ザ・グレート・展開予測ショー

見えざる縁(10)


投稿者名:tea
投稿日時:(03/ 2/ 6)


 闇しか、見えなかった。
 濁った水槽に漂っているかのような、無気力で力を失った肢体。指一本動かないのに、意識だけは残っていた。植物状態となった自分を、客観から見据えているかのような煤けた感情。
 思考の混迷。自我の崩壊。全てがシロに圧し掛かり、シロという存在そのものを押し潰そうとしている。だが、それすらもシロには最早どうでもいいことだった。ただ、ゆっくりと眠りたかった。全てを放棄して、全てを忘れて。
 死んだ魚の様な瞳で、シロは「消滅」という名の安眠を貪り続けた。






「まったく、ゴキブリ並みのしぶとさね。祖先は人間だった筈だけど?」

 額に汗を滲ませながら、呆れたような口調で香南がぼやく。見据えた視線の先には、満身創痍ながらも両足で立っている横島がいた。
 全身をナマス切りにされながらも、フェータルな傷は負っていない。というより、一発でも喰らっていれば肩膝をつくどころの怪我では済まないのだ。常に緊張と集中を強いられた横島は、既に心身共に限界だった。

「悪かったな。俺は諦めが悪いんだよ」

 荒い息をつきながら、横島が軽く憎まれ口を返した。
 だが、香南もまた疲労が色濃かった。傷らしい傷はないものの、鳴鈴の乱射による霊力の疲弊と、大立ち回りによる肉体の酷使が、今になって響いてきたのだ。元々速攻でケリをつけようと思っていたので、長期戦は想定外だったのである。横島の抹殺というゴール地点は、近いようで遠い存在だった。
 
「負けられない・・・虫のように惨殺された一条の為にも、私は貴様を殺す!!」

 持久戦となると、スタミナ以上に重要なものが浮き出てくる。意志の強さ、即ち覚悟の度合いである。そこに鑑みるに、体力はともかく香南の霊力はほぼ無尽蔵と言っても差し障りない。成し遂げようとする思いの力は、憎悪という言を借り香南の全身に漲っているからだ。
 香南が鳴鈴を放ち、それに合わせて疾風の如きスピードで突っ込んで来る。だが、負けられないという思いは横島とて同じだった。

「シロの身体を奪っておいて、勝手な事抜かすんじゃねえぇぇっ!!」

 横島は瞬時にサイキック・ソーサーを構築し、鳴鈴に向かって覆い被せるかのように勢いよく投げつけた。おキヌの笛の力も付加されて、それは盾というよりも何か意思を持った魔物のようだった。
 自分を殺そうとする香南の気持ちなど分かるべくもない。だが、香南の紅い焔を宿す瞳を見た時、彼女の抱く「思い」は本物だと直感した。全てを焼き尽くすかのような、暗い情念に彩られた双眸はそう語っていた。
 だが、それならば何故直接自分を狙わないのか。何故シロを操って、その身を削らしめるような真似をするのか。
 肉体が必要だった、などという具体的理由はどうでもいい。他人の褌で相撲を取る様な形態で、霞むこと無き思いを果たそうとするのが許せなかった。しかも、こともあろうに自分の一番弟子の身体で、だ。


ガギイイイィッ!!!


 横島のサイキック・ソーサーに相殺される形で、鳴鈴が力を失い虚空に四散する。が、それを囮としていた香南は、既に横島の眼下に身を屈めていた。

「もらったわよ、松島!!」

 「弓」を司っていた霊力を右手に集め、香南は正拳突きの要領で横島の下腹部に手刀を放った。近距離の、死角からの一撃。香南は、勝利を確信した。
 だが、香南の手刀が肉を抉ることはなかった。

 
ヒュッ・・・


 風を切る音が耳に届く。香南が目を見開いた瞬間、香南の後頭部に峻烈な一撃が加えられた。身体を傾けて手刀をかわした横島が、実に滑らかな動きで香南に霊波刀を叩き込んだのだ。
 何故そんな動きができたのか、横島自身不思議だった。ただ、敢えて言うのなら、香南の憎悪よりも横島の思いが勝っていたのだろう。香南への怒り、そしてシロを助けたいという親愛の念が。

「くっ・・・」

 香南が身体を捻って受身を取る。だが、地面に片手をついた時には、既に横島が眼前に迫っていた。その手には、力強い輝きを放つ霊波刀が宿っている。
 バランス・タイミング共にかわしきれるものではなかった。そして、この一撃を喰らえばまず間違いなく自分は致命傷だ。香南は、思わず目を瞑った。
 
「・・・・・・?」

 だが、予想していた攻撃がやってこない。時が止まったかのような奇妙な感覚に、香南が薄目を開けた。
 横島が、いた。霊波刀もしっかりと構えている。だが、なぜかそれが振り下ろされる気配は無い。というより、裁きを下すのを躊躇っている、といったほうが正解だろう。
 香南が目を閉じた瞬間、自分に向けられていた憎悪が一時的にとはいえ遮断された。そして、横島は気付いてしまったのだ。自分が刃を振るっている相手が、シロ本人なのだと。

「く・・・」

 いっそ睨みつけられていたのなら、或いは香南への止めを刺せたかもしれない。だが、叱咤に怯えるかのような香南を−−−否、シロを見た瞬間、横島の闘気は急速に潰えていった。やはり横島には、非情になりきる事はできなかった。
 香南が、にたりと笑った。横島が抱えるジレンマは、彼女にとっては千歳一隅のチャンスに他ならなかった。

「甘いっ!!」

 香南が咄嗟に足払いをくらわす。虚を突かれた横島はその場に転倒し、その上に香南が覆い被さった。香南が横島の上に乗ったまま、至福ともとれる表情で右手を掲げる。その手には、霊力の刃が鈍い光を放っていた。

「よ・・・横島さーーーん!!」

 結界の内側にいたおキヌが、蒼白な顔で駆け寄ろうとした。だが、ここからでは距離が遠すぎる。手を伸ばすよりも先に、横島の身体は貫かれてしまうだろう。
 
「150年前を思い出すわね。もっとも、あの時とはキャスティングが逆だけど」
 
 おキヌが必死に笛を吹くが、それとて香南にとって多少の向かい風程度の効果しかない。「あの時」の再現だとばかりに、香南は振り上げた腕を横島の心臓目掛けて無造作に振り下ろした。
 

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