神ノ声(前編)
投稿者名:NAVA
投稿日時:(03/ 2/10)
どんよりとした曇り空。
まだ、雪の冷たさが居座る季節。
唐巣は窓際に立ち、外を眺めながら口を開いた。
「そうだね。
君にも知っておいてもらった方が良いだろう。
本当は、一人前になった暁にでも、訓示を兼ねて話してあげようかと思っていたのだが……」
今日は冷えるね。そう呟きつつ唐巣はヤカンを火にかけ始める。
慎ましやかな石油ストーブが存在意義をフルに発揮しているが、その効果はあまり見られず、部屋の温度はさほど高くない。
「す、すいません。
軽い気持ちで聞いちゃったんですが、先生のお気持ちを考えてませんでした」
ピートが項垂れながら、謝罪する。
「そんな大したことでもないさ。
破門されようが、私は神の愛を説き、神の祝福を代行しているつもりだ。
それに……これは弟子全員にしている話だからね」
そう言って、インスタントコーヒーを作り出す唐巣。
冷えた部屋で飲む熱いコーヒーは、格別の物だ。
インスタントながらも芳醇な香りで部屋を満たし、
「少し……長くなる。
コーヒーでも飲みながら、ゆったりと聞いてくれ」
唐巣は語り始める。
ここで語るは破門の真実。
教会を捨てたある男の話。
―――― 神ノ声(前編) ――――
当時の私はまだ若かった。
神への信仰が、教会への服従とイコールであると考えていた時だった。
いや、あの事件が無ければ、未だにその考えを持っていたかも知れない。
あれはエクソシストとしての修業を終えて、それなりに経験を積んだ頃のことだった。
私はバチカンに割り当てられた、専用のこじんまりとした執務室で客人を迎えていた。
とある共通の友人から紹介された依頼人だ。
依頼人に椅子を勧め、私自身はデスクに寄り掛かって相談内容を聞き始めた。
「アニザーキス・・・・・・ですか……?」
「はい。ここに来るまで、何人もの方に除霊をお願いしたんです!!!
でも……でも……」
「断られた……か」
「はい……」
その依頼人は30代半ばの女性だった。
しかし、その風貌は50代でも通じる程に老け込んでいた。
恐らくその異教の悪魔<アニザーキス>に関わることで、心労を重ねたのだろう。
「どのGSもドイルを……息子を見るなり、倒れたり逃げたりしてしまうんです」
「フム……。
見ただけでね」
「ハイ……中には高名な方もいらっしゃったんです!
その方は色々調べてくださったんですが、最後にこう仰って去って行きました。
『諦めた方が良い。それが貴女と息子さんのためだ』って!!!!
理由を聞いても、決して答えてはくれませんでした。
そんなことで……そんな言葉一つで、諦められるわけないじゃないですか!!!」
私はこの時点で疑問に思うべきだった。
何故に諦めるのが、彼女と息子さんのためだったのか?
しかし、当時の私は慢心していた。
高名なGSが失敗した仕事を成功させれば、教会直属エクソシストの名は更に高まる。
それこそ、私の出来る神への最大の奉仕だとね。
失敗することなど考えもしなかったよ。
それまで失敗したことも無かったしね。
「で、そのアニザーキスという悪魔はどんな災いを息子さんに?」
彼女は、その一言で顔がパッと明るくなった。
恐らくは、教会を頼るのが最後の手段だったのだろう。
――――汝、隣人を愛せよ。
その精神だけは今も昔も変わらない。
「緩慢に死へと向かっているんです……」
「具体的な症例を教えてもらえませんか?」
それは当時の私にとっての悪夢・・・・・・今の私にとっては神の啓示の始まりだった。
◆
私は彼女から色々聞いたが、やはり一度実際に見てみることにした。
異教の悪魔など、我が主に及ばぬことは疑う余地がない。
恐れるわけではないが、敵の情報を知っておくに越したことはない。
そんなわけで、翌日、彼―――ドイル君の家で、二人きりの面会をした。
「こんにちわ。
僕は唐巣和弘。
これでも一応、神父を務めている。
君がドイル君かい?」
私は愛想良く、しかし、用心深く彼に挨拶した。
「「キリストの使徒か」」
「・・・・・・いきなり君の登場か、アニザーキス君?」
内心、酷くうろたえたことを覚えている。
何故なら、知性を宿した悪魔・悪霊というものは、そうでないモノより遥かに手強い。
異教を侮蔑する気持ちのあった私には、その悪魔をも侮蔑する気持ちがあった。
つまり、心のどこかで慎重を期するどころか、軽んじていたのだ。
「「私の名はアニザーキス。ドイルと運命を共にするモノ」」
「それは少し困る。
君が取り憑いていては、ドイル君は死んでしまう。
大人しく出て行ってくれないか?」
私はとりあえず交渉を試みた。
交渉の成否に関わらず、アニザーキスの知性を把握するためだ。
だが、彼女――――ああ、彼女だよ。アニザーキスは女性型悪魔だった――――はあっさりとしたものだったよ。
「「毎度毎度、ご苦労なことだ。だが貴様も他の奴らと変わらんな。」」
「どの辺りが変わらないんだい?
