ザ・グレート・展開予測ショー

She is a wolf.


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 2/10)


 「先生の馬鹿っ!!」

 そう言って飛び出した弟子に向かってかける言葉など俺は持たない。
 朝っぱらから、いきなり頬を張られ、罵倒され、ドアを壊された俺の出来ることと言えば―――ただ、呆然と彼女の去り行く背中を見ることだけだった。

 「・・・馬鹿犬」

 口中で、今思い浮かぶ精一杯の悪口を呟きながら。



 シロは機嫌が悪かった。
 道行く人々が思わずその怒気に彼女から道を譲ってしまうほどに。
 外見は女の子の怒気に、である。よほどすごい顔でもしていたのかもしれない。
 それが、今朝のことが原因であることは難くない。
 朝起きて突然自分の先生の頬を張ったこと。
 確実に悪いのは先生なのだ。
 シロはそう結論付けた。



 「先生〜朝でござるよぉ」

 毎朝毎朝、彼女は彼女の先生である横島の元に行き、朝の散歩を促していた。彼の健康のためというのを大義名分にして、自分の欲求を満たすために。

 (先生と散歩♪散歩♪)

 合鍵を使い、ドアを開け、彼の眠る布団に向かう。破滅的に滅茶苦茶になっている部屋の様相を気にすることもなく。足元に鈍い音をさせるものがあったとしても気にすることもなく。

 (ぐっすり眠っているようでござるな・・・)

 自然、笑顔が浮かぶ。彼女がここを訪れるのは、散歩だけの為ではなかった。

 「・・・先生・・・寝顔を拝見するでござるよ・・・」

 何やら意味ありげな笑みを浮かべながら、彼女は彼の顔を覆う掛け布団を捲り上げる。

 「・・・うう」

 掛け布団を引っ張ろうとして、空を切る右手。
 シロは、固まった。
 いや、何か特別なことがあったわけではない。ただ、彼が起きてしまったと思っただけ、いつものことではある。だから、彼女は行動を止めにはしなかった。

 「先生・・・」

 そして、とろけそうな笑顔を浮かべ、そのまま添い寝をする。これもいつものことではある。はっきりと暴走してはいるが。いつものことである。

 「先生・・・先生・・・」

 そして、いつものように、彼に抱きつきほお擦りをする。何故なら、彼女は狼だから。

 「・・・はっ、いかんでござるよっ!このままでは散歩に労する時間がなくなってしまうでござるぅ」

 一瞬、このまま一緒に眠ろうかな?などという、素晴らしい考えが浮かんだのではあるが、目的と手段(?)をまぜっかえすような真似はしてはいけないという、実に狼らしい律儀な考えに至り、ぬくもりから離れ―――られなかった。
 彼女の体を、彼が抱き寄せたからである。

 「・・・(ぽう)」

 シロは思いも寄らない不意打ちにそのまま顔を真っ赤に染めて固まってしまった。そして、先ほどまで考えていた目的とやらを一瞬の内に、忘却の淵の方にあるらしいダストシュートに放り込んだ。

 「先生・・・つまり、これは、シロへの愛の・・・」

 言わずもがな、どんなことをシロが考えていたかは知るよしもない。何故なら、彼女は狼なのだから。

 「・・・シロは・・・シロは・・・先生になら・・・」

 思わず身もだえしてしまう彼女の気持ちを推し量ることに何ら躊躇することはない。何故なら彼女は狼だから。

 「先生・・・先生・・・」

 先ほどよりも、きつく、きつく、抱きしめる。

 「・・・おキヌ・・・ちゃん」

 まぁ、こう言うこともあるわけである―――何か妙に柔らかく温かい感覚が体を包んでいると言うことになれば、そう言う夢を見ることもある。
 それが、彼女のものでなくとも、仕方がないといえば仕方がない。
 何故、おキヌちゃんの夢を見ることになったか、その理由は定かではない。
 そして、それを聞いたシロの気持ちを推し量ることに苦労することはない。
 何せ、彼女は狼であるからして。

 こんなにも近くに思い慕う女の子がいると言うのに。
 シロは、自分の中で何かが切れる音がした気がした。

 「先生・・・起きるでござるよぉぉぉっ!!!」

 隣の部屋にいた子鳩一家が巻き添えを食ってしまうほどの大音量が、横島の部屋に響く。いかな朴念仁な男と言えども、心ほどに耳は鈍くない。
 思わず耳を抑え、自分の目の前に仁王立ちするシロの姿を見、思わずうめく・・・。

 「ふぁあ・・・もう少し、静かに優しく起こしてくれよ。せっかくいい夢だったってのに・・・もう朝か・・・」

 もう今ではその役目をしていない目覚まし時計を見る。いつもよりは遅いが、普通に通学する学生の起きる時間にしては早い。そんな時間。

 「・・・おキヌ殿が、何かしてくれたんでござるか?」

 その言葉に『いい夢』と漠然と捕らえていた夢の情景が思い浮かぶ。例え汚してはならない存在と思いはしても、夢の中でまで理性が伴われるものではない。ちょっとした自己嫌悪に顔をしかめつつ、彼女の顔を見る。

 「・・・えっと、シロ?お前・・・」

 「・・・先生の馬鹿っ!!」






 ―――思い返して、横島は思い至る。
 (俺は―――シロにとんでもないことをしちまってたんじゃねーか・・・)
 夢の中のことだと思ってしていたことを彼女にしてしまったんだとしたら、酷く彼女を傷つけてしまったことになる。
 思わずぞっとする。
 嫌われることへの恐れと、そして、自分を慕ってくれている少女を汚してしまったことへの自己嫌悪。
 そして、対外的にだすことは許されない憧れ・・・。

 その全てを考えてみると、死にたくなるくらいに恥ずかしく、情けなかった。


 ―――思い返して、シロは思い至る。
 (考えてみたら・・・先生は夢を見ていたに過ぎないんでござるよ。夢の中のおキヌちゃんに嫉妬してみても・・・馬鹿馬鹿しいでござるよ)
 そして、こうも考える。
 (先生・・・怒ってるでござろうな)
 思わず先ほどまで握り締めていた拳から力が抜ける。
 (先生に謝ろう・・・。きっと、許してくれるでござるよ・・・先生だもん)
 シロは事務所に向かっていた足を先ほどまで来た道に踵を返して駆け走った。




 「・・・シロに手を出しちまったのか・・・俺は」

 思わず、自分の手を見つめる。
 過去幾度となく、戦いを供にしてきた己が手を。
 ある時は、美神さんに、ある時はエミさんに、綺麗な依頼人が来た時には・・・冥子ちゃんの時にも・・・あの時には本当に死にかけたが・・・。そういえば、おキヌちゃんにも・・・。
 しかし、そのいずれも、あくまでも、女にたいしてのものであって・・・。
 子供に向けたことは一度足りともなかった―――はずである。確か、シロにも一度あったものの、あれは緊急事態で・・・(謎)
 投げかけてみる。

 「・・・お前は、シロに手を出してしまったのか?」

 心なしか、手は無邪気に「うん」と答えた気がした。





 横島の部屋に近づいてみると、その前で心配げにドアの前に立っている子鳩の姿が見えた。

 「・・・横島さん・・・どうしたのかしら・・・」

 「子鳩殿・・・いがなされれた?」

 「あら、シロちゃん・・・さっきから、ずっと叫び声と鈍い音が響いてるのよ・・・私、心配で・・・。でも、入るのも悪い気がして・・・」

 その部屋には誰にも入ってくれるなという常人にも掴み取れるほどに負のオーラが充ちていた。それが、ドアの隙間から漏れてきて、とても入るに耐えられるものではない場所であることを暗に示していた。

 「・・・こ、これは酷いでござるな・・・」

 思わず、シロも躊躇する。しかし、ここで諦めてしまうと、彼女は彼に謝ることが出来ないのである。

 「シロちゃん!?」

 彼女は、静止の声とも取れる子鳩の驚愕の声を背に、合鍵を回した。
 彼女は、ドアを開け放ち、すぐさま閉め、鍵をかけた。誰にも迷惑をかけるつもりはない。その顔は使命感に燃えていた。―――何故なら、狼だから。



 「俺は・・・俺は・・・ロリコンじゃねえっ!!!!!!!」

 そう言いつつ、右手を殴りつける、もう、腫れ上がり痛々しい姿を見せてはいるが、どうにも無節操さは消えているようには見えなかった。しぶとく動き回っているように(横島には)見える。

 「この手がっ!!この手がっ!!」

 殴りつけるたびに、鈍い音が響く。が、苦痛の中でも、罪悪感と譲れない一線をかけてこの手を再起不能にする必要があった。
 ―――が、ギャグキャラなので、すぐに治ってしまうことは否めない。
 歯を食いしばり、左手を振り上げる。が―――

 「先生っ」

 その声に、殴りつける手の動きが止まる。

 「先生っ、何をしているんでござるかっ」

 その声に振り返り見る。彼女は近づいてくると、右手をそっと自分の両手で包んだ。

 「こんなに・・・一体どうして・・・」

 彼女は涙を浮かべ、怒った様子で尋ねた。

 「・・・先生?どうしてこんなことを・・・?」

 (お前に手を出したからなどとは口が裂けても言えない)

 それでも、謝らなければならないことは・・・確かだ。
 この時点で、横島は自分が彼女に手を出したと断定してしまっていたらしい。

 「す・・・すまんっ、シロ・・・俺はとんでもないことをしちまった・・・。責任は・・・取るから・・・だから、俺が十八になるまで待ってくれっ!!」

 「・・・えっと、先生?」

 責任、十八、世間知らずのシロではあるが、一体何を意味するかは大体分かったらしい。
 最初の責任と言うのは、彼女が起こしに来たにもかかわらず、おキヌちゃんの夢を見てへらへらしていたこと―――決定的に勘違いではあるが。
 で、十八と言うのは、男が結婚できる年齢である。それは、知識として知っていた。決して、横島と結婚できたらいいな・・・と思い、調べたわけではない。多分。
 そして、そこまで考えた所で思う。
 (拙者と結婚すると、先生は、言っているんでござるな。)
 どうして、たかだか、その程度のことで結婚しようと言うことになるのか?
 普通の人ならば、そんなことを思い首を傾げるところだろう。










 しかし








 彼女は狼であるわけで。












 「・・・先生・・・拙者、待っているでござるよ」

 まぁ、そんな風になってしまうわけである。

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