ザ・グレート・展開予測ショー

On the Windy Hill


投稿者名:Kita.Q
投稿日時:(03/ 2/12)

 買い物に付き合ってほしい、ということだった。
 二人で出かけるというのは初めてではなかったし、特別な意識はなかった。
 とりあえず昼メシ食って、ウィンドウショッピング?をして・・・と、そんなところだろう。
 しかし、なんであのコ、俺をさそったのかな。同級生と行ったほうが、流行っているものとか分かって、買い物しやすいのではないかな。
 
 そんなことを考えながら、横島は、待ち合わせ場所に向かっていた。
 駅前広場に、正午。この調子なら、十分前ぐらいに着くだろう。
 目的の場所に近付き、すでに待ち合わせ場所で待っている彼女の姿を見て、横島は心の中で舌打ちした。しまった、もっとはやく来ればよかった。
 すこし早足になった横島に気付いて、彼女はほっとした表情を浮かべた。
 「横島さん」
 「悪いなあ。おそくなっちゃって」
 「いいんですよ。私が早く来過ぎただけです」
 おキヌの笑顔を見て、横島も安心した表情を浮かべた。

 このあとの二人の行動は、だいたい横島の予測した通りだった。おキヌの学校で評判だというレストランで昼食をとり、あとは駅前のデパートでいろいろな店を見て回った。何も買わなくても、女性は店を見て回るだけで時間を潰せる、というのは本当なんだな。横島は変に感心しながらおキヌにつきあっていた。

 一段落ついたとき、時刻は三時をまわっていた。ついてまわっていただけだったのに、横島はクタクタになっていた。
 「横島さん。私、行きたいところがあるんですけど、つきあってもらえませんか?」
 おキヌに言われて、横島は腕時計に目をやった。このまま帰るには半端な時間ではある。
 「ああ、いいよ。で、どこ?」

 駅前から十分ほど歩くと、小高い丘があった。階段をのぼると、小さな社がある。
 「こっちですよ」
 おキヌに従い、社の裏手に回ると、ちょっとした展望台があった。
 「へぇ。・・・」
 その展望台からは、晴れ渡った空の下、町の景色を一望することができた。スモッグがかかることもなく、遠くの山のほうまで見渡すことができる。階段をひたすら上らされ、軽く返事したことを横島は後悔していたが、その気持ちは綺麗に吹き飛んでしまっていた。
 「いい景色でしょう。このあいだ見つけたんですよ」
 おキヌはニコニコしながら横島のそばに来ると、手すりに手をかけ、気持ちよさそうに目を細めた。あまり強くない風が、彼女の長い髪をなびかせている。
 
本当にいいコだな、と横島は思った。彼女は、自分の肉体を取り戻してから随分時間が経ったが、他人に興味を持ち、好きでもなく面白くもないことにも目と耳を傾ける優しさ、他人の人生を聞き、素直に何かを感じ取るやわらかさ、といった美点を決して失わないのである。
 それを、「優しさ」という言葉だけで片付けてしまっては彼女に失礼だな。横島はそう思った。彼女は遥か昔、死津喪姫を封じる際、(後で生き返れるにせよ)命を落とすという経験をしている。横島や美神に出会うまで、三百年もの間、一人ぼっちだった。その間の彼女の心情がどのようなものだったか、横島には想像もできない。彼女も決して話そうとしない。
 
 彼女は優しいだけではない。強くもあるのだ。いや、それも月並みな表現だよな。おキヌの横顔を見るとも無く見ながら、横島は考えていた。ふと、おキヌが顔を向けた。視線が合う。あわてて横島は視線をそらした。
 (いかんいかん。どうも意識してしまう)
 すこし緊張した横島を見ながら、おキヌはクスクス笑った。
 「少しずつだけど、暖かくなってきましたね」
 「そうだなあ」
 突然冷え込む日があっても、だんだん春が近くなるな。
 「こういうお天気の日は、生き返って良かった、・・・みんなに会えて良かったって思うんですよ」
 生き返って、幽霊のときの記憶を取り戻したとき、おキヌがまず感じたのは、感覚の違いだという。幽霊の感覚というものは、三百年幽霊だった彼女にとっても、非常に薄ぼんやりしたものでしかなかったという。彼女の中の感情の動きも、同じなのだそうだ。
 おキヌにしてみると、感覚として、感情として受け取るものの新鮮さが、いまだに失われていないのだろう。彼女は、そのときの感動や、感謝の気持ちというのをストレートに口にする。聞いた側も茶化したりしない。
 彼女の人徳というやつか。「他人の実力を120パーセント引き出す力」というのも、そこからくるのかもしれない。
 (俺のほうこそ、おキヌちゃんに会えて、本当に良かった)
 
 「・・・春になったらさ、またここに来てみようよ」
 「・・・そうですね!」
 横島のかけた言葉に、おキヌは、弾んだ声で答えた。そして彼女は少し表情を引き締めて、言った。
 「今日は、実は、・・・買い物なんて、どうでもよかったんです」
 「えっ?」
 「ここに、横島さんと来たかったんです」
 「・・・・・・」
 「わたし、・・・横島さんに会えて、本当に良かった」
 
 スケベでバカで、そのくせ身近な人間にたいして鈍感で、・・・でも最愛のひとを失った悲しみを忘れたり、過去のことにして乗り越えるのではなく、自分の中に留め置き、それでも前を向けるひと。悲しい分だけ、他人に優しくなれるひと。おちゃらけながらも、目的を達成するための勇気を発揮することができるひと。

 ・・・好きです。

 おキヌは横島に身を寄せ、彼の頬にキスをした。あとは横島の顔を見ることもできず、身をひるがえして、その場から走り去ってしまった。
 横島は、彼女が走っていく姿を、ぼう然として見送った。見送ってしまった。

 横島は、アパートの自室に帰ると、万年床に寝転がり、しみだらけの天井を見つめていた。
 口をつくのは、ため息ばかりである。
 (明日、・・・どんな顔をしておキヌちゃんに会えばいいんだろう)
 横島には、彼女の気持ちに応える勇気はなかった。少なくとも、今は。
 (というか、本当にあのコ、俺のことが好きなのか?・・・なぜ?)
 部屋の中の、オレンジ色の明るさが消え、暗い闇が部屋に満ちても、横島は姿勢を変えなかった。
 
 ふと起き上がり、明かりをつけ、時計を見た。八時をまわっている。
 今頃、彼女は何をしているだろう。シロとタマモと美神、そしておキヌの四人で晩御飯を食べ、風呂に入ったあとは、明日の授業の予習でもしているのだろうか。
 
 おキヌちゃんに会いたい。今すぐ。突然、横島は思った。彼女も、自分と同じことを思ってくれているだろうか。
 
 ・・・やっぱり、やめておこう。

 おキヌの邪魔をしてはいけない。焦らなくても、また明日あえるわけだし。
 
 横島は、ポケットに財布をつめると、いきつけのラーメン屋に向かった。
 吐く息の白さが、すこしうすくなった気がした。はやく春にならないかな。


おしまい
 

 
 

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