ザ・グレート・展開予測ショー

微妙な三角関係(前編)


投稿者名:tea
投稿日時:(03/ 2/11)


 喉が焼ける。

 乾いた、などという生温い代物ではない。サハラ砂漠の真ん中に首から下を埋められ、間断なく干しスルメを噛んでいたとしても、ここまでひどい状態にはならない筈だ。
 全身から滴り落ちる汗が、やけに生暖かく感じる。どこまでが発汗で、どこまでが脂汗なのだろう。どちらにせよ、目に入れば煩わしい事は確かだった。頭を二度三度と振り、挫けそうな自分に喝を入れた。
 視界がぼやける。夢の中にいるようかのような、乏しい現実感だ。またも汗が目に入ったので、目薬を差す要領で何度か瞬きをする。次に目を開けたら、自分は暖かい布団に包まっているのではないか。それは、或いは無意識下の願望だったのかもしれない。
 だが、そんな軟弱な思考は速攻で消去した。なぜなら、目の前にいる「奴」と目が合ったからだ。そうだ、ここで退くわけにはいかないのだ。この勝負に賭かっているのは、いうなれば己のアイデンティティーといってもいい。敗北は許されない。それは、詰まるところ自分に負けたことになるからである。
 「奴」もまた同じ心境なのだろう。守るべき、大切なものがある。それは、富や名声といった生臭いものに比べ、ずっと高尚なところにあるものだ。ただ一つの不運は、目の前の相手が自分と同じ「それ」を共有していたことだ。共有、といえば語弊があるかもしれない。端的に言えば、お互いが独占していたと勝手に思い込んでいただけだ。
 
 そう、負けるわけにはいかないのだ。

 シロは勢いよく割り箸を割ると、本日何杯目になるであろう三倍ラーメンに口をつけた。








 話は、数時間前に遡る。
 





「絶っっっ対に拙者でござる!!!」
「いーーーや!!!絶っっっ対に俺だ!!!」
「あのねえ・・・アンタ達、いい加減にしなさい!!」

 真昼間の天下の往来で、喧喧諤諤と言い合う三人の男女。行き交う人の好奇の視線、蔑みの眼差しが煤けそうな背中に痛い。子連れの親は「あんな大人になっちゃだめよ」といわんばかりだし、若いカップルは横目で見た相方と目が合ってしまい気まずい思いをしていた。
 確かに傍目から見ればバカップルプラス1による痴情の縺れにしか見えないが、実情は少し違っている。なぜなら、件の三人というのがシロ、タマモ、雪之丞なのである。
 この組み合わせでは、厄珍の薬でも使わない限りカップル成立はありえない。ましてや三角関係など築いていたのなら、既に雪之丞は弓の手によってこの世には存在しない筈である。
 一歩も譲ろうとしないのに業を煮やしたのか、シロが勢い余って雪之丞の胸倉を掴む。だが、雪之丞もだまってサンドバッグになるような男ではない。自分の胸倉を掴むシロの右手を脇合いから掴み、離せという無言の圧力を拳に掛けた。
 一触即発。暗雲漂う険悪ムードに、周囲の人間は本能的に危険を感じた。離れなければ殺られる。波が引くように人が離れ、程なく三人の周りは逆ドーナツ宜しく真空地帯となった。
 タマモはそんな二人の後頭部を引っぱたくと、溜息をつきながらぼやくように言った。

「別にどうだっていいでしょ?どっちがより深く横島を知っているかなんて、討論する価値も無い話題じゃない」

 歯に衣着せぬ極論に、シロと雪之丞が同時にタマモを睨みつける。口々に「何言ってる」とか「大事な事でござる」とか聞かされるタマモは、正直小ギツネになりその場で丸まって眠りたい心境だった。これ以上聞いてると、耳と頭がどうかなりそうだった。