僕としては、前人の轍は踏みたくないのだがね?」
私がそうおどけると、彼女はほんの一瞬だけ魔力を解放した。
「「・・・・・・貴様の霊力が高いことは認めよう。私の魔力のプレッシャーの中でも平然としているのだからな」」
「実はそれなりに疲れるんでね。
弱めてくれると助かる」
そうなんだ。
今思えば、メドーサ程とは言わないが、一瞬とは言え、下手な魔族よりもよっぽど強い魔力を彼女は放っていた。
当時の私の実力ではとても祓えそうもないほどにね。
「「前回来たGSとの会話で私も学習した。だから結論から言う。私を祓えば、ドイルは死ぬ」」
「・・・・・・何だって?」
私の呟きに答えることなく、彼女は徐々に姿を現しだした。
徐々に、徐々に、ドイル少年の額から私の掌サイズの、目を閉じた女の子が生えてきた。
それは膝くらいまで浮き上がって来た後、目を開いた。
その姿は、体の至る所から触手状の突起物があり、その突起物はドイル君へと物理的に繋がっていた。
「この姿の方が話しやすいな。
改めて自己紹介しよう。
私がアニザーキスだ」
「は、初めまして。唐巣神父だ」
彼女はフンッと鼻を鳴らし、私に向かって説明を始めた。
「見ての通り、私はドイルに寄生している。
ドイルが居なければ、祓うまでも無い。私は死んでしまうだろう」
「それがドイル君の死に何の関係が?」
「ドイルは心臓に疾患を抱えている」
「何?」
母親からも聞かされていない、新しい情報に私は眉を顰めた。
そんな私を一顧だにせず、彼女は説明を続けた。
「とあるGSとの戦いで、私は力を失った。
何とか逃亡には成功したものの、あのままでは死んでしまうところだった。
そこへ偶然、旅行へ来ていたドイルが通りかかったのだ。
私は最後の力を振り絞って、ドイルの中へ潜り込んだ。
私の力の源は人間の生気だ。
それこそが、私がGSに狙われる理由にもなったのだが・・・・・・。
ともかく私はドイルの中で生気を吸いつつ力を蓄え、最後にはドイルを完全に吸収する・・・・・・つもりだったのだ」
「それで?」
「私が予想もしなかった事態が起きた。
ある日、突然にドイルの心臓の疾患が暴れ出したのだ。
察するに、先天的な物だが、家族もそのことは知るまい。
恐らくは初めての発作だったのだろう。
当時の私はドイルから分離すれば、すぐに息絶える程に弱りきっていた。
離れることも出来ず、このままではドイルごと私も死んでしまう。
そう思った私は、ドイルの心臓を改造・修復を試みた。
私の身体の一部を利用してな。
それは力の大部分を失い、さらに人を癒す力など無い私の、苦肉の策だったわけだ」
「・・・・・・」
「そのせいで、私とドイルは完全に繋がってしまったのだ。
今現在、ドイルの心臓とその周辺の器官は、完全に私そのものとなっている。
不随意筋の働きを、私が制御して動かしている。
つまり私を祓えば・・・・・・私が分離すれば、ドイルは心臓を失う」
「それがドイル君の死に繋がるというわけか・・・・・・。
だが解せないな。
ドイル君の身体は日に日に衰弱しているそうじゃないか。
そのことに関してはどうなっている?」
「簡単なことだ。
私の力の源は人間の生気。
そして私は心臓を動かしている。
つまり、ドイルは自分の生気を使って心臓を動かしているのだ。
人間が一日に何万回心臓を動かしていると思っているのだ?」
「つまり・・・・・・生き続けることが、彼を死に向かわせているということか?」
「そういうことだ。さぁ、決めろ。
ドイルを少しでも長く生かすために、私を見逃すか。
私を祓ってドイルを殺すか。
まぁ、そうなったら少しは抵抗させてもらうがな。
さぁ・・・・・・どうする?」
人間と悪魔の共存だって?
それが死へ向かう歩みであっても、人間と悪魔が協力して生きている?
当時の私には、想像も出来なかった事態だったよ。
彼女―――アニザーキスが私を嘲笑う姿が印象的だった・・・・・・。
◆
「それで、先生はどうなさったんですか?」
「・・・・・・手も足も出せなかったよ。
先に失敗したという、高名なGSの言葉の意味を初めて理解してね。
私も同様に親子には何も言えなかった。
そう、アニザーキスが表に出ている間のことを、ドイル少年は覚えていなかったんだ」
「つまり、ドイル君も自分の心臓疾患のことを知らない?」
「ああ、一度だけ、酷く苦しんだことがあるらしいことは聞き出した」
と、そこで唐巣はコーヒーが完全に冷めてしまったことに気付いた。
「僕が淹れ直して来ますよ」
「悪いね」
向こうでピートがコーヒーを淹れ直している音を聞きながら、唐巣は外へ目を向けた。
外はどんよりと曇り、今にも雪が降りだしそうな気配だ。
「もう春は近いと思ってたんだが・・・・・・」
唐巣は一人ごちる。
――――そういえば、あの日もこんな天気だったな。
続
今までの
コメント:
- 書いてる最中だけど、賛否が気になって投稿w
私の中で、アダルトキャラブームが燃え盛ってますw (NAVA)
- しぶひ・・・
これはなんだか、エミさんの外伝を彷彿とさせるような雰囲気をかもし出しておりますな。
確か、原作では異教の呪法でなければ倒せなくて・・・とかでしたっけ?
さてさてどうなる・・・
とても重いテーマから入りましたが、どのような結末になるのでしょうか?
楽しみです。 (KAZ23)
- 唐巣神父ばんざーい!思わず唐巣神父にときめいてしまいました!ぼ、僕!?(ツボ
ドイル少年は一体どうなってしまうのでしょう……どじょうの地獄煮?←それは違う漫画
どきどきしつつ楽しみに続きをお待ちしております〜。 (ねこがら)
- 難しいテーマでシリアスなお話のはずなのに…
そこはかとなく漂うギャグの香りは私の気のせいなんでしょうか…?
そーゆー理由でも続きを見たいです(笑) (MAGIふぁ)
- 案外に牛乳が弱点かもしれませんね(謎挨拶)。のっけから失礼致しました(笑)。KAZ23さんが仰るように、作品全体に「渋み」が感じられます;今までにない雰囲気のNAVAさんの作品に今後の期待大です♪ さて、若かりし日の自信に満ち溢れた、一つ間違うと慢心に至っている節さえ窺える唐巣神父ですが、今回のアニザーキス相手には完全にお手上げ状態みたいですね。今後唐巣神父がどのような手を使ってアニザーキスを「祓う」のか、そしてドイル少年を救うのかが気になります。次回も楽しみにしております♪ (kitchensink)
- う〜ん、シブイですね。
唐巣神父がこれからどうやってアニザーキスを祓っていくのか気になります。
今後の展開が楽しみです。 (影者)
- 唐巣神父は除霊がカッコいいので結構お気に入りです(笑)
彼の人生の転換の一つである教会破門のお話ですが、これからドイル少年にどういった処置を施し教会をどういう形で去るのか、現在の彼のとは随分違った印象を受ける過去の彼の心情がどういう風に変化していくのか・・・楽しみにさせて頂きます♪ (志狗)
- かっこいいっす・・・(感嘆)
アニザーキス―――悪魔を殺すこと=少年の命を絶つ
答えなどでない気もしますが・・・
(アニザーキス・ドイル少年が好きあっていると一瞬思った自分は・・・駄目駄目ですな・・・(苦笑)) (veld)
- コメントありがとうございます♪
>KAZ23さま
基本的に、重いテーマ好きなんですよ(笑
しぶーく決めたかったので、そう受け取ってもらえると嬉しいです。
>ねこがらさま
どじょうの地獄煮・・・実はちょっと考えたのですが、異教の儀式というよりは異文化の風習なので却下しました(笑
>MAGIふぁさま
ギャグの香り?(ノ ̄口 ̄)ノ!!
それは期待してるのか?期待なのか?
ギャグはちょっと難しかったですw (NAVA)
- >kitchensinkさま
実は、渋い雰囲気は意図どおりだったのですが、受けが悪かった場合、牛乳使って落とそうと真剣に考えてましたw
自信満々な唐巣も良いですよねw
>影者さま
ええ、もう渋いの書きたかったのですよw
ロックンロールさんの奴みたいなw
上手く行ったようで嬉しいです。
中編・後編も渋いかは分かりませんがw (NAVA)
- >志狗さま
むう・・・期待に添えてたのかな?(汗
まぁ、あれです。
現在と過去の性格の違いは、全て、髪の思し召しです(謎
>veldさま
しかし・・・アニザーキスとドイルは意外と知られてるようで嬉しかったりw
ここってカナタネタ少ないですから、読者も少ないかとw
一応、私なりに逃げ道を用意して、逃げ切ったつもりですw<答え
・・・たまにveldさんもカナタネタやりませんか?w (NAVA)
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