箱庭(前編)
投稿者名:紫
投稿日時:(03/ 2/11)
全身から汗が吹き出し、口の中がからからに乾く。
飢えた獣の息づかいのような音が聞こえる。なにかと思ったら、自分の呼吸音だった。
目の焦点があっておらず、足が震える。
今にも気絶しそうなほどの、緊張。そこへ掛けられる、アシュタロスの声。
「決めろ!それを壊して何もかも台無しにするか・・・ルシオラを助けるか・・・!!」
さらに頭の中に響く、最愛の者の声。
(約束したじゃない、アシュ様を倒すって・・・!それとも―――)
(誰かほかの人にそれをやらせるつもり!?自分の手を汚したくないから―――)
その『声』に、がちがちと鳴っていた歯をかみしめる。
ぎりっ
・・・・・・・・・・・・・・・・・決断を―――
かつんっ
「・・・・・・・きねえよ・・・・・」
ころころ
「・・・できねえよっ!!できるわけねえだろっ!!」
手に持っていた玉、文珠を地面に落とし、叫ぶ。
「・・・お前を・・・切り捨てるなんて・・・そんなこと・・・」
膝をつき、うなだれる。
「できるわけが・・・」
ざっざっ
足音をたててアシュタロスが近づく。そして呆然としている横島の手から目的の物、エネルギー結晶を取り上げる。
「安心したまえ。私も約束は護る。君とルシオラは『生かして』おいてやるよ。」
おそらくは聞いて――聞こえていないであろうが、横島に向けて言う。
「・・・ふん・・・」
嘲りなのか、自分が持ちかけた取引に対する多少の罪悪感からなのか、鼻を鳴らす。
それを聞いたところで、横島の意識はぶつりと切れるように闇に沈んだ。
気が付いたとき、大きなマンションの前に倒れていた。コスモ・プロセッサが完成したとき壊れたはずの、美神の自宅であったマンションの前。ワケが分からない。今までのことは何だったのだ。自分は狂ったのか。
自分の中にいたはずのルシオラの思念も感じない。・・・どうしたのだ?
朦朧とする頭で、考える。とりあえず、美神の部屋へ向かうことにした。
インターホンを鳴らす。程なく、人の足音が聞こえてきた。
がちゃり、と扉が開く。見たこともない、太り気味の中年の女性が顔を出した。
「・・・・・」
なにも言わず、こちらの顔を見ている。怪しまれているのか?
「あ、すいません、間違えました。」
ますます混乱が酷くなった。確かにここは美神の自宅だったはずだ。
表札を見直す。まったく違う名前が書かれていた。
街に出た。事務所に行くつもりである。
街を歩いているとなにか違和感を感じた。・・・なにか。
やけに静かじゃないか?
いや、街に活気はある。そうじゃなくて・・・
誰も、怒鳴っていない?誰も、他人を罵っていない?
“・・・・・・・・・・憎しみがなく”
・・・誰もが笑っている。いや、微笑んでいると言った方が良いか?
何事の心配もない。そんな表情で微笑んでいる。
周りを見渡す。
皆、同じ表情だ。絶対におかしい。これが違和感の正体か?
その表情を見ていると、とてつもない嫌悪感と恐怖を感じる。
『ここ』は、なにか間違っている。
急いで事務所に行こう。とにかく、誰かに会いたい。
足を早めようとしたところで、『それ』を見た。
今にも落ちそうな看板。その下を歩く子供。
危ない。そう言おうとした。遅かった。
肉の潰れる音。骨の砕ける音。液体の飛び散る音。
思わず駆け寄る。自分の『力』なら、まだ治せるかもしれない。生きていればだが。
また違和感を感じる。周りの誰も、『それ』を気にも止めていない。黙って、あの表情のまま通り過ぎる。微笑。
誰も悲鳴をあげるとか、そんなことをしない。
なんなんだ、あんたらは。そう言いたかった。
その瞬間、視界がぶれた。ヴヴヴ、と虫が羽をならしたような音が聞こえた気がした。
“・・・・・・・・・死がなく”
次には、何事もなかったかのようになっていた。
看板が直っている。あの子供は、向こうにいる母親らしき女性の元へ走って行った。
立ちつくす。何なのだ、これは。
かたかたと、歯が鳴る。とてつもなく、恐ろしい所にいるような気がした。
走る。同じ表情の人の群を抜けて。
早く、知った顔を見たかった。
気づいた時には、事務所に着いていた。どこをどう走ったかも覚えていない。
扉を開ける。また、違和感。
この屋敷に取り憑いている、霊魂に呼びかけてみる。返事がない。
屋敷にあがり、全ての部屋を見て回る。誰もいない。
きっと、出かけているんだ。
そう自分に言い聞かせ、ここで待っていようと考える。
・・・いやだ、恐ろしい。なにかしていたい。
最早、心の中には恐怖が渦巻くのみ。
どうすればいい?
自問する。
どうしようもない。なにも分からない。
いや、一つだけ分かる。ここは、自分のいた世界ではないのだ。きっと。
・・・そうでも思わなければ、気が狂いそうだ。
いや、狂っているのだ。この世界が。
人は皆狂ったような微笑みを浮かべ、ただ優しく、『死』はなかったことにされる。
こんな世界が狂っていないワケがあるか?
不意に、アシュタロスの言った言葉を思い出した。
『この腐った世界を修正する』
・・・まさか、そんな。そんな・・・
“・・・・・・・・・・君とルシオラは生かしておいてやろう”
気配が生まれた。うなだれていた顔をあげる。
ルシオラが、いた。
「ルシオラ!!やっぱり、無事だったんだな!?」
抱きつく。涙で前がよく見えない。
「良かった・・・アシュタロスがおまえは死んだとか言っ・・・て・・・?」
涙を拭き、顔をよく見る。・・・微笑。
「さ、いきましょう。ヨコシマ。」
・・・そうか・・・おまえもなのか・・・
いいさ。生きていれば、きっと・・・
事務所を出て、家に帰る。ルシオラと並んでの家路は心地良かった。
例えその表情が、道行く他人達とまったく同じだとしても。
一度は絶望しかけたこの状況。嬉しくないワケがない。
・・・逃避していた。親しんだ人間がルシオラ以外にまったくいないことから。
その日はあまりの疲れから、家に着いてすぐに寝てしまった。
今までの
コメント:
- オーマイガ!(挨拶) 最愛の人か、それとも世界か、と究極の選択を迫られた際にもしも横島クンがルシオラを選んでいたら、と言う設定ですね。ルシオラが「死ぬ」ことが、自らの手で「殺してしまう」ことが出来ずにアシュタロスが作り上げた世界で生きることの出来た横島クンとルシオラですが、これでは到底幸せと言える状況では無さそうです(汗)。横島クンとルシオラは最終的にどんな選択をするのでしょうか? 後編に移ります♪ (kitchensink)
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