ザ・グレート・展開予測ショー

お揚げ大全


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 2/17)


 ソファーの背もたれから抜け出た、金色の髪の束がまるでしっぽのように、上下に揺れる。その様子を、横島は見つめていた。別に、何を思うわけでもない、ただ、じっと見つめていた。
 この髪の主はタマモだということは、顔を見るまでもなくわかる。恐らくは、彼女が『お揚げ大全』の最新刊を読んでいるであろうことも推測できる。
週刊、税込み二百六十円。週刊にして、書くことがそんなにあるのか?と思わず編集者に問い詰めたい気持ちに駆られること間違いなしのこの本。何気に、二年も廃刊にならずに済まされている(と、彼女が言っていた)ので、ニーズはあるのかもしれない。
 上下に揺れる髪、そんな本の内容を見ている彼女の感情の機微―――思いっきり顔に出しているかもしれないが、ここからじゃあ見えない―――を考えると、何となく、彼女が立ち上がり「お揚げが食べたい〜」と駄々をこねる姿が見えた気がした。
 ちなみに、彼は寝転がって、テレビを見るふりをして彼女の座るソファーの背面を見ていた。彼女からは、気取られることもなく、彼女の後ろ髪を見ていられる位置に。僅かに動く頭と―――恐らくは頷いたりしてるんだろう―――髪と、漏れでる声―――涎の音かもしれない―――で、彼女が今どんな心情に至っているのかくらい、分かる。分からない方がおかしいとも言える。
 何となく、それらが面白くて、ついつい、見聞きしてしまう。我ながら暇人だとは思うが、やることがないんだからどうしようもない。


 契機は一瞬、だった。
 それは、唐突に訪れた。
 そう、まるで、何かが通り過ぎていったような感覚さえもある。
 全ての時が止まった、そんな気がした―――彼女の髪が、一気に跳ね上がり、その状態を維持しつづけたのである。
 思わず、起き上がり、彼女に近寄る。音もなく、そおっと。

 彼女の背中越しに、雑誌に目をやる。―――そこに見えたのは、カレーお揚げという写真付きの記事だった。
 ―――レシピまで載ってるんだが、誰が発案したんだ?こんなもん。どう考えても、俺には失敗作にしか見えん。というか、こんなもん載せるな―――彼は作り手の気持ちを否定する言葉を心中で吐いた。
 そして、彼女の顔を眺める。
 まるで、雷にでも打たれたかのように、ぴくりとも動くことなく。
 人魚姫のように声を奪われたわけでもなかろうに、僅かに開いた口元からはうめき声さえも聞こえず。
 ただ、空気の行き通る音が聞こえて―――こない。
 試しに、彼女の口に手を近づける―――何も触れる気配はない。
 試しに、彼女の鼻に手を近づける―――空気の動きを感じさせるあの僅かな振動が感じられない。
 息を―――してないっ!?


 「タマモっ!しっかりしろっ!タマモっ!!」











 彼女が息を吹き返したのに、それ程時間は要らなかった。

 「・・・邪道だわ。確かにお揚げには、さまざまなバリエーションがある。でも・・・」

 「カレーお揚げは許せん・・・と?」

 彼女は頷く。正直、彼にとっては心底どうでもいいことではあったが、彼女の目は真剣と書いてマジだった。

 「―――で、どうするんだ?」

 「徹底抗戦だわ。こんな料理がこの世に存在すること自体が許されないっ!」

 「偏食ブームというのがおこっとるのかもしれんな・・・お前の場合、どちらが偏食なのかいまいち分からんが・・・」

 誰と?と聞き返そうとも思ったが、なにやら怖い答えが返ってきそうなので、彼はあえて止めた。

 「この雑誌によれば、意外にいける、とか言う話だけど、私は認めないわっ!!」

 「食ってみれば?意外と上手いって書いてあんだろ?」

 「絶対嫌」

 あんた馬鹿?と言わんばかりの顔で睨む、が、彼はそれを受け流した。

 「まぁ、そうだろうな。普通、食いたいとは思わん」

 「多分、あんたの食べたくないと私の食べたくないは違うけど」

 横島は顔をしかめた、タマモは複雑な笑みを浮かべながら言う。いささかに、優越感にも似たようなものが含まれていることは否めないだろう。そして、それを聞いた彼がす多少気分を害するのも仕方がない。が、諦めたようにため息をつくと、尋ねた。

