箱庭(後編)
投稿者名:紫
投稿日時:(03/ 2/11)
次の日。起きると、ルシオラの寝顔が隣にあった。
ぼんやりとそれを眺める。ゆっくりと昨日のことを思い出す。
拒絶。いやだ、考えたくない。
「おはよう、ヨコシマ。」
ルシオラが目を開け、挨拶をする。
美しいはずなのに、ひどく薄っぺらい微笑。
「ああ、おはよう。」
考えたくなかったことに靄がかかる。靄をかける。
いいんだ。ルシオラと、生きよう。
「さ、いきましょう。ヨコシマ。」
「どこへ?」
「学校よ。」
学校。
同じクラスの知った顔。
さも当然のようにそこにいるルシオラ。
・・・仲の良かったあの三人はいない。
いない。
なぜ?
・・・考えるな。
ぼんやりと、教師の話を聞く。
周りもなんだかぼんやりしているような気がする。きっと、あの表情のせいだ。
あの表情で、黙って座り、ノートを取っている。
・・・こんな所にいたくない
下校。ルシオラと街を歩いた。やはりどこか気の抜けたような、平和な街。
誰も他人に興味がなさそうな、ただお互いに笑いあっているだけのような。平和。
無意味に歩く。無意味に?
日が傾いて来た。もうすぐ夕日が見られるだろう。
二人で無意味な散歩をしつつ、東京タワーへ向かう。
夕日を見るために。
展望台へ上がる。並んで夕日を見る。
「綺麗ね。」
「ねえヨコシマ・・・愛しているわ。」
その表情にふさわしく、薄っぺらい台詞。
「ああ・・・俺もだよ・・・」
家に帰ってきた。
また違和感を感じる。今回は、すぐ分かった。
なにも食べていない。まったく空腹感がない。
どうでもいいか。
また日が変わった。起きる。ルシオラの寝顔を見る。
「おはようヨコシマ。」
「ああ、おはよう。」
「さ、いきましょう。ヨコシマ」
学校へ向かう。
昨日と同じような授業風景。
同じような。・・・同じ?
授業の内容がまったく同じじゃないか?
いや、昨日はぼんやりしていた。きっと気のせいだ。そう思うことにした。
他人のノートをのぞき見る。
・・・同じことが延々と書いてある。
どうやら気のせいではないらしい。
目眩がした。
下校。また無意味な散歩をする。道筋も同じ。
そして夕方。また東京タワーに行く。
「綺麗ね。」
「・・・・・」
また次の日。本当に次の日か?本当に日が変わっているのか?
「おはよう、ヨコシマ。」
「さ、いきましょう。ヨコシマ。」
学校。今回は注意して授業を聞いてみる。
やはり昨日と同じ内容。
・・・気が狂いそうだ。
散歩。東京タワー。夕日。
次の日も。
次の日も。
その次の日も。
同じ。
同じ時間に動き、同じことを言い、常に同じ表情。
・・・耐えられない。気が狂う。
「さ、いきましょう。ヨコシマ。」
「いやだ。今日は、別の所へ行こう。」
十日目。ついに言った。
「・・・さ、いきましょう。ヨコシマ。」
「どこへ行こうか?学校じゃないぞ。」
「・・・さ、いきましょう。ヨコシマ。」
・・・黙ってくれ。
「さ、いきましょう。ヨコシマ。」
頼むから、黙ってくれ。
「さ、いきま・・・」
「黙れえええええええええっ!!」
霊波刀を出し、振る。
ずっ・・・ごどんっ・・・・・どさ
なにか重いモノの落ちる音。つづけて、倒れる音。
・・・・・絶叫。
“・・・・・・・・・・死がなく”
・・・ヴヴヴ・・・
「・・・さ、いきましょう。ヨコシマ。」
変わらずに微笑む、ルシオラ。
変わらずに・・・
・・・後ずさる。手首を見る。・・・霊波刀を振る。
手首の先に喪失感。冷える。急激に目の前が暗くなる。意識をうしな・・・
“・・・・・・・・・・死がなく”
・・・ヴヴヴ・・・
変わらずにルシオラが見える。
手首を見る。何ともない。・・・何ともない。
・・・・・絶叫。
ドアを開けて外に飛び出す。
己の『力』を制御し、宙に浮かぶ。空を目指す。力を抜く。
ごう、と耳元で風が鳴る。コンクリートが近づく。
“・・・・・・・・・・死がなく”
・・・ヴヴヴ・・・
大の字で、寝ていた。起きる。何ともない。
「・・は、はは・・・ははははははは・・・」
笑う。笑う。笑う。・・・狂う。
・・・ルシオラが、来た。
違う。こいつはルシオラではない。あの笑顔を浮かべていない。
「「いいや、こいつはルシオラだよ。多少雰囲気が変わっているかもしれないがね。」」
そいつが口を開くと、奇妙な声が紡がれた。
ルシオラと、そして・・・アシュタロスの声が混じっている。
「「ふん。狂ったか・・・。どういうことか、説明してやろうか?・・・理解できる心が残っているか?」」
いやだ。聞きたくない。
意志に反して、口は開かなかった。
ルシオラの姿をしたアシュタロス・・・いや、そいつは自分はルシオラだといったか?が話を始めた。
「「私は完全な世界を作りたかった。」」
「「誰も争わず、誰も憎まず、誰も飢えず、誰も悲しまず、誰も死なない。そんな世界を。」」
「「まず私は、神族、魔族を消した。鬱陶しい、形のない霊魂も消した。私には邪魔だ。」」
「「ああ、そうだ、君の知り合いも消したよ。私の邪魔をしようとしたのでね。復活させることもできなくはないが。」」
「「そして人を含む、全ての動物から、欲求を消した。これで、何物も争わない。何物も憎まない。」」
「「何物にも老化はない。そのまま、なにも変わらない。」」
「「この世界は時が止まったようなものだ。私の理想が具現となったのだから、これ以上変わる必要もない。」」
「「争いの原因になる、飢え、渇きに代表される欲望も、停滞した時の中では意味を為さない。」」
「「世界に、エネルギーを満たした。全ては、これにより生きる。何物も飢えない。」」
「「そのエネルギーには、私とコスモ・プロセッサを『溶かし込んだ』。」」
「「私の意志と万能が世界に満ちた。これで、何物が死んでも蘇らせられるようになった。」」
「「死んで転生なんて、面倒なことはしない。皆、『そのまま』生き続ける。」」
「「世界の全てに『役割』を与えた。皆、それさえしていれば幸福になれる。幸福を感じる。」」
「「私は世界となり、世界とは私だ。どこにでも私がいる。・・・このルシオラの中にもね。」」
・・・そうか。世界は滅んだのか。
「「いいや、滅んではいないよ。完全な世界に生まれ変わったのだ。」」
「「・・・さて、君もこの世界で生きられるようにしてやろう。」」
なぜ俺にこの世界を見せた。
「「腐った世界の住人が、ここをどう感じるかと思ってね。」」
「「思ったとおり、貴様はここを拒絶し、狂ったが。」」
・・・そうかい。
そいつが手をかざす。またあの虫の羽音が聞こえた。
薄れる意識の中で思う
・・・みんな、死んだのか。・・・ルシオラも・・・死んでいたのか・・・
「さ、いきましょう。ヨコシマ。」
「・・・ああ。」
end
今までの
コメント:
- こんにちは。
すげぇ・・・・・・痛えっす。
まだ、胸の奥がシクシク痛んでます。
こういうの滅茶苦茶にがてなんですよぉ・・・・・・
でも作品の出来は凄く良いので賛成です。
でも、痛たたたたた・・・・・・・・・
マジで痛いっす。 (KAZ23)
- お〜 ダークだ…
挨拶が遅れました、初めまして黄昏ッス。
KAZさんと同じで作品の出来はとても良いです。
この作品を読んで思った事は――
『進化なき生命は何の価値無し』
って事でした。では、これにて……ダークだと感想も固いーーーーー!! (黄昏)
- さ、見なかったことにして...(笑)。こーゆー展開が好きかと聞かれると返答に困る感じですが、「もし横島クンがアノ場面でルシオラを選んでいたら」と言うシナリオに対する展開予想としては十分に有り得る話だったと思いましたので賛成です(爆)。死のない、悲しみのない世界はまたその一方で本当の意味での「幸せ」も享受することが永遠に叶わない世界でもありますね。そんな世界の中で選択の余地のない横島クンが、諦めから徐々に狂っていってしまう様が不憫でした。恐らくこの展開予測でも前例の無い様な作品を投稿された紫さんのご英断に感服いたしました(平伏)。投稿お疲れ様です♪ (kitchensink)
- 正直引きましたが…
完成した世界ですか…現在の世界から引き算で作られた世界。
アシュタロスはそれに耐えられるよう自分の精神も作り変えたのでしょうか…
哀しいお話です。 (MAGIふぁ)
- う〜ん、暗いお話ですね・・・。
永遠と同じことの繰り返し、何も変わらない世界、はっきり言って私にとっては地獄ですね・・・。まさに世界が滅んだのと同じだと思いました。
あくまで無限の可能性の一つとして賛成です。
しんみりと拝見させていただきました。 (影者)
- 永遠に繰り返される無為な時間という恐ろしさが、ひしひしと伝わってきます。昨日と同じ今日を過ごす・・・ともすれば、私もこの世界の住人なのかもしれません。そんなリアリティも味わいました。 (tea)
- はじめまして、柿の種といいます。
これはアシュタロスの復讐と感じました。
永遠に勝ってはいけない悪役の道下にされたことに対する復讐を全てのものを道下にすることで果たしたのではないかと思います。 (柿の種)
- ごめんなさい・・・
紫さんの独特の展開、アイデアは本当に素晴らしいし、
文章もよくまとまっていて読みやすいです・・・・が、
しぃません・・・・ここまでダークだと僕ごときの心の広さでは許容できません(汗)なので今回は中立です。ごめんなさい・・・ (ユタ)
- フフフ。上のコメントを拝見すると、概ね好調ですね?(謎
横島が狂っていく様がジワリジワリとしてて良いです。
私、アシュタロスが勝った場合なんて考えたことなかったので、非常に新鮮でした。 (NAVA)
- えっと中立です。・・・・・・ああっ!すみません!(汗)
お話としてはとっても興味深くて良いのです。横島の選択一つで分岐したかもしれない世界。その世界、自分の選択した世界に苦悩していく横島、悲劇的な結末としては申し分ありません。
ただアシュタロスは『魂の牢獄』から抜け出す事を目的にしていた訳ですから、生に縛られ、それぞれの役割を振られ終わりの無い日常を繰り返す・・そんな牢獄のような・・彼の置かれていたような世界をわざわざ作るだろうかと思いました。
もちろん柿の種さんが仰っていたように、アシュの復習という可能性もあるかと思いましたが、ちょっと考えにくかったもので・・・・
でも「こんな可能性もあったんだ・・・原作のアシュ事件の結末はきっとハッピーエンドって言っても良いんだろうな」って思わせてくれる、そんなお話でした。 (志狗)
- ・・・ダークだなぁ・・・
閉じた時間と空間・・・死にたくても死ねない・・・狂うよね、こんな世界じゃ・・・
ここまで変わってしまうものなんですねぇ・・・コスモプロセッサの力は・・・
新しい世界を垣間見せてもらいました (ゲン)
- この箱庭は、悪魔との取引の代償。悪魔がくれた、不幸の無い天国にして終わりの無い地獄。不変の未来を閉じ込めた、一つの可能性。……お見事の一言に尽きます。 (矢塚)
- アシュタロスの望んだ世界というのがいまいちどういうものか分からないんですが・・・。これは違うんじゃないかな?と。ですので中立で。(私的ですのでお気になさらずに)
彼にとって生きることが幸せにつながるであろう世界は作れども、幾度となく繰り返された日々を又繰り返すという、自虐的な世界は作り出すことはないのではないかと。
ぺスパの言う通りだとすれば踏みにじることのない世界を純粋な意味で実現した結果がこれの可能性もありますが・・・にしても。 (veld)
- はじめまして、紫さん。こんばんは。
某名作RPG第一作のバッドエンディングを思い出しますね。
まあ、悪魔からもらう幸せなど、まやかしにすぎない、というところでしょうか。
これも一種の展開予想ですよね。スゴイの一言です。
投稿お疲れさまでした。 (Kita.Q)
- あれ?十四個もコメントが?・・・びっくり。
なんつーか、思った以上の反響ですよ。いや、嬉しいんですけどね。
んと、賛成票の方。アレですね、こんな展開も有ったかもね♪って意味ですよね?
こんな展開が見たかった、とか言っちゃあ、色々マズいですよ?多分。いやそんな人いないだろうけど。
中立票の方。さすがにちょっと違和感ありましたか。・・・コミックス読み返してみると自分でも違和感有りです。(マテ)
どちらの方も(そーいえばなぜ反対票がない?)コメント有り難うございました♪ (紫)
- 申し訳ありませんが、今回は中立にさせて貰います。
永遠に『悪』という立場に停滞し、それに苦しみ、それを打開しようとして神に反逆したアシュタロスが、自らが『神』という立場に立ったときにまた『停滞』を望むでしょうか? 私はむしろ逆であると思います。南極での宇宙のタマゴの実験などから、アシュタロスには『創造』と『破壊』という精神面での二極性があると思ったのですよ。『創造』、『破壊』……どちらも、『停滞』の中ではあり得ない事です。
……ですが…… そう……ですがっ!
作品として見れば非常に興味深い作品でありますし、このような未来も『アリ』とは言えます。そして、作品内部のリアルさも抜群なのです。
故に、中立票です。言いたい事好き放題言っちゃってスミマセン……(汗) (ロックンロール)
- 彼ら、横島とルシオラには幸せになってほしい。
そう願いつつ反対票です。 (りおん)
- チャットで「後で書く」とか言っといて、二日経ってしまった………(汗)。
まぁ、それはいいとして(←ダメ)、他人様のSSにほぼ半年ぶりにコメント書きます(w。感想書くの苦手なんで……。今回、本編とは逆の展開のお話ですが、私はこういう救いのないダークなのは好きな方です。まぁ、ストーリーの定石から言うとこんな展開は、考えられないというかやっちゃいけないというか………まぁ、結構反則技なんじゃないでしょうか?(笑←決して否定してるわけございません)完全に「IF」の世界かと思います。そんな点から見るとやはり本編とは「別物」として見るべきなのかな……?
なんにせよ、結構楽しませて読ませて貰いました。面白かったです。祝10票目と言うことで、コメントを送らせていただきます (ライス)
- ふと気づけば、こんなにたくさんのコメントいただいたのって初めてだったり。こんなやたら暗いのなのに。
ま、これってかなりの異色作(反則技?)と言えそうですし、いいんですけどね。ってかすごい嬉しいし。
これが、皆さんのあの『選択』についての考えに少しでも影響を与えたのなら、それはとても嬉しいことです。書いた甲斐が有るってもんです。
りおんさん。なんつーか、反対票ありがと。僕もこれには反対票入れたいです。(コラ) (紫)
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