 発端は、ごく些細な事だった。街中で偶然シロタマと会った雪之条が、皆は息災かと尋ねてきた。そこで適当に答えておけばよかったものを、シロが横島のことを一挙手一投足に渡るまで話しまくったのである。
 さも自分が最も横島に近しい人間だと言っているような気がして、雪之丞としては余り愉快なことではなかった。彼にしてみれば、親友である横島を横から掠め取られたような心情だったからだ。
 で、雪之丞が「俺の方が横島のことを知っている」と言ってしまった。売り言葉に買い言葉で、シロが反論する。結果、雪ダルマ方式に騒ぎが大きくなった次第である。最初から事の経緯を辿っているタマモにしてみれば、全てを放棄してぐっすり寝たいと思うのも無理からぬ話だった。
 誰かを知っているということに優劣なぞつけようもないのだが、このまま収まりをつけられるような二人ではない。双方とも、直情的であるが故に不器用な性格なのである。目の前の障害を見過ごせば、明日の朝日は拝めないといった得も言えぬ気迫が漂っていた。
 タマモは、どうすれば丸く収まるか本気で悩んだ。まさかこんなところでガチンコバトルをするわけにもいかない。なぜなら、お気に入りのうどん屋が近辺にあるからである。だが、はたしてジャンケンで決めろなどといって納得するだろうか。するのなら、二人とも遜色なきバカである。
 二人の闘争心を満たし、かつお手軽で周囲に被害の及ばない勝負方法。そんなご都合主義的なものが存在するのだろうか?現実から目を背けるように、視線を泳がせるタマモ。だが、その時彼女の目にあるものが飛び込んできた。
 タマモの脳裏に天啓が閃いた。もうこれしかない、と一縷の望みを宿し、タマモは二人の方を振り返った。

「ねえ、二人とも・・・」

「あいこで・・・しょっ!!・・・よしっ!!これで拙者の勝ちでござる!!」
「待て!!やっぱり納得いかねえ!!十五回勝負にしろ!!」
「またでござるか?往生際が悪いでござるよ」
「三回、五回と引き伸ばしたのはお前だろうが!!第一、最初に勝ったのは俺だった筈だ!!」

 タマモの胸中に空寒いものが去来した。自分はなぜこいつらの尻拭いをしようとしてるんだろう。そんな根源的な自問にも、答えることはできなかった。
 一番平和的な解決には違いないのだが、どうもエンドレスの気配が濃厚である。タマモはもう一度二人をしばき倒すと、近くの電柱を叩き高らかに言った。

「このままじゃ日が暮れちゃうから、手っ取り早くいきましょ。これで白黒つけるってのはどう?」

 シロと雪之丞が、揃って電柱を見る。そこには、A4プリントされた中華料理屋のチラシが貼ってあった。よく見ると、開店記念に何かをやると赤マジックで書いてある。

「ふむ・・・開店記念サービス、三倍ラーメン二十分以内でタダ、か・・・」

 雪之丞が確かめるように詠唱する。制限時間内に完食すれば、料金は無料。要するに、客寄せも兼ねたイベントのようなものだった。コースの一つとして採り入れている店もあれば、節目の折に行う店もあるが、今回のは後者の様だった。
 これならば二十分以内にカタがつくし、なにより腹が満たされるという点がミソなのである。両者とも色気より食い気を地で行っているので、餌に食いつく蓮魚の如しだとは想像に難くない。予想通り雪之丞とシロが食い付いたので、明日の三面記事とうどん屋の崩壊を免れたタマモは胸を撫で下ろした。
 だが、さしものタマモにも計算外だったことが一つある。両者の性格を完全に把握しなかったことである。雪之丞がシロに人差し指を突き付け、力強く宣戦布告した。

「よし・・・勝負だぜ、シロ。どっちがより「多く」、三倍ラーメンを食べられるか!!」
「承知!!」

 タマモが、電柱に頭をぶつけた。確かにこの二人の場合、早食いよりも大食いの方がしっくりくる。くるのだが、それでは絵に描いたような泥沼である。
 タマモが必死で二人を食い止めようとしたが、既に二人は臨戦体勢である。立会人ということで引っ張られていくタマモは、自身の計算高さとツメの甘さを心から呪った。





今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa