私たちは、幸せよ?貧ちゃんは?」



 ―――もちろん・・・幸せや―――


 空を一面覆っていた雲が、風に流され、少しだけ隠していたものを彼女を彼に贈る。

 月が―――星が―――光を―――。

 もう、街灯の光に頼ることもなく、道ははっきりと見える。


 「帰ろう?貧ちゃん」

 ―――ああ、そやな。帰ろ、子鳩―――

































 そして彼女は、引っ越した先で自分の運命を変える男と出会うこととなるのだが  ―――それはまた別のお話・・・







 Is she happy? ―――Yes, she is.

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