ザ・グレート・展開予測ショー

冬色の空 〜前編〜


投稿者名:猫姫
投稿日時:(03/ 2/17)




 子供の頃、雪の降る日が大好きだった。
 雪だるま。雪うさぎ。ソリ。かまくら。雪合戦。
 朝早くに家を飛び出して、空が真っ暗になるまで遊んだ。
 真っ暗になったら、家に帰ってご飯を食べながら、その日がどれだけ楽しかったか、どれだけ面白かったか、父上に話して聞かせた。

 遠い、遠い想い出たち。
 大切な、大切な想い出たち。

 それから……それから、もうひとつ。

「ん、ふぁぁ……んー? なんか寒いわねぇ? 窓開いてんのー?」
「あ、すまんでござる。すぐに閉めるでござるよ」
「ん…。いいわよ、別に。………へぇ…雪、降ってるんだぁ」
「初雪でござる♪」

 のそのそと、毛布に包まったまま窓辺にやってきたタマモと並んで、空を見上げる。

 窓の外には、雪。そして、冬色の空。










 −−−『冬色の空 〜前編〜』−−−










「まったく、遊びじゃないのよ!!」

 美神さんの怒鳴り声が耳に響く。

「解ってるの? あんた一人のミスで、全員が危険になんのよ?!!」

 柳眉を吊り上げて怒る、美神さんの顔。
 美しく整ったその白皙が、今は怒りに歪んでる。

 そうさせてしまったのは、自分。そう思うと、胸の奥が冷たくなって、ズキズキする。

「まあまあ、美神さん。シロちゃんも、反省してるみたいですから」

 庇ってくれるおキヌちゃん。やさしい、やさしいおキヌちゃん。
 でも今は、今だけは。やさしくされた分だけ、ますますイタミは大きくなって。

「しょーがないんじゃない? バカ犬なんだから」

 憎まれ口のタマモ。でも、これはきっと彼女なりのフォロー。
 彼女が悪ぶって見せただけ、みんなのシロへの同情が強まるから。

「ま、誰にも大した怪我は無かったことですし、今回はこのくらいで」

 先生。大好きな横島先生。
 強くて、あったかくて、本当はみんなが頼りにしてる先生。
 誰よりも力になりたいのに、誰よりも守りたいのに、今日もやっぱり迷惑をかけてしまった。――自分のせいで、傷つけてしまった。

「俺からも、よく言っときますから」

 ぽふぽふと、頭を叩いて来る先生の手。その肘のあたりに巻かれた包帯。
 あれは、シロを庇ってついた傷。シロのせいでついた傷。

 ――シロがつけた、傷。

「横島クン? アンタ、シロのことだと妙に偉そうよねぇ?」
「へ? いやまー、一応コイツの師匠ッスから」
「へぇー。自分はセクハラ大王なのに、シロに対しては立派な先生ってわけ?」
「そ、それとこれとは関係な……」
「お黙り! 横島クンのクセに、偉そうっぽいのが悪いのよ!」
「ひぃー! 堪忍やー!」

 いつの間にか、お説教タイムは終り。
 美神さんが横島先生をシバいて。先生が泣き喚きながら逃げまわって。おキヌちゃんがオロオロして。タマモが指を差して大笑いして。

 いつもの光景。いつもの日常。

 でも今は。今だけはその光景が遠かった。
 どれだけ手を伸ばしても、決して届かないような気がした。
 手を伸ばすだけの、資格も無いと思った。

 ……自分。
 未熟な自分。
 子供な自分。
 役に立たない自分。
 みんなを危険に晒す自分。

 ――横島先生を、傷つけた自分。

 許せなかった。どうしても許せなかった。
 だから。だから……。


















 どうしてだろう。なんでなんだろう。

 どうして、シロは子供なんだろう。
 なんで、シロは役立たずなんだろう。

 だから。
 やっぱり。

 シロは、
 いらないコなのかな。
 必要なコじゃないのかな。
 邪魔なコなのかな。

 ……居なくなった方がいいコなのかな……。




















「はぁ……」

 ため息を、ひとつ。
 うずくまって膝をかかえて、建物と建物の間から覗く、細い空を振り仰ぐ。

 暗い空。天気はいつの間にか、雪。
 月も星も見えない、闇色の空から降りてくる冷たさの細片が、シロの頭や肩に……そして心にも……降り積もっていく。

 もう何時間、こうしているんだろう。
 ぼんやりと、そう思う。

 どうしても、いたたまれなくなって、事務所を飛び出して。
 ざわめきに触れるのが嫌で、人の気配が薄い方に歩いて。
 この路地を見つけて、転がり込んで。
 膝を抱えて、座り込んで。

 ……途方に暮れて。

 どうすればいいんだろう。
 どこにいけばいいんだろう。

 わからない。何もわからない。わかってるのは、事務所には戻れない。それだけ。

「里に帰るでござるかな……」

 ほろりと、無意識にこぼれた言葉。
 ――瞬間、背中を冷たい物が滑り落ちた。

「嫌だ」

 胸の奥を、なにか冷たい物が刺し貫いていた。氷で作った棘のように、冷たく尖った『なにか』が。

「嫌だ」

 必死に、その『なにか』を言葉に変えて、喉から搾り出す。吐き出す。

「嫌だ」

 ガタガタと震える体を抱きしめる。急に聞こえてきたカスタネットみたいな音は、自分の歯が鳴ってる音だった。体の芯が氷に変わったように冷たくなってるのに、全身からじわりと汗がにじみ出てくる。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…………」

 いつもの、自分の言葉使い――父上のマネをして始めたござる言葉――すら忘れて、くり返す。

 嫌だった。絶対に、嫌だった。……あの村に、あの家にひとりで帰るのは。

 長老も、村のみんなも親切にしてくれる。やさしくしてくれる。

 ……けれど。けれども。

 あそこにはもう、父上はいないから。
 シロが「ただいま」を言っても、「お帰り」を言ってくれるひとは、いなくなってしまったから。

 広すぎる家の中で、たったひとりで膝をかかえて、ちっぽけな自分を抱きしめながら、歯を食いしばって「ひとりぼっち」に耐え続けた、あの頃。
 自分の泣き声だけが、いつまでもこだまし続ける、あの場所。

 シロはここにいるよ。ここに生きているよ。
 そう叫んでも、誰も返事をしてくれない。誰もシロを見つけてくれない。
 それが辛くて、悲しくて、寂しくて………耐えられなくて。

 だから、だった。
 密猟者を捕まえては、人の良い駐在さんに、会いに行ってたのは。

 だから、だった。
 再開のとき、ずいぶんな無茶を言ってまで、都会まで着いて来たのは。

 それなのに、今またこうして、ひとりぼっちで膝をかかえて、暗い路地から雪の空を見上げてる。

 ……シロのいるところ、もうどこにも無いのかな?
 ……シロの帰るところ、また無くなっちゃったのかな?

 涙は出なかった。
 ココロが凍りついてしまったように、動かなかった。
 ただぼんやりと、このまま消えてしまいたい、と思った。

 ――ココロが、冷たくなる。










『…これはこれは』

 突然の声に、振り向く。

『どこの迷子の仔犬かと思うたら、狼のお嬢ではないか』

 路地の入り口に佇む、四ツ足の影。
 痩せこけた身体。垂れた耳。雑種犬の証である、ちぐはぐな毛皮の模様。
 黒く澄んだ、穏やかなまなざし。

「ジィさん……」




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