ザ・グレート・展開予測ショー

In the BOX――ウラミ――


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 2/ 9)

 いつもの部屋(貧乏な)。





 いつもの風景(雑然とした)。





 いつもの空腹(朝食はチーズ一枚)。





 そのまさしく普段どおりと言ってそれ以上ない普段通りの情景の中にあって、横島忠夫は沈黙していた。部屋の中心、巨大な段ボール箱を見つめながら。

(……クール便で来たよな)

 冷静に、先程の情景を思い起こしてみる。――確かにあれは、ただの黒猫大和の宅急便ではなく、料金やや割高のクール宅急便であった。

 触ってみる。

 掌には、ひんやりと冷たい感触が伝わってきた。これは、つい先程までこの箱が、内在する物質もろとも極低温状態に在った事を実証している。冬の寒さにさらされた程度では、段ボールをここまで冷却するのは不可能であろう。

(落ち着け……落ち着けよ、俺。過剰な期待はするなよ……)

 一度、胸に手を当てて深呼吸。

 そしておもむろに、送り主を確認する。
 送られてきた場所は、北海道となっていた。北海道札幌市。今の時期はカニが旨い。

(落ち着け……決してそうとは限らん)

 首を振って妄想を打ち砕き、横島は送り主の欄に眼を移した。――と同時に眼を白黒させた。送り主は、近畿銀一となっていたのだ。

「銀ちゃんが……?」

 思わず声に出して驚きの意を表する。銀一が北海道から俺に送ってくる物。なんだろ?

 それにしても……北海道。
 ウニも旨い。いや、イクラでも良い。
 更に……更に……牛肉なんかを薄ーく切って、鍋の中でこー、シャブ、シャブと……もう既に何年も味わっていないこの至福――

「――って違うッ!! 確かに俺は給料足りなくてもう三日ろくに何も喰っとらんが、タナボタでそれが解決されると思うほど楽な人生は生きとらん!! 生きとらんぞぉぉぉっ!!」

 段ボールに背を向けて、壁に頭を打ち付けつつひとしきりうめく。
 ――が、そのような事をすればする程、貴重なカロリーが無駄に消費されてしまうコトに気づくのに、そう時間は掛からなかった。額から流れ出る真っ赤な血液を拭い、改めて段ボール箱を見やる。
 大きさとしては、大人一人で何とか持ち上げられるくらいと言ったところか――この中身が食料ではない一つの要素を発見し、横島は失望(とゆーかやっぱりとゆーか)を深めた。この中一杯にカニが詰まっていたら、自分なら一ヶ月は生きてゆける。

 一ヶ月間のカニ天国――

 一人きりのカニ道楽――

 結局、確認する術は一つしかなかった。

「開けてみよ」

 横島はいそいそとガムテープを剥がしに掛かった。


   ★   ☆   ★   ☆   ★


 その日、出勤した横島はやけに上機嫌だった。

(どしたんだろ?)

 きつねうどんさえたらふく食べられれば幸せな彼女、タマモは、ソファに寝転がりつつカップのきつねうどんを食するという、彼女的至福の時を満喫しつつもぼんやりと感じた。
 彼女から見て、この日の横島忠夫には、いつも背負っている貧乏ゆえの悲壮感とか、そういったものが欠片も感じられなかった。あまつさえ、

「嗚呼っ、今日はいい天気だなぁ! 世界って何て素晴らしいんだろう!」

 先程路上で横島が叫んでいた言葉である。事務所からは百数十メートル離れていたが、聴覚が鋭敏なタマモ――恐らく、シロにもだろう――には楽に聞こえた。あれは横島だった。
 その後で屋根裏から観察してみたところ、彼が青い帽子のお兄さんに肩を叩かれる決定的瞬間を目撃してしまったのだが。
 しかもその時でさえ、横島は変わらぬ笑顔のままであった。


 思考に沈みながらも食は進み、やや濃い目のスープをすすって、最後に残しておいた油揚げ――タレで煮込まれた、甘い甘いモノだ――を口に運ぶ。
 口中に広がる旨味に顔をほころばせ、じっくりと味わったその旨味を、凝縮されたスープで流し込む至福を味わった次の瞬間には、タマモの脳裏からは横島の異変の事など綺麗さっぱり消えてなくなっていた。


   ★   ☆   ★   ☆   ★


 夕刻、伊達雪之丞は道を歩いていた。
 彼の無二の親友であるところの煩悩野郎。横島忠夫のアパートへと至る道を。
 ドアをノックする。返事はなかった。

「横島〜、お邪魔するぞぉ〜」































 無遠慮に、彼はドアをこじ開けた。










   ★   ☆   ★   ☆   ★


 翌日、タマモは早朝から散歩していた。

 別段、シロに強制された訳でも、何か目的があった訳でもない。強いて言うならば朝御飯を美味しく食べる為だろうか――早く目が覚めたので起き出してしまったのだ。

 ちなみに、タマモが目覚めた時点で既に隣にシロの姿はなかった。その時時計が指していた時間は午前五時四十三分。タマモの頭にまた一つ、相棒の習性への理解と不理解が加わった。
 恐らく横島の家へ向かっている(もしくは既に到着し、地獄の犬ゾリレースを開始している)相棒を追って、脚は自然と横島のアパートの方へと向かった。電車で一駅。散歩には調度良い距離だ。

 商店街の開店前の蕎麦屋から立ち上る出汁の芳香にかなり後ろ髪引かれつつも、この距離は野生の狐にとっては散歩の距離にも満たなかった。十数分でアパート近辺にたどり着き、記憶を頼りに横島のアパートを探し出そうと――






 ――したところで立ち止まった。


 視界の隅――電柱の陰に、動くものが蹲っている。

 そして、その正体は匂いで一発で解かった。

「……なにしてんの? シロ」

「キャウン!?」

 肩を叩いた――ただそれだけで、相手はこちらが驚くほどの奇声を発して逃亡した。塀の上に蹲り、完全に脅えた野生の獣の眼差しでこちらを睨んでくる。唸り声さえあげて。
 よく見ると、いつもは千切れんばかりに振られているその白いふさふさの尻尾は股の間に挟まっており、シロが生物学的な脅えを感じている事はビジュアル的にも明白であった。何があったのだろう。

(ショックで野生に戻っちゃったのかしら?)

 人狼であるシロからしてみれば、所謂先祖返りに当たるのかも知れない。場違いとは解かっていても、ふとそのような考えが頭をよぎってしまう。


 ……てな事をつらつらと考えながら傍観している内に、シロの瞳の中に理性の光が幾分か戻ってきたようであった。

「…………タマモ?」

「アンタはなにやってんのよ?」

 塀の上に犬でいう『おすわり』の姿勢(ただし尻尾は丸まったまま)で座りながらキョトンとするシロ。
 そのシロに問う。何があったのか。

「え……ええと…………その、うう……キューン…………」

 答えは要領を得なかった。というよりも、まるっきり答えになっていない。尋問を続けても良かったが、これ以上続けると本気でシロが泣いてしまいそうであったのでここで打ち切る事にした。脅えるシロを残し、横島のアパートへと向かってみる。

 単純な予想、そして推理だった。
 ここまで来てなお、シロが一人でいる。これは既に横島に接触して別れたか、もしくは未だ接触していないか。この二者択一をこちらに示してくれる事実である。
 この時間になって後者は考えにくい。そしてそれでは、シロがここまで脅えている意味がわからない。


(横島が……シロを泣かせたの?)

 単純に考えて、接触していない異常に考えにくい事ではあった。あの男は馬鹿でスケベで途方もない朴念仁ではあるが、決して女を泣かせるような男ではない。それは自らの体験からも分かっていた。

(……ま、いいか)

 行って見れば解かる。タマモは横島のアパートに向け、足を速めた。


   ★   ☆   ★   ☆   ★










 そこには段ボール箱があった。






 そして、部屋中に飛び散った血痕も。






 猥雑な部屋は、一転して惨劇の舞台と化していた。オプションとして、空っぽの段ボール箱。






 いや、それは厳密に言えば空ではない。






 その中には人が入っていた。






 見覚えがない人物ではあったが、辛うじて男である事だけは理解できた。更に、箱の中で手足を縛られ、首から『ごめんなさい』と書かれた札をぶら下げている事も。






 そして、部屋の主はいなかった。






 怒りだか悲しみだかの余り大量に噴出したのか、辺りには数個の文珠が転がり、地に濡れて真珠の如く光っている。






 その男は気を失っていた。






 一目見た限りでは死んでいるとしか思えなかったが、よくよく観察してみると胸が動いている。極めてゆっくりと……不定期に。






 その瞬間、背後に気配を感じた。






 振り向けない。






 どす黒い、ぬろりとした気配が――






























「おや…………タマモじゃないか……?」





























 肩に手が掛けられた。



 〜続かない〜

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