嬉し涙
投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 2/12)
これは……ちょっとだけ未来のお話です。
想ったあの人はもういない。私の前にはもういない――
あの人には私がもう見えない。それがあの人が選んだこと――
そんなの……いやだ。だけど――
嬉しい……
たくさんの人で賑わうスーパーマーケットの中、私はゆっくりと歩いていた。
今日の夜御飯は何にしようかしら? そんな事を、のんびりと考えながら……
お肉売り場の前を通り過ぎたとき、悲しい顔に出会った――――
今にも泣きそうな、女の子。小学生ぐらいかな……? 真っ赤な顔をして、通路の真ん中で荷物を広げている。
「どうしたの?」
私はその女の子に声をかけた。
一度ビクリと肩をふるわせた後、その子はゆっくりと顔をあげた。脅えたような泣き顔――それは見ようによっては、笑っているようにも見える。
「お姉ちゃんに話してごらん? ね?」
――微笑んだ。悲しい顔は見たくないから。
真っ赤な顔をしたその子は、俯いたままだった。小刻みにしゃくりあげ、頑なに自分の小さなショルダーバッグの中をかき回している。
私はその場にしゃがみこんだ。その子が嗚咽しながら何かを探すのを、じっと見つめる。
しばらくして……その子は言った。――小さな、小さな声で。
「お財布……落としちゃったの……」
言ったきり、嗚咽で何も言えなくなってしまった。小さな身体を悲しみに震わせ、顔を歪ませて涙を零す……
胸が、詰まった。
その小さな身体を、私は抱き締めた。
しばらく経って、その子はポツリと言った。――小さく、小さく言った。
「チョコレート……買えなくなっちゃった……」
私はその言葉に、抱き締める力を強くした。これ以上この子に、悲しい顔をさせたくない――
「買わなくても大丈夫よ……」
「星野クン……私の事嫌いになっちゃう……」
「大丈夫……大丈夫だから…………」
私が言った言葉に、その子はキッと私を睨んだ。
「大丈夫じゃないよ!……星野クンやさしいけど……私やさしくないから…………やさしくしないと、星野クン私のこと嫌いになっちゃうんだもん!!」
初めて見た、小さな少女の小さな怒り。――悲しい、悲しい怒り。
「大丈夫……教えてあげるから…………」
「……え?」
その子はキョトンとして、私の顔を見つめた。小さな少女の、愛らしい顔。目じりに溜まっている悲しさの破片を、私は指でそっと拭った。
「買えなかったら、作っちゃおうよ。チョコレート。私が教えてあげるから……」
「ホント!?」
初めて見る、小さな少女の大きな笑顔。悲しみを追い出す、破邪の笑顔。
「うん。大丈夫よ。材料は、私の家にあるから……」
私は、使わないから……
その言葉は、胸の内に飲み込んだ。
板チョコを割ってボールにいれ、そのボールをお湯の中に漬ける。
昼間の事務所には、私一人だけだった。学校でテストがあった私以外は、仕事に出かけているはずだ。私は事務所に少女を呼んだ。
「名前、なんて言うの?」
「……かおり。天沼かおり…………」
「かおりちゃん……」
少女――かおりは笑顔だった。――そして、若干の不安と。
私は微笑って、戸棚の奥からチョコレート用の型を取り出した。星型、動物型――そして、去年は結局作れなかった、思いの型……
しばらく、そのままだった――
「お姉ちゃん?」
気づいたときには、側にかおりが近づいてきていた。表情を隠す時間はない。咄嗟に顔を手で覆った。
「どうしたの……お姉ちゃん」
「……え? なんでもないよ。……かおりちゃん」
微笑む事が出来た。
嬉しいから――――
悲しいから――――
「さーってと。これからはかおりちゃんが作るのよ? どの形がいい?」
戸棚から取り出した数種の型を、かおりに見せた。
「沢山あるんだね……」
「そうね……」
でも、
渡したかった形はひとつだけ。
伝えたかった思いはひとつだけ。
想い。
届かなかった、想い。
「……私、これにする」
私が取り出した何個かの型の中で、
ゆかりは、その型を選んだ。
冷やして固めたチョコレートを箱に入れ、丁寧に包装する。クリスマスのときに貰ったリボンを付けて、ゆかりの想いは完成した。
「……出来た?」
台の上を覗き込むゆかりは、心配げだ。流石に包装は小さなゆかりの手にはあまったので、私が代わりにやってあげた。……やらせてもらった。
「うん、出来た♪」
四角い箱に入った想いを、ゆかりの小さな手に返す。
小さな掌は、大きな想いを落とさないように、しっかりと抱えている。その顔は、大きな笑顔に満たされていた。
「ありがとう……お姉ちゃん!」
「落としちゃ、駄目よ?」
「うん!」
そのまま、私はゆかりを伴って事務所を出た。スーパーの前までゆかりを送って、ゆかりの前にしゃがみこむ。
最初に会ったときは、悲しい顔。
今は、嬉しい顔。
「うん……いい顔!」
「お姉ちゃんも、きれいだよ……!」
「……ありがと……」
私は、微笑った。その言葉に、微笑んだ……
喜んでくれるといいね。そう言おうと思った。口を開いた。
「…………」
言葉が出なかった。
「お姉ちゃん……泣いてるの?」
私は泣いていた。微笑みながら、嗚咽していた。
止めようと思った。ゆかりに悲しい顔を見せたくはない……だけど、止められなかった。
悲しくて……
悔しくて……
だけど…………嬉しくて……
「お姉ちゃん……?」
かおりの心配げな言葉――
「……大丈夫よ、かおりちゃん」
嗚咽の隙間から、私は微笑みつづけた。
「これは……嬉し涙なんだから……」
今までの
コメント:
- 思えば、マトモな彼女の話を書くのはこれが初めてだったりします(挨拶)
今回、いつもと書き方をちと変えてみました。いろいろと文中でぼかしている部分もありますが、読み取って下されば幸いです。
なお、某少女は、某作の某兎少女とは一切関係ありません(爆) (ロックンロール)
- 貰い泣きで画面が見えません(挨拶)。自分自身は伝えられなかった大切な想いを、たまたま知り合った少女の「手伝い」をすることで託した「私」。しかし、嬉しい反面なおさら想いが伝わらなかった自分の姿がハッキリと写ってしまうワケですね。悲しみにくれながらも飽くまで笑おうとするあたりが彼女「らしい」感じでした。彼女の切ない気持ちがいつかは報われることを祈りながら、投稿お疲れ様でした♪ (kitchensink)
- ・・・(泣
優しすぎるでしょう・・・
いや、これが誰なのかは決まっているわけでもないですし・・・
でも、こんなに優しいのは・・・彼女しかいないわけで・・・
嬉し涙って・・・悲しすぎますよ・・・ (veld)
- これはやはりあの娘さんのお話なのですよね・・・
むむむ・・・この前にいったいどんな事があったのやら。
この世界ではもう、それは決定してしまった事だというのか?
切ないです。
涙です。 (KAZ23)
- ・・・・・・彼は選ばなかったのか(−−)
彼女には強くなって、そして新しい恋をしてほしいです。
大丈夫。彼よりもいい男は一杯います。というか早く元気になって欲しいです。
投稿、お疲れさまでした。 (NGK)
- う〜ん、切なく悲しいですな。
伝わらなかった想い・・・悲しいです。
彼女には元気になって欲しいものです。
しんみりと拝見させていただきました。 (影者)
- 気づいている方もいらっしゃるでしょう……いや、むしろ殆どの方が、気づいていて猶、敢えて眼をそらしてくれているに違いありません。今後、このよーな失敗がないように気をつけますので、皆様、どうかお見捨てにならないで下さい……(汗)
……と、ゆーワケで、皆様、コメントありがとうございます。
キッチンさん江
相変わらずの神速コメントありがとうございます。
こういう形式のモノを書いたのは実は初めてだったりするので、率直な意見は凄く参考になります。
veldさん江
この話の時点での設定は、実はかなり細かいところまで考えていたりします。全てとは言いませんが、殆どは文章中に練り込もうとしてみました。探してみてください。 (ロックンロール)
- KAZ23さん江
バレンタインネタという事で、チョコレートを出す事は必須であった訳です。んで、普通のらぶ甘は私は書けないのでこうなってしまいました。彼女のファンの方の為には、土下座の準備は既に整っております(爆)。
NGKさん江
彼女は少なくとも、前に進めなくなるほど弱くはないでしょう。傷つきはするでしょうが、恐らくこの傷は刃物傷です。鋭いですが、痕もなく短時間で治ります。そうであって欲しいと願っています。
影者さん江
伝わらなかったというよりは、伝える事が出来なかったと思っております。そして、その思いを彼女より先に伝えてしまった人がいる。それは―― 後の答えは、皆様の予想の中にのみあります。 (ロックンロール)
- (コメント欄では)はじめまして。ロックンロールさん。
いやもう、切ないし、残念ですね。
でも、仕方ないですね。この次の素晴らしい出会いに期待、というところです。
投稿お疲れ様でした。 (Kita.Q)
- Kita.Qさん、激しくコメント返しが遅れて申し訳ないです。ありがとうございます。
彼女がこの後誰と結ばれるかは、貴方の脳内妄想にかかっております(核爆)。いいお相手を見つけてあげてください……
……なにしろ、今回、後から読むと彼女が凄く可哀想で…… (ロックンロール)
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