 「・・・どう違うんだ?」

 「因果なものよ・・・。お揚げ好きは、お揚げ好き故に、新しい味を求めることを恐れるもの。食への探究心は、こと、お揚げに関しては抜きと考えていただきたい
わ」

 「・・・意味がわからんな」

 「あんた、きつねうどんは好き?」

 「ん?まぁ、嫌いではないな」

 「御稲荷様は?」

 様?と思いつつ、答える。

 「嫌いじゃない」

 「・・・」

 「どうした?」

 「何で、好きっ、じゃないのよっ!!」

 「特別好きと言うわけでも嫌いと言うわけでもないと言うとるんだ!!」

 「まったく・・・まぁ、それはいいとして」

 「いいんかいっ!」

 どうやら、徹底的に貫こうと思って言ったわけではないらしい。

 「つまり、お揚げには既に至高の味があるわけよ。・・・そこに、カレーお揚げなんてイロモノをお揚げ料理の中にノミネートしてみなさい!?」

 「・・・ノミネート?」

 「御稲荷様が怒るわ」

 「・・・すまん、タマモ。俺はこう言うときどういう反応をすればいいか分からな
いんだが」












 「で、カレーお揚げがここにあるわけよ」

 「・・・作ってくれたおキヌちゃんに感謝、だな」

 本当に、よく作ってくれたもんだ。横島は正直、おキヌちゃんのその優しさがすこし恨めしくなった。

 「・・・う〜ん、匂いはカレーのものよね」

 「まぁ、カレーだからな」

 「・・・色合いもどことなくカレーっぽいはね」

 「まぁ、カレーだからな」

 「・・・っていうか、どうして私はこんなものを食べようとしているのかしら?」

 「まぁ・・・か・・・成り行き?」

 「・・・あんた、間違いそうになったでしょ?」

 「何を?」

 「・・・ま、それはどうでもいいわ。とりあえず、横島、食べてよ」

 「何で俺がっ!?」

 驚愕に打ち震えるものの、バックの稲妻が妙に似合っていない。それ程に迫力のないのは、やっぱり、微妙すぎるもののせいだろう。

 「私は、舌を狂わせたくないの。こと、お揚げに関しては」

 「・・・舌が狂うの覚悟で食わなければならんのか?俺は」

 「うん」

 凄く爽やかな顔で言い切られたので、反論の余地もない。いや、あるにはあるが、その笑顔を崩すのは罪悪感を感じそうだったので止めた。とはいえ、なかなか箸をつけづらい。

 「いや、ただのお揚げにカレーパウダーをつけただけと考えれば・・・」

 「早く食べなさいよ」

 見てるだけの人は好き勝手なこと言いやがる。心中でだけ悪態を付きつつ、意を決する。
 箸で挟みあげて、口の中に、放る。



 咀嚼音は響くが、これといって歯ごたえはない。なにせ、お揚げだから。
 横島は困っていた。どういえばいいのか、ありきたりな言葉で言えば、珍妙なのだ。いや、微妙というべきか?―――美味しいともいえず、不味いともいえない。かといって、きつねうどんや、御稲荷さんと比べるにはいささか語弊のある半端さだ。
 はっきり言おう。不味いと。しかし、後から来る、この後味の芳醇な食感はなんだ?これは不味いと言い切ってしまっていいものなのか?
 そして、その芳醇な食感とともにやってくる不思議な甘さ。まろやかな、甘味。
 舌と言うのは、丸みのあるものを甘く感じると聞いたことがある。そう意識すると、今までの甘いと感じていた意識がまるで変わってしまう。味として感じていたものを、形として捕らえてしまう、そんな不快感。
 しかし、それとは別に、これはこれで良し、と思っている俺もいる。
 目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。が、変わるものではない。美味か、否か?そう聞かれれば、否だろうが、しかし・・・。

 「ねえ、どんな味?」

 「・・・難しい味だ」

 「は?」

 「こくがあり、何より、お揚げを際立てるものがある」

 「ほー・・・」

 「まぶしてあるカレーパウダーが、不思議なことに、お揚げの繊細な味を壊していない。しっかりと、二つの味が舌の上で協奏曲を奏でている」

 「・・・分かりにくいけど、つまりは美味しいの?」

 「う〜ん、―――微妙」











 「・・・多分、これは対人評価では不味いと言うわ」

 「おまえ、きつねだろうが?」

 「・・・あんたを信じた私が馬鹿だった・・・」

 「いや、無理矢理食わせといて、それはないと思うが・・・」

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