ザ・グレート・展開予測ショー

神ノ声(中編)


投稿者名:NAVA
投稿日時:(03/ 2/11)





「お待たせしました。
 コーヒー入りましたよ?」

「おお、すまないね」

「いえいえ」


そんな会話を交わし、しばらく二人はコーヒーを啜る。


「さて、どこまで話したかな?」

一息吐いたところで、唐巣が問う。

「アニザーキスとの初めての会話が終ったところです」

「そうだったね」

細部まで思い出すように虚空を見つめる唐巣。

「あの一件で、私は自分の無力さを思い知らされたのだ。
 世の中、白と黒だけでは無く、灰色があることを初めて知ったのだよ・・・・・・」







―――― 神ノ声(中編) ――――




アニザーキスとの会見。
それを終えた私は自分の無力感にさい悩まされた。

かつて、このような事態が起きた事例はないか?
バチカン内にある、エクソシスト関連の書物を読み漁る日々が続いた。
エクソシストの歴史は古い。
一番古い書物は7世紀まで遡る物だった。
それを読み進む内に時は流れ、いつのまにか季節は冬を間近に控えていた。
そしてついに、私は同じような事例を発見したのだ。
私は狂喜乱舞した。
偉大なる先人はこの問題を解決したのだと疑わなかった。


だが、読み進む内にそれは失望へと繋がった。


『体内に潜んだ悪魔ごと、その女性を焼き払った』


書物はそのエクソシストの英断を称え、エクソシストがいかに涙ながらに焼き払ったかを語っていた。

その時点で、私はバチカンの資料室へ足を運ぶの止めたよ。
そして一人思い悩み続けた私は、一つの夢を見るようになる。

アニザーキスとドイル少年を教会の命令で焼き払う私。
ドイル少年と母親が泣き叫ぶ。
アニザーキスは嘲るような目でこちらを見つめてくる。
焼き崩れる身体。
私はそれを眼下にし、枢機卿に、大司教に、法王陛下に大聖堂で称えられる。

だが、突如として大聖堂の十字架に括り付けられたキリスト像が喋り始める。

『同じ人間を焼き払いながら、何を誇っている?おまえは一人でイキがっているが、何も出来ない。思い知れ』

いつも夢はそこで終る。
パターンは違えど、それを毎晩、毎晩、見続けた私は一つの決断を下す。

――――アニザーキスは異教の悪魔。ならば、異教の書物にこそ解決方法があるかも知れない。

そうして私は異教の書物を読み漁り始めた・・・・・・。









「唐巣神父。
 略式ながらも、この異端審問会が開かれた理由は分かっているね?」

審問会のメンバーは全員で7人。私を含めて8人。
私の直属の上司である枢機卿自らが審問官を勤めていたよ。
普段は温和な方で、私にも良くしてくれてた方だったんだがね。
この時ばかりは公平・中立の立場に立ち、私情を挟む様子はなかった。

「はい」

私が異教の教えに興味を示していると、内部告発があったのだそうだ。

「では細かい説明は省くことにする。
 君はこの告発状の通り、主を裏切り、異教の教えへと傾倒しているのか?
 栄光あるエクソシストの座にありながら、背徳の教えに従おうというのか?」

私は弁明したよ。
ドイル少年とアニザーキスのこと。
蔵書に記されていた、除霊とはとても言えない過去の蛮行のこと。
全てを語り終えた私は、枢機卿の言葉を待った。

「・・・・・・君の言い分は良く分かった。
 君が神の栄光を世に広めるために、敢えて異教の悪魔に挑もうというのだな?」

私はその台詞に違和感を感じた。
何故だ?
私がエクソシストとして働くのは、神の栄光のためだったはず。
私はその違和感を認めるのが怖かった。
私の動機が何時の間にか、神の栄光のためではなく、純粋に一人の少年を救いたいがためになっていること。
何より、過去の文献を漁ったことで、除霊と称して行われた数々の蛮行を知ってしまった故に、エクソシストであることへ誇りを持てなくなっていたことを。

当時の私は、神への信仰心が揺らぎ始めていることを認めることが、私の人生を、人格を否定することと感じていた。
実際は神への信仰心ではなく、教会への忠誠心だったのだがね。

「はい」

色々想うところはあったが、アニザーキスとドイル少年を何とかしなければならないことは事実だった。
だから私は従順に答えたよ。
未だ教会に対する反抗心というものは目覚めていなかったし、時間も惜しかった。

「フム。
 唐巣神父は元々、信仰篤き人物だ。
 また、今回の彼の弁明も理に叶っている。
 エクソシストとしての実績もあるし、教会の栄光をより輝かせようという意欲も見られる。
 これ以上の査問の継続は、彼にとっても、我々にとっても利にはなるまい。
 よって、ここに終了を宣言しようと思うのだが・・・・・・異論のある者はいるかね?」

そう言って、枢機卿は議場を見渡した。
誰も異論は無いようだった。
しかし、敢えて私はそこで発言した。

「一つだけ良いでしょうか?」

枢機卿は疑いの晴れた私に、快く発言を許可してくれた。

「先ほども指摘した通り、先人は焼き払うという野蛮な行為で除霊を行いました。
 しかし、今後も続くであろうエクソシスト活動のため。
 後に続く後輩達の良き先例となるために、私にある程度の自由を頂けませんか?」

「フム・・・・・・」

枢機卿はそう言ったきり、しばらく沈黙した。

「宜しい。ただし、唐巣神父は詳細なレポートを定期的に提出すること。
 君の信仰心を疑うわけではないが、異教に触れ続けることで、邪に染まることも有り得る。
 私がそうと判断したなら、君は諦めること。
 それが条件だ」


こうして私は誰に憚ることもなく、自由に異教の書物に触れる権利を獲得した。
もちろん、レポートの内容には細心の注意を払ったよ。
ドイル少年を教会が見捨てるとは思わないが、私の後任者が考えも無くアニザーキスを祓ってしまうことはありえたからね。
私がこの仕事を降ろされるわけにはいかなかったのだ。









教会公認で調査することを認められた私は、異教の書物だけではなく、アニザーキス本人からも色々聞き出すことにした。
無論、ドイル少年の母親の承認も取っていた。
もはや彼女が頼れる人物は私しかおらず、私が熱心に調査を続けていることに感謝さえしていたようだった。

結論から述べると、アニザーキスという悪魔は非常に高い知能を持っていた。
また、非常に好奇心旺盛な性格をしており、毒舌交じりの彼女の話は面白いとさえ感じさせるモノだったよ。


「つまり、君は人間の生気を吸い尽くさなくても問題ないと?」

「そうだ。
 元々私は、一人の人間を死に至らしめるほど吸収はしない。
 人間の生気は放っておけば回復するのだ。
 私にとっては無限に食料があるようなもの。
 ならば、わざわざ必要以上に人間の怒りを煽っても意味はない」

「確かにな。
 人間は体の良い家畜というわけか」

「そういうことになる。
 家畜と言ったが、私が一人の人間から吸収する生気など高が知れていた。
 精々、ちょっと疲れが出る程度だ。
 だから私の存在は容認されていたのだ。
 例えて言うなら、蚊に血を吸われるのと同じような気分だな」

「自分で自分を例えるにはちょっとアレな感じだが・・・・・・。
 では、何故にGSをけし掛けられたのだ?
 何か他に悪さでもしたのか?」

「違う。ある日、私が狩猟場としていた村に教会が立った。
 そう・・・・・・キリスト教のだ。
 そこの神父が私を異教の化け物呼ばわりし始めたのだ。
 それまで上手く住み分けしていた我々に、わざわざ亀裂を入れたのだ。
 村人達は知っていたのだよ。
 喧嘩さえ売らなければ、私が彼らの命を奪わないことをね。
 それに・・・・・・私が大量に生気を必要とするのは、魔力を使った時だけだ。
 つまり私を傷つければ、私は魔力で反撃し、魔力で身体を癒す。
 そしてそのツケは自分達に襲い掛かることを知っていたのだ」

私はここでも教会の名が出たことに、心が、信仰心が冷めていくのを自覚したよ。

「一向に立ち上がろうとしない村人達に業を煮やしたその神父は、GSを数名雇いだした。
 私を祓うためにな」

悪魔に魅入られた村人達を、自分の力で更生させた。
それは聖職者としての大きなポイントとなる。
次の階級に進むためには、如何に教会の栄光を輝かせたかが大きな審査基準となってくる。
我々バチカンのエクソシストに出動要請をしなかったのは、全てを自分の功績にするためだったのだろう。
大方、聖職者として高い地位を目指していたのだろうな。

そしてまた一つ・・・・・・私の信仰心が冷めていく。
何度も言うが、当時、私にとっての信仰心とは、教会への忠誠心と錯覚していたことは覚えておいてくれたまえ。

話は戻すが、この頃からだったろうか?
私は教会というものに対して疑問を持ち始めていた。

ドイル少年とアニザーキス。
この奇妙な共生関係を生み出す原因となったのは、世俗的な神父と、世俗的なシステムを持つ教会のせいではないのか?








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