ザ・グレート・展開予測ショー

不死の人(1)


投稿者名:Kita.Q
投稿日時:(03/ 2/17)

 「作戦どうりに行くわよ、いいわね」
 今夜は美神、おキヌ、横島の三人だけで仕事である。
 シロはふるさとの村に帰省している。タマモもシロについていっていた。
 
 ビルに巣食う悪霊を屋上におびきだし、はさみうちにする作戦だった。
 横島とおキヌで悪霊を押さえ込んだところで、美神がとどめをさす。これでうまくいくはず、だったのだ。
 ところが、この夜の横島は不幸だった。美神の一撃を受けた悪霊は、最後の力をふりしぼり、横島に襲い掛かってきたのである。
 屋上の端に立っていた横島は不意をつかれ、あわてて後ろに飛びのいた。
 (あれ、後ろって、あれっ・・・) 
 そこから先は、すべてがスローモーションのように動いていた。
 「よこしまさんっ・・・」
 表情をひきつらせたおキヌと美神の顔が、ゆっくりと遠ざかっていく。夜空の星が、やけにはっきりと見えた。頭が下になっている。頭から落ちるとヤバいよな、足から着地しなければ。蹴り上げた自分の足が視界の端に映った。世界がタテに回り、地面が驚くほど近くなっていたことが、他人事のように思えた。右足が地面に触れた瞬間、すさまじい衝撃が横島の全身を走った。・・・・・・
 「ちょっとお、折れてるわよ、右足・・・」
 横島の足を調べた美神が、困惑した表情でつぶやいた。

 「しっかし豪勢なもんねぇ。個室を使わせてもらえるなんてさ」
 美神は部屋を見回し、鼻で哂うような調子でいった。
 右足骨折。全治約一ヶ月。それほど高さのないビルだったのが幸いしたのか、右足骨折だけで済んだのである。
 「ま、ケガ自体はあんたのミスだけどね。入院代ぐらいは出してあげる。あんたの経済力じゃ、とても払いきれないだろうから」
 右足はギプスで固定されている。少し動かしても、全身が硬直するような痛みが走った。
 しかし、横島は少し幸せな気分だった。
 (あのときの美神さんとおキヌちゃんの心配そうな顔といったら・・・)
 おキヌちゃんはともかく、美神さんも自分の体を気遣うようになったか。最初の頃と比べると、美神さんもやさしくなったよな。
 「失礼。横島君、きみの担当医を紹介しておくよ。江口先生だ」
 院長が咳払いをしつつ、後ろの白衣の人物を手で示した。
 「江口です。よろしく」
 半白の髪を七三にわけ、口ひげを生やしていた。穏やかそうな目をしている。
 続いて入ってきた看護婦に、横島の目は釘付けになった。
 「横島さんの担当をさせていただきます、水原です。よろしくお願いします」
 その女性は、少しおどおどした口調で自己紹介した。少し茶色がかった髪を後ろにまとめている。童顔だが、顔立ちは非常に整っていた。
 「水原さん。失礼ですが、下の名前は?」
 「は?・・・今日子です」
 横島は目にも止まらぬスピードで、今日子の手をとった。
 「今日子さん。・・・僕はあなたと出会うため、足を折って・・・」
 「横島クン」
 美神は、ゆっくりと立ち上がり、横島に顔をよせた。
 「あたし心配だわ。本当に骨折だけで済んだのかしら。内臓とか脳ミソとか、あちこち傷めたりしたんじゃないのかな。そんな気がするわ」
 「そうですよ、横島さん」
 おキヌは、世界のすべてが凍りつきそうな微笑を浮かべ、横島の肩に手を置いた。
 「念のために、もういちど全身を調べなおしてもらったらどうです。・・・念のためにね」
 部屋の中は、いっぱしの霊能者なら、泡をふいて倒れるほどの霊圧に満ちていた。

 時刻は午前二時。病院の中は、静寂が支配している。
 横島はギプスに巻かれた包帯をとき、右足を雪之丞の前に差し出した。
 「そっとだぞ。そおっと、そおっと・・・」
 「うるせえよ、気が散る・・・」
 専用の小さな電動ノコギリが、小さな音をたてながらギプスを割り裂いていく。
 「よしっ・・・」
 ギプスがふたつに割られた。露出したスネに、横島は『治』の文字がこめられた文珠を叩きつけた。
 横島は、ためにためた息を大きく吐き出した。やがて、その顔には静かな微笑が広がっていった。
 「うまくいったか」
 「ああ、痛みが消えた」
 軽く、右足を二、三度踏みならしてみる。さらに強く。
 「よし、治った」
 「おお、やったぜ」
 雪之丞は、ほっとした表情を浮かべた。
 「・・・ふふん。夜中の見舞いってのも、粋なもんだな」
 「すまねえな、突然呼びだして・・・」
 「気にするな。・・・退院パーティーには呼べよな」
 「ああ。魔鈴さんの店でやらせてもらおうぜ」
 窓から軽やかに飛び降りた雪之丞を見送り、横島はベッドに潜りこんだ。しかし、急にトイレに行きたくなった。・・・時刻は午前二時である。
 (しょうがねえな)

 スリッパをつっかけ、横島はトイレに向かった。以前ほどではないが、夜の病院はこわい。
 無事に用を足し、自室に向かった。
 (・・・ん!?)
 横島は足を止めた。
 気配が、する。人間の気配ではない。
 (おいおい、勘弁してくれよ。・・・)
 この階の、十時の方向。
 (行くか、戻るか)
 迷ったが、行くことにした。自分の霊力を抑え、履いていたスリッパを脱ぎ、手に持った。霊力は残っている。足も治ったことが、横島を強気にさせていた。

 (この部屋だ)
 病室のドアが、少し開いている。音をたてないように注意してドアを開き、中の様子を見た。
 (あれ、水原さん・・・?)
 窓から漏れる光で、ようやく顔を確認できた。今日子が、ベッドに横たわる患者の顔を覗き込んでいる。患者がナースコールをしたのかと思ったが、どうも様子が違っている。それに。
 (これは妖気だ。しかも、水原さんから・・・)
 横島は、なおも様子をうかがい続けた。しかし、次の瞬間、おもわず息を呑んだ。
 今日子と患者の距離は、互いの息がかかるほど近い。と、患者の口から、白い気体が出てきた。寒さで白くなっている息とは思えないほど、その色は濃い。その気体は、今日子の口に吸い込まれた。
 悪寒が横島の背筋を走った。横島は再び音をたてないように気をつけながら、廊下に戻った。辺りの様子をうかがいつつ、抜き足差し足でもと来た道を慎重にたどっていく。永遠と思えるような時間をかけ、なんとか無事に自室に帰りついた。
 いちど割り裂いたギプスを元通りにあわせ、包帯を巻く。右足を釣りバンドに乗せ、布団をかぶり、外の様子をさぐる。動悸はなかなか収まらなかった。

 昨晩は眠れなかった。自分が見たものは、一体なんだったのか。あの光景を見て、だまって帰ってきたのはマズかったのではないか。あの患者は、あの後どうなったのか。
 朝食をとったあと、横島はあの部屋に行ってみた。
 部屋の中には、誰もいなかった。胸騒ぎがする。横島は通りがかった看護婦にたずねた。
 「ここにいた人は、どうしました」
 看護婦はしばらくだまっていたが、やがて静かに言った。
 「今朝がた、お亡くなりになりました」
 ぼう然としている横島を見つめ、看護婦は言葉を続けた。
 「あなたも、あの人の冥福を祈ってあげてください」
 
 

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