ザ・グレート・展開予測ショー

月の差す野で


投稿者名:志狗
投稿日時:(03/ 2/ 4)

月がその地を照らしていた。



林に囲まれた平地に立ち、彼女はその光を全身に浴びていた。


月は雪化粧した野を銀色に輝かせ、淡く輝く光のステージを作り出している。
彼女はそのちょうど中心に立っていた。

両腕を軽く開き、空を仰ぐようにして全身に月の光を浴びる。

凍るような冷たい風が吹き抜ける。
しかし彼女の力を支える月、その光はほんのりと暖を与えてくれさえする。



そっと瞳を閉じる。
視界からその姿が消えても、月の放つ光はその存在感を失う事はない。

光のニオイを、音を、暖かさを、そして優しさを・・・
視界を閉じる事により、普段は感じられないものまで感じられるような気がする。
その存在は弱まるどころか、かえって強まったかのようだ。



開いた両手をそっと握り締める。
けっして掴む事が叶わぬ光。
今ならその光の尾を掴む事ができるのではないか・・・

目を閉じているため、その握り締めた両手を見る事はできない。
しかし、見えないからこそ光を掴む事を信じられる。


掴んだ光。
嗅覚で、聴覚で、触覚で、自分の全てで感じる。

月の光の力が・・・いや、心が流れ込んでくるのを感じる。
体を駆け巡り、彼女の心を優しく包み込む。


(あったかい・・・・・・・・・)

心が満たされていくのを感じる。
どこか懐かしい充実感。

幼き日々には現実にあった物。


(父上・・・・・・・・・)

亡き父の温もりだった。


満たされている事に気付きもせず、失う事など考えもしなかった日々。
今この瞬間だけ・・・・過去に浸る心地よさを味わう。

過去に拘るつもりはない。
それは彼女の、彼女の種としての誇りに反する事だから。
だから純粋にこの一時だけを感じる。


それでも懐かしき感覚に身を溺れさせたい気持ちが少し、ほんの少し擡げて来る。

手足に僅かに感じる現実の冷たさの力を借りて、過去の光に別れを告げる。
思ったより難行だったことに少し戸惑いを感じた。


握った両手が開かれる。
掴んでいたであろう光が一瞬で霧散していくのを感じる・・・・

耐え難い喪失感が体を襲う。

父を失った時の喪失感。
それが再び彼女の心に蘇る。

思わず掌から逃げていく光に手を伸ばそうとし・・・・・やめる。

一時の過去の光をそっと月に返す。
惜しい事など無い筈だ。


(光は・・・・もう手に入れてるでござるよ・・・)

自分に言い聞かせるようにそっと思う。


光はもう手に入れている。
掛け替えのない四つの光。

くん、とハナを鳴らしその光たちの気配を感じる。


その存在を感じられる。
現実の感覚でその光たちを感じられる事に安堵する。

安堵は僅かだが余裕を彼女に与えてくれた


再び月に気持ちを戻し、感じる。
今度は月そのものの美しさを・・・・・・




夜空に浮かぶ水晶玉のような月。

白く輝く月は、黒い空を流れる雲達に隠される事はなかった。
まるで雲さえもが月を一瞬でも隠すのが惜しむかのように・・・・



僅かに吹く風が仰ぎ見る勢いと相成って、彼女の髪をふわりと浮かせる。
先ほどまでしんしんと降り続いていた雪のせいで、髪には細かい水の粒が付いていた。


月の光が髪を、櫛を入れるように梳かす。
白き髪は銀に染まり、一房の紅き髪は炎のように映える。


髪から散った水の粒たちは光を吸い込み小さく輝く。
それは彼女を包み込み、淡い月光のドレスを作り出す。


月が彼女を魅せ、彼女もまた月を魅せた。






ふと視線を感じる。
振り返るとそこに彼女の師が立ち竦んでいた。


「どうしたでござるか?」
どこかぽおっとした表情の師に問いかける。
「あ、ああ・・・・なんか、綺麗だなって思って・・・・」

「そうでござるな・・・・・」
そう答え、空に浮かぶ月に少し視線を戻す。

「そうじゃないんだが・・・・・・・・まあいっか。」
「?」
師の言葉の意味を掴みかね疑問符を浮べた所に、別の声が飛び込んでくる。


赤い髪の女性が、
「さっさと来なさいー!置いてくわよー!」

黒髪の少女が、
「横島さん、シロちゃん、帰りますよー。」

金の九房の髪の少女が、
「早くしなさいよー、バカ犬ー。」


「ほれ、いくぞ。」
歩き出す横島にこくりと頷き、狼でござるよー!と最後の声に返しつつ、歩み出す。


横島の体と少し距離が離れたからであろうか・・・・冷たい空気に少し心細さを感じる。
呼び声に答え少し早足で歩く横島に、小走りで追いつき歩みを合わせる。

縋る様にしてその腕に抱きついた。

「どうした?」
「・・・あったかいでござるよ。」
二人の歩みを少し遅め、彼女は小さく呟いた。

横島は何か言いたげだったが、彼女は有無を言わせず抱きつく腕に力を込めた。


(これが拙者が守りたい光なんでござるな・・・・・)

光の内の一つ、そのぬくもりを感じながら彼女は満足そうに目を細めた。

歩みを進める先には同じように温かい光たちが待っている。
四つの光全ての温かさを感じる期待に胸が膨らむ。



さっき月が与えてくれた光とは何が違うのだろう?

彼女は疑問に思った。
しかし、きっと答えはもう知っているのだ。





失った光は取り戻せない。
心に蘇る事はあっても、それは虚構の域を出ないだろう。

しかし過去の失われた光は永遠だ。
心にしまっておくだけでその存在は保たれるはずだ。

失った事で、その大きさを知っているのだから・・・・


守るべきは、今傍にある光。
近くにある光ほど失いやすく、失った時にその自分の想像を超えた大きさに気付く。

気付いていないからこそ傷つくのだろう。
気付いていない事を知っているから守りたいのだろう。


守りたいから、こんなにも温かく感じるのだろう。

その本当の大切さを知るためにも守る。
永遠に知る事のできない、光の価値を求めて・・・・・



(ずっと、ずっと守りたい・・・・)

彼女の秘めた言葉に応じるような月の瞬きを感じたような気がした。
歩みを止める事無く彼女は月を仰ぐ。





月は彼女に力を与えてくれる。


人の姿容を取る力。

単純な霊力。

彼女の祖先に在った力。


失くした光のぬくもりを再び心に蘇らせる力・・・・・・


どれも彼女にとって有益な、魅力のある力。


彼女は月に力を願った。
彼女が今、最も望む力を・・・・・・・・・・




(願わくば・・・今の大切な仲間たちを守るための力を貸して下され・・・・・)

白き月に・・・その光に、小さく祈った。


彼女の願いに、言葉を繰らぬ月はただ優しくその野を照らしていた。

無言の月になんとなく満足そうな表情を浮かべる。
あったかかったでござるよ・・・・と、月光が満ちる世界に別れと礼を告げて・・・・・・



シロは今守るべき光たちの元へと戻っていった。